133 / 191
第5章 理念の灯火
第132話 眠れない夜
しおりを挟む【翌日】
ベッドで目を覚ますと、見慣れない部屋の風景が目に入った。
窓のない暗い部屋だ。今の時間も外の光が入ってこないから解らない。まだ夜かも知れないし、もう朝になったのかもしれない。
たった1人になるのも久しぶりだ。
ここ最近はずっとガーネットがいつも一緒にいたし、異界ではガーネットは同じ部屋にいた。
ベッドの柔らかさに、ご主人様を思い出す。
片時も彼を忘れることなんてなかった。
楽しかった思い出も、辛かった思い出も、なんだか物凄く遠く感じる。
――会いたい……今、どうしているだろうか……
レインと上手くやれているだろうか、食事はきちんと摂れているだろうか、町の住人と揉めているのではないか。
考え始めると僕は悲しくて感情が抑えきれない。
――僕は、傍にいたいだけなのに……
ベッドの中で丸まって自分の身体を抱きしめると、暖かかった。
何もしないでこうしていると、色々なことを考えてしまう。
僕はこれ以上ベッドの中にいると感情が溢れてしまいそうだったので、部屋から静かに出た。
外はまだ暗い。
明るくなり始めてもいないようで、夜中だということを理解する。足音を立てないようにゆっくりと階段を降りて外に出た。
外に出ると虫の鳴き音が静かな闇に響いている。
僕は魔術式を構築し、レインに呼びかけることにした。できるだけ静かに語りかける。
「レイン……レイン、聞こえる?」
レインには会いに行くけれど、ご主人様に会わないようにしなければならない。
その想いが僕の心を蝕む。
レインの姿は見えたものの、眠っているようだ。どうやらご主人様の家の、僕が薬剤を調合するのに使っていた部屋にレインはいるらしい。
「レイン……聞こえる? 応えて……」
レインに僕は呼びかけた。僕の声にレインはピクリと身体を動かした。
閉じていた目を開くと、首についている僕の羽の魔力に反応する。
「ノエル……?」
「僕だよ」
「ノエル!」
レインがはしゃぐので僕は静かにするように懸命にお願いした。レインは興奮している様子だったが、なんとか落ち着いてくれた。
大声で騒いだらご主人様が起きてしまう。
「レイン、話があるんだ。今日、日が昇って天上に来たとき一人で指定した場所まで来て。彼には気づかれないようにね」
「うん。わかったよ。でも……本当にいいの?」
「いいって、何?」
「あの人間、ノエルにすごく会いたがっていたよ?」
レインの言葉を聞いて、僕は感情を抑え込むことに必死になった。
ここで泣き始めたらレインに心配をかけてしまう。僕は少し沈黙した後に、レインに返事をした。
「……うん……会えないんだ。大丈夫……」
――少し……少しだけなら……
駄目だ。
少しだけなんて、そんな気持ちでは駄目だ。
それにレインに持たせているこの羽も、きっとご主人様には毒になってしまう。
こんな風に離れて話すときですら魔術を使わないとできない。
「レイン、僕、異界に行って魔王様に会ってきたよ」
「うん! ぼくのお父さんもいた。今度はぼくと一緒にいこう」
「そうだね、レインを異界に帰してあげないとね」
「ぼくと一緒にいくの! ぼくのお父さんにノエルを紹介するから」
無邪気なレインの声を聞いていると、まるでこの凄惨な現実が嘘かのように感じる。
今は上手くいっていないことも、必ずうまくいく……そんな気持ちになってくる。
「一緒に行くよ。楽しみにしてるね」
少し無理をして、僕は笑って答えた。
レインは嬉しそうに笑っている。
「じゃあ、レインと初めて会ったあの場所へ来てほしい。くれぐれも、彼には気づかれないようにね」
「うん、わかったよノエル。楽しみにしてるね!」
僕はレインとの会話を終えて、魔術式を消した。
再び静寂が訪れる。もうベッドに戻っても眠れそうにない僕は夜空を見上げた。
夜空には星が輝いているのが見える。この星の数だけ、こことは違う世界があるのかと思いを馳せていると、背後に気配を感じた。
「どうした?」
案の定、ガーネットがそこにいた。
彼は昼間にあれだけ活動していたにもかかわらず、夜にも眠らないようだ。
昼間に連れ回してしまっている分、ガーネットは疲労を感じているはずだが、大丈夫なのだろうか。
「眼が冴えちゃって……レインと少し話をしていた」
「眠らなくて大丈夫か?」
「ガーネットこそ、昼間活動している分つらいんじゃないの?」
「私は大丈夫だ。そんなに貧弱ではない」
