罪状は【零】

毒の徒華

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第5章 理念の灯火

第132話 眠れない夜

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【翌日】

 ベッドで目を覚ますと、見慣れない部屋の風景が目に入った。
 窓のない暗い部屋だ。今の時間も外の光が入ってこないから解らない。まだ夜かも知れないし、もう朝になったのかもしれない。

 たった1人になるのも久しぶりだ。
 ここ最近はずっとガーネットがいつも一緒にいたし、異界ではガーネットは同じ部屋にいた。
 ベッドの柔らかさに、ご主人様を思い出す。
 片時も彼を忘れることなんてなかった。
 楽しかった思い出も、辛かった思い出も、なんだか物凄く遠く感じる。

 ――会いたい……今、どうしているだろうか……

 レインと上手くやれているだろうか、食事はきちんと摂れているだろうか、町の住人と揉めているのではないか。
 考え始めると僕は悲しくて感情が抑えきれない。

 ――僕は、傍にいたいだけなのに……

 ベッドの中で丸まって自分の身体を抱きしめると、暖かかった。
 何もしないでこうしていると、色々なことを考えてしまう。
 僕はこれ以上ベッドの中にいると感情が溢れてしまいそうだったので、部屋から静かに出た。
 外はまだ暗い。
 明るくなり始めてもいないようで、夜中だということを理解する。足音を立てないようにゆっくりと階段を降りて外に出た。
 外に出ると虫の鳴き音が静かな闇に響いている。
 僕は魔術式を構築し、レインに呼びかけることにした。できるだけ静かに語りかける。

「レイン……レイン、聞こえる?」

 レインには会いに行くけれど、ご主人様に会わないようにしなければならない。
 その想いが僕の心を蝕む。
 レインの姿は見えたものの、眠っているようだ。どうやらご主人様の家の、僕が薬剤を調合するのに使っていた部屋にレインはいるらしい。

「レイン……聞こえる? 応えて……」

 レインに僕は呼びかけた。僕の声にレインはピクリと身体を動かした。
 閉じていた目を開くと、首についている僕の羽の魔力に反応する。

「ノエル……?」
「僕だよ」
「ノエル!」

 レインがはしゃぐので僕は静かにするように懸命にお願いした。レインは興奮している様子だったが、なんとか落ち着いてくれた。
 大声で騒いだらご主人様が起きてしまう。

「レイン、話があるんだ。今日、日が昇って天上に来たとき一人で指定した場所まで来て。彼には気づかれないようにね」
「うん。