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第5章 理念の灯火
第136話 お嫁さん
しおりを挟む「レイン、僕の服の中に隠れていて」
駆け足で人目につかない道を通り、待っているガーネットの元へ戻る。なんだかんだと時間がかかってしまった。きっと彼は怒っているだろう。
そう思いながら急いで戻ると、背を向けて立ち上がっているガーネットの姿が見えた。
何をしているのだろう? と思いながら声をかけようとすると、彼が誰かと話をしているのが見えた。
慌てて僕は木の陰に身をひそめる。
その後すぐに、ガーネットが誰と話しているか解った。
遠くからでも見えるあの美しい銀髪を、僕が見間違えるわけがない。
――ご主人様……
レインがいなくなったから、何かを感づいたのだろうか。そう考えてもおかしくはない。僕はフードを深くかぶり、自分の赤い髪が遠くから見えないようにした。
何か言い争っているようだ。
――どうしよう……
そう考えていた刹那、ガーネットは聴覚が人間よりも優れているということを思い出した。
この距離でも話せばガーネットには聞こえるかもしれない。
「ガーネット、僕の声が聞こえたら左手で自分の髪の毛に触れてみて」
独り言のようにそうつぶやくと、僕はガーネットの左手を注視する。
すると、彼は間もなくして左手で自分の髪の毛に触れる仕草をした。普段のガーネットは滅多に自分の髪に触れたりしない。邪魔なときにかき上げるくらいだ。
これは聞こえている。
それなら……――――
「僕のこと、彼が探してる様子ならそのまま髪の毛に触れ続けて」
ガーネットは左手で髪の毛に触れたままだ。
――探してくれているのか……
嬉しい気持ちと、心苦しい気持ちが入り混じる。今すぐにでも会って話がしたい。「食事はきちんと摂っていますか?」「お体の具合は大丈夫ですか?」「不自由なことはありますか?」いくつもそんな質問が頭に浮かぶが、僕はそれをなんとか振り払う。
「カルロス医師の元へ行ったと言ってほしい。不自然にならないように」
髪に触れていた手を降ろし、ガーネットはカルロス医師の家の方角を指さした。
それを見るなりご主人様は身をひるがえし町の方へ続く道を走って行った。
それを見送りながらおずおずとガーネットの方へ近づくと、彼は不機嫌そうに僕を睨みつける。
「遅いぞ」
「ごめん」
ため息を吐くガーネットはうんざりした表情をしていた。
「本当に……あんな人間の何がいいのだ……」
「彼に何か言われたなら、それはごめん。代わりに謝るよ……ごめんね」
「ふん、そんなことはどうでもいい。早く戻るぞ」
「えー……ノエル行っちゃうの?」
レインが残念そうに僕の首元から顔を出してうなだれる。そんなレインを僕は服の中から取り出し、目の前に顔が来るように抱き上げた。
「また必ず会いに来るから」
「……どのくらい?」
「どのくらいとは言えないけど、近いうちに。また連絡するから」
「わかった……」
レインは尻尾をだらりと萎れさせながらも、渋々了承してくれた。
「レイン、一緒に異界に行ったらやりたいことを考えておいてよ。ね?」
「ぼくもう考えてあるよ! 一緒にお父さんのところに行ってね、ノエルを僕のお嫁さんにするって言うの!」
「お嫁さん? あはははは、伴侶ってことかな?」
お嫁さんと言われたのが不意打ちだったので、僕は思わず笑ってしまった。ガーネットは驚いた顔をして固まっている。
「ツガイ? ううん、そうじゃなくて、お嫁さん! こっちの風習なんでしょ? 好きな相手とケッコンていうのして、ずっと一緒にいるんでしょ? ぼく、ずっとノエルと一緒にいたいから、ケッコンする!」
「そっかぁ……でも結婚は大人にならないとできないんだよ。レインがもう少し大きくなったらね」
「えー! じゃあ、ノエルはぼくがお父さんみたいに大きくなるまで待ってくれる?」
「そうだね、レインが大きくなって、変わらず僕のこと好きだったらね」
「絶対ずっと好きだよ! 約束する」
レインは名残惜しそうだったが、ご主人様の家まで送った。
抱きかかえていたレインをゆっくりと地面に降ろす。
「またね、レイン」
「うん!」
軽く手を振ってレインと別れた。
後ろ髪を引かれる思いで僕とガーネットはキナに乗って町に背を向け、走り出した。ご主人様の家を見ると、辛い気持ちでいっぱいになる。
レインもいつになったら異界に帰してあげられるか解らない。
それでも僕は進む以外に選べる道がなかった。
「キナも無事に戻ってきたし、良かったね」
「…………ノエル、先ほどの話だが……」
「何?」
「あの馬鹿トカゲの……その……嫁になるという話は……」
何やらガーネットは言いづらそうに顔を背けて言葉を続ける。
「本気なのか……?」
「え? あははははは、レインは“好き”の意味が良く解ってないから言ってるだけだよ。大人になればその違いに気づくって」
「そ……そうだな」
「なんでガーネットがそんなに動揺してるの?」
「馬鹿を言うな。龍族と魔女と翼人の混血が伴侶になるなど異例の事態がおこるかと危機感を覚えただけだ」
「そう。確かに龍族とどうやって子供作ったらいいか解らないもんね」
「ば、馬鹿者! 下世話な話をするな!」
「え……あぁ……深い意味はなかったんだけど……龍族って卵で増えるんだろうから……」
「もういい!」
なんでそんなにガーネットが怒るのか僕には解らなかった。
僕の後ろに乗っているガーネットの顔を見ると「前を向いていろ」と言われ、顔色をうかがうことができない
その不安さと苛立ちを募らせた表情に、僕は気づかなかった。
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