僕にはそれが強がっているように見えた。
どこか無理をしているような、そんな気がする。
「そうかもしれないけど、僕はガーネットのこと心配なんだから休める時に休んでよ」
「……私がお前のことを心配なのだ。無鉄砲で困る」
「あはは、そう心配してくれなくても大丈夫だって」
「お前は無理をしすぎる……お前が魔術を使って命を削らずに済むよう私がいるのだ。ありがたく思え」
「…………」
その暖かい言葉に僕は微笑んだ。
心配してくれている、彼の柔らかい表情を見ながら、僕は再び星空を見上げる。
「今日、早くに出発するからそれまで十分に休んでおいて。僕も少し眠ることにするよ」
僕が彼の横をすり抜けようとすると、腕を掴まれた。
「……ノエル」
「なに?」
金色の髪の隙間から見える赤い瞳は、僕を直視せずにせわしなく動いて行き場を失っているように見えた。
「いや……困ったことがあったら私に言え」
「困った事か……全員が仲が悪いことかな」
苦笑いでそう答えると、ガーネットも困ったような表情をする。
自分にも思い当たる節があるのだろう。
「まぁ、事がなしえるなら仲が悪くてもいいけどね」
「あの白トカゲが……お前は私たちが争うと悲しむから争うなと一喝したことがある」
「レインが……? いつ?」
「お前が魔女の街から気絶しているときだ。それから……できるだけは……争わないようにしているのだが……すぐに性分は変わらないな」
僕から視線を逸らして、気恥ずかしそうに彼は言う。
シャーロットがレインに言われたことがどうのこうのと言っていたのはこのことらしい。
一応喧嘩しないようにしてくれていると思うと、僕は嬉しく思った。
「そうか……気にしてくれてるのか……ありがとう、ガーネット。嬉しいよ」
ガーネットは何か言いたげであったが、僕はそれに気づかずに家の中に戻った。
自分の部屋までたどりつき、寝具以外何もない空間を見つめ、僕は再びベッドに入った。
目がさえてしまったと思っていたが、再び眠気に襲われる。
――レイン……ちゃんと来てくれるかな……
僕が眠りについたころ、僕の部屋の外ではガーネットが佇(たたず)んでいた。
扉の前でかすかに聞こえる僕の寝息を聞きながら、自分の首元に触れる。柔らかい羽の感触が彼の指に伝わった。
「……大丈夫だ……暫く血を飲まなければ収まる……」
闇夜にその声は消えていった。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜
白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます!
➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
前世と今世、合わせて2度目の白い結婚ですもの。場馴れしておりますわ。
ごろごろみかん。
ファンタジー
「これは白い結婚だ」
夫となったばかりの彼がそう言った瞬間、私は前世の記憶を取り戻した──。
元華族の令嬢、高階花恋は前世で白い結婚を言い渡され、失意のうちに死んでしまった。それを、思い出したのだ。前世の記憶を持つ今のカレンは、強かだ。
"カーター家の出戻り娘カレンは、貴族でありながら離婚歴がある。よっぽど性格に難がある、厄介な女に違いない"
「……なーんて言われているのは知っているけど、もういいわ!だって、私のこれからの人生には関係ないもの」
白魔術師カレンとして、お仕事頑張って、愛猫とハッピーライフを楽しみます!
☆恋愛→ファンタジーに変更しました
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~
みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】
事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。
神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。
作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。
「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。
※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる