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第5章 理念の灯火
第144話 なら僕は愚かでもいい
しおりを挟む「何か変なこと言ったかな?」
「自覚がないようだな。私よりもあの役立たずが良いなどと、狂言も大概にしておけ」
「ガーネットは役立たずなんかじゃない。いつでも僕を助けてくれた。色々と事情が複雑な僕のことを、魔女と魔族の混血としてじゃなくて、一人の個人として扱ってくれてる」
「だからなんだ? 強い者同士が伴侶となるのが普通だろう? あいつよりも私の方が強い。だから私を選ぶのが賢いだろう」
「なら僕は愚かでもいい。強くなんてなくていい。何の力もなくてもいい。ただ、僕を“魔女”とか“翼人”とか“混血”とか一括りにしない人が良い」
「正気ではないな……」
「ふふ……よく言われる」
私がノエルに対して何度も何度も言ってきた言葉だ。
その言葉に笑ったノエルの表情が手に取るように解る。
正気ではないと言ったリゾンの表情も、恐らく私がノエルに言うときと同じ顔をしているのだろう。
「解読はもうこの辺りでいい。もう休もうか。悪いけど、部屋がないから地下で寝てもらうよ」
「ふん……眠る前に先ほどのことは考え直すことだな」
「そうだね、考えておくよ」
一人が立ち上がった音が聞こえた為、私は慌てて、足音を立てないように下の階に降りて外に出た。
私は気が動転している。
ノエルがあのようなことを言い出すと思わなかった。
今はどんな表情でノエルに会ったらいいか解らない。
ずっと、あの人間のことばかり考えていると思っていたし、現にそうだろう。いくら戯れの質疑だったとしても、あの男の魔女でも、リゾンでもなく私ならばいいと言っていた。
そのことがグルグルと頭の中で回っている状態で暫く時間が経った。
私が屋外で放心していると、拠点の扉が開き赤い髪が姿を覗かせる。
「あ、ガーネット。こんなところにいたの」
「ノエル……」
ノエルは私の隣に腰かけ、私と同じ前方に顔を向けた。私はノエルに顔を向けられずに髪の毛で横顔を隠す。
「今日のこと……怒ってる?」
「いや……」
「明日……手は出さないでね。僕なりのケジメだから」
「…………それにしても、負けたら一晩床を共にするなど……もっとマシな条件はなかったのか……私はそれが一番腑に落ちない」
「それって、僕が負けるって思ってるってこと?」
悪戯をする子供のような笑顔でそう聞いてきた。
負けたときのことなど全く考えていない様子だ。
絶対に自分が勝つと思っているのだろう。
「……癪だが、あの男の魔女は強いぞ。作戦は考えているのか?」
「別に。特に考えてない」
「は……?」
全くの無策であの魔女に挑むつもりかと私は呆れる。
よくこの調子で生き残れてきたものだ。
「クロエは魔術だけじゃなくて、身体的な能力もかなり高いしね」
「魔女のくせにやけに体つきがいいからな……」
「…………邪推だけど……部屋から出してもらえなくて、部屋でひたすら鍛錬してたんじゃないかな」
――……それは、あえてボケているのか?
言うべきかどうか一瞬迷ったが、私は勢いに任せて小声で言った。
「……性行為に励んでいたからだろう……」
「え? 何?」
私が小声で言った言葉はノエルには聞こえなかったらしい。もう一度言うのは気が引けたので、私は適当に誤魔化した。
「……お前がそうするなら、私もリゾンと決着をつけようと考えている」
「決着?」
「あぁ……昔からあいつとは因縁があるからな」
「どんな?」
「子供のころから色々あったからな……」
「昔の話、良かったら聞かせてよ。僕、ガーネットのことよく知らないから」
「……私の話など、聞きたいのか? 面白いものでもないぞ。あまり……良い話でもないしな」
「僕はガーネットのこと、知りたいから」
「……聞いたら失望するぞ」
大した話でもないが、私は過去のことを想い返しながらノエルに話し始めた。
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