罪状は【零】

毒の徒華

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第5章 理念の灯火

第141話 愛された証

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 リゾンは態度がガーネットに似ているせいか、話せてしまう。
 しかし、ガーネットほど熱心に僕に色々聞いてくることはしない。
 ガーネットに対してまで先ほど冷たい態度をとってしまったことについて反省した。戻ったら謝ろうとリゾンと話しながら僕は考えていた。

「僕がどれだけ強くても、常に余裕がない。常に奪われる恐怖と失う恐怖に怯えてる。僕はリゾンのことも……怖いけど、羨ましい。なんていうか……いつも余裕があって、自由だ。小さいことには囚われてないし……」
「おい、やめろ。泣き言をのたまうな」

 うんざりしたようにリゾンは銀色の髪を乱す。

「ふん……確かに私はお前より賢いし、余裕もあるし、小さいことには囚われてない。それは事実だ」
「繰り返してもらってどうも」
「お前のくだらない質問にも答えてやる。何が最善かなんて、お前は誰の視点でと言っているんだ?」
「大局を見て言ってる」
「大局? 自分が犠牲になる道が大局だったら、お前は喜んで犠牲になるのか?」
「……なるよ」
「馬鹿馬鹿しい。本当に馬鹿馬鹿しいな。お前。自分がほんの少しでも、他者の為に生きられるなんて思っているのか?」

 それは僕がずっと考えてきたことだ。

 自分は、けして相手のためには生きることは出来ない。相手のためにそうしたいと願うその心が、既に自分の為であるからだ。

 けれど、僕は自分の出した答えにたどり着く。

「相手の中に証が残る。愛された証……愛された思い出が残り続ける」
「記憶など……記憶を司る部位が損傷したらなくなってしまう。お前が私によこした兎など、記憶がどうかは解らないが、完全に生物として欠陥があった。肉食動物にすり寄って行く草食動物など、気がふれたとしか思えない」
「それは特殊な場合でしょ。僕が故意にそうした。それまでに築いた人格形成は記憶によるものじゃないと思う。だから、僕は僕の守りたい人たちの為に戦ってる」
「…………そんなもろいもの……」

 彼は夜空の月に照らされながら、僕の言ったことを考えている様だった。

「リゾンも魔王様に愛された記憶が残ってるでしょう。あまり……感じ取れてはいない様子だけど…………」
「愛情など……そんなものはない……」

 そう言いながらも、リゾンはいつもの自信たっぷりな言い方ではなく、小声になっていく。その異界の王子の変化が見られて僕は少しほっとする。

「まぁ、ガーネットもまだ解らないみたいだし、魔族には難しいのかもね」
「お前の考え方は理解できない。もっと物事を単純に考えろ。怒りを感じたらその場で発散すればいいだけのことだ。お前は、怒りを抑圧しすぎているからそう性格が歪むんだ」
「歪むって……」

 性癖が歪んでいるリゾンからそんなこと言われたくない。
 そう言おうとしたが、リゾンと話している内に気持ちの整理ができた僕は、言わずにおいた。

「ここ数日お前と話をしているが、本当に愚かに感じる」
「……そうかもね。どういうやり方が賢いのかわからないよ。理屈と感情が一致しないときに、どうしたらいいか分からなくなる」
「こんなウジウジと悩んでいるやつに2度も負けたなどと思うと情けなくなる」
「…………悩むよ。力がいくらあったって、欲しいと思うものが必ず手に入る訳じゃないし……欲しいって思うものは人それぞれ違うからさ。リゾンがほしいものを僕がほしいとは限らない。僕がほしいものは、力でねじ伏せても手に入らないものだから」
「それが“愛情”というわけか?」
「うん……」
「そんなものはこの世に存在しない。言うなれば発情期の一種だ。種の保存の為に本能的にそういった感情になるだけで、愛情などというものは最初からこの世に存在しない」
「……そうかな? 親子関係でも愛情ってあると思うけど」
「ない。精神の錯乱状態を“愛”などと言って美化しているだけだ」

 リゾンは絶対に愛情というものを受け入れないようだ。
 そういう考え方でも、別に僕はいいと思う。僕も形のない物事に対して絶対的にあるとかないとかは言えない。

「……そろそろ戻ろうかな」
「お前に提案がある」

 リゾンの赤い瞳が闇夜に浮かんで光っている。その瞳に美しい夜空の星が映り輝いているのが見えた。
 ニヤニヤと笑いながらリゾンは僕に向かって言った。

「あの地下室にいるのは退屈だ。死体を操る魔女が殺されたのだろう? なら私が魔術式の解析をしてやろう」
「なんで急に……?」
「お前に任せていたらいつになっても解読できずに私が退屈するだろう。この生活にも飽きた」
「本当? 手伝ってくれるの?」
「暇つぶしだ。調子に乗――――」
「ありがとう! 助かるよ」

