罪状は【零】

毒の徒華

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第5章 理念の灯火

第140話 壊れた玩具

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 もう夜だ。

 リゾンの食事用の生き物を探していた時に、兎を見つけた。
 草を食べている兎に、ドーラが使っていた幻覚魔術から着想を得た魔術を試してみた。
 言うなれば、脳の回路の破壊だ。
 寄生虫の種類によっては、宿主の脳に寄生して負の走光性を走光性に変えて捕食されやすくし、最終宿主に食べられるように仕向けることができるらしい。
 僕は兎にその魔術をかけると、警戒心の強い兎が右往左往と飛び跳ねて僕の元へとやってきた。そして僕の膝の上へと乗ってくる。

「…………お前は静かでいいな」

 僕が生きている兎を抱きかかえて拠点に戻ると、クロエとガーネットが僕にたたみかけるように質問をしてきた。
「どこに行っていた」「機嫌直してくれ」「お前は黙っていろ」など、お決まりのセリフ。

「少し放っておいて」

 2人を無視して大人しくしている兎を持ってリゾンがいる地下へと向かう。
 あの空気に息が詰まりそうだ。
 数時間ほど考えていたが、やはり簡単にクロエに「許す」とは言えない。
 それがなかったら、今頃セージは生きていたかもしれない。僕は拷問を受けなかったかもしれない。そう思うと、心の中で鍵をかけていた憎しみという感情に火が付き、腸が煮えくり返るようだった。
 暗い顔をしてリゾンの檻の前に立つと、リゾンはニヤニヤと笑いながら僕を見てくるだけで何も言わない。

「食事を持ってきたよ。まだ生きてる」
「随分今日は派手に揉めていたようだな? 私もそのもめ事の仲間に入れてくれないか?」
「…………烏合の衆っていうのは争いが絶えないものだよ」

 兎をリゾンへ差し出すと、リゾンは受け取って数秒もしない内に首を切り裂き、鮮血が溢れる傷口に口をつけた。そのときですら、兎は抵抗するそぶりを見せない。
 僕は床に座り込み、何を見るともなく頭を抱えてリゾンの食事が終わるまで待っていた。
 彼は血を吸い終わった兎を受け渡しの台の上に乱暴に投げ込む。
 よく見ると、リゾンが退屈だから差し入れろと言って仕方なく差し入れた物の数々は全て壊されていた。
 紙や鉛筆、子供が遊ぶような玩具、チェス、カード……あらゆるものが壊れている。

「兎をそんな風に投げるのはどうかと思う」
「お前が言えた口か? お前、あの生き物に魔術を使って懐柔させただろう。魔力の気配がした」

 鋭い指摘に僕は他に言うことがなくなってしまう。

を破壊したんだろ? 破壊が本当に得意なようだな。面白い」

 彼は頭の部分を細くて白い指でトントンと軽く叩く。

「面白くないよ……殺して持って帰ってくると血液凝固しているって文句を言うから……」
「当然だ」
「本当はこんなこと、したくないしできても嬉しくない。でも……まぁ兎も恐怖心がなく死ねるならまだ幸せな方だよ」
「あの上にいるやかましい奴らにも同じことをしてやったらどうだ?」
「はぁ……随分楽しそうに話すね、リゾン」

 笑顔なのか、それともニヤニヤしていると言えばいいのか、彼の口角は上がっている。
 楽しそうだ。

「退屈だと言っているだろう? もっとマシな玩具はないのか? お前と話をするくらいしか日常に変化がないものでな」
「“弄ぶ用の魔女”も無理だし“八つ裂きにできる魔女”も“四肢をむしり取ってもいい魔女”も与えられない。黒焦げの魔女の死体なら差し入れられそうだけど?」
「私は炭に興奮する趣味はない」
「あっそ。僕を切り刻んで泣き叫んでるところを無理やりするのは興奮するの?」
「当然だろう。少し入ってきて私の相手をしたらどうだ? 抵抗しないならしてやろう。私の伴侶ツガイとしてな」

 僕は言い返す元気もなく、首を軽く振って肺の中に溜まっていた重苦しい空気を吐き出した。

「なんだ? 相当にこたえることがあったようだな」
「あぁ……術式の解読は進まないし、全員ピリピリしてるし、クロエはアナベルを焼き殺すし、僕の家族が殺されたきっかけの1つがクロエだったり……」
「あの男の魔女のことか? 誰かと同じでお前にご執心のようだな。殺しそこなって私は残念だ」
「早く解読してこの烏合の衆から解放されたいよ」

 リゾンはニヤニヤと笑いながら口元についた血をふき取っている。僕が悩んでいる姿はリゾンにとっては最高に楽しい余興らしい。

「もうそろそろ、私が外に出る時間だろう。まいっているお前の話し相手になってやる」
「……そうだね」

 牢の扉を開けて、リゾンを繋いでいる鎖を外した。ひざまずいて鍵を外すと彼は満足そうに笑っていた。
 僕はリゾンの首の鎖を持ったまま、先を歩くように目配せした。
 地下から出ると不穏な空気の者たちが一斉にリゾンに目を向ける。黒焦げになったアナベルはもう移動されていなくなっており、焦げ跡だけが残っていた。
 ガーネットは一緒に外に出ようとしたが僕は無言で首を振る。

「何故だ」
「今は話したくない」
「そいつとはいいのか?」
「“今は”話したくないだけだよ。気持ちの整理がつくまで待って」

 ガーネットはリゾンを睨みつける。
 玄関から僕と一緒に出たリゾンは終始ニヤニヤと笑っていた。バタリと玄関の扉が閉まると、僕は彼と共に少し離れた場所へ移動する。
 適当な座れそうな場所に僕は腰を下ろした。引っ張っていたリゾンの首輪と手枷、足枷を外す。
 自分の手首に触れながら僕に問いかける。

「自信過剰だな。私がお前の喉元を切り裂かないと?」
「殺すなら苦しまないように頼むよ」

 投げやりにそう言うと、面白くない冗談だと自分を心の中で卑下する。
 彼が僕を苦しまずに殺すわけがない。
 殺すとしたら、ゆっくり、じっくり、僕が「殺してください」と懇願している姿を彼が満足するまで見てからだ。

「ククク……馬鹿げた意見だ。私がお前を殺すなら、どうするかくらい解るだろう?」
「そうだね……」
「…………」
「? どうしたの」
「苦しんでいる姿は見ていて楽しいが、そのやる気のない態度はやめろ。不愉快だ」

 手枷を指で弄びながら、ダランと僕は腕を投げ出した。
 僕が苦しんでいる姿は見ていて楽しいようだが、やる気なく消沈している様子がリゾンには気に入らないらしく、険しい表情をしていた。

「そんな様子のお前をいたぶっても面白くない」
「ねぇ……リゾンは賢いから解ると思うけど……頭では理解していて、何が最善なのか解っていても感情がついていかないときはどうしてる?」
「私の話を無視して私に悩み相談か?」

 悪態をついているリゾンに対して、それでも僕は話を続けた。


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