 自然と僕は笑顔になってリゾンに感謝の意を伝えた。
 解読も随分煮詰まってきて、進む速度も遅くなってきたところだ。アナベルが欠員した今、リゾンに手伝ってもらえるのなら物凄く助かる。
 彼は僕が笑顔で感謝の意を伝えたことは、リゾンにとっては面白くなかったのか短くため息をついて表情を曇らせた。

「じゃあ、どうしようかな。僕が部分的な写しを持って行くから、しばらくそれで手伝ってよ。みんなに慣れる為に少しずつ顔を合わせたりとか――――」
「ふざけるな。私は慣れ合ったりしない。大体、お前は殺されかけたことに対して能天気にしているが、他の魔女はそれを承諾しないだろう。そのくらい理解しろ」
「そう…………だよね」
「そもそも、慣れるのはお前の方だろう?」
「あはは、そうだよね……」

 リゾンと話していると、野営地からガーネットが様子を見に来た。
 僕とリゾンの間に入り、険しい表情をする。

「そう怖い顔をするな。私たちは同胞はらからだろう」
「うるさい。お前は油断ならない……手錠も足枷もしてないじゃないか。何故外した」

 責めるようなガーネットの口調に僕の表情は再び曇る。
 それを見ていたリゾンは自ら僕が持っていた拘束具を手に取り、つけた。
 ジャラジャラという鎖の音がする。

「ガーネット、お前……女の扱いがまるでなってないな」

 意外な言葉に僕は「え?」とリゾンの方を向くと、相変わらずニヤニヤと笑っていた。

「なっ……貴様にとやかくと言われる筋合いはない!」
「ククク……おい魔女、この小うるさい男に愛想が尽きたら私がお前と契約してやる。考えておけ」

 最後まで挑発を続けるリゾンを再び牢に入れるべく拠点へ歩き出した。
 僕の前を歩くリゾンの長い髪は美しく、銀糸のようだった。
 ご主人様も髪を伸ばせば恐らく後姿はリゾンと区別がつかないだろう。背丈も、体つきも似ている彼は性格もご主人様と似ている。

「………………」

 そんなことを考えながら拠点につくと、シャーロットとアビゲイルは外で座っていた。相当に怯えている様子で、身を寄せ合って震えている。

「ノエル……」

 縋るような声でシャーロットは僕の名前を呼んだ。

「ごめん。ちょっといろいろあって……クロエは?」
「中にいますが……でも……」
「そう……解った」

 僕が扉を開けると、中の荒れ果てた様子が目に映る。そこかしこから焦げた木の匂いがしており、実際に黒焦げになって炭になっている部分が多くある。
 一階の食事を摂るテーブルは真っ二つに割れて、まだ火がついている状態だ。
 その中心にクロエがいる。その傍らには酷い火傷をしたキャンゼルが腕を押さえてうずくまっている。

「ほう……強い魔女のようだな」

 リゾンがそう口にすると、クロエは鋭い目つきで僕らの方を見た。まるで獲物を捕らえた蛇のような目をしている。
 クロエはリゾンの姿と同時に僕の姿を捕えると、その鋭い目にうろたえる色がにじむ。

「クロエ」
「………………」

 僕に名前を呼ばれても、返事をしなかった。
 返事ができなかったという表現が正しいだろう。
 リゾンの首に繋がる鎖を手放して、僕は焦げた匂いの充満する部屋に足を踏み入れた。
 真っすぐクロエの方へ歩いていく。

「ノエル……」
「1つ提案がある。僕の為にも、クロエの為にも」
「……なんだ? 出て行けなんて言うんじゃないよな……? ……お前だけがすべてだ……頼む……挽回する機会をくれ」

 まるで、僕が突き放したらこの世が終わってしまうかのような口ぶりだった。
 冗談ではなく、本気でそう言ってるクロエは僕の返事を深刻な表情で待っている。

「出て行けとは言わない」
「はぁ……そうか…………」
「僕と命がけで戦ってくれない?」

 一瞬安堵したクロエが、僕の一言で再び表情が強張る。
 そこにいたガーネットも目を見開く。
 唯一、リゾンだけが僕のその一言で更に口角をあげて笑った。

 クロエは、炎に照らされて光る僕の真剣な瞳に吸い込まれるように、僕から目を離せずにいた。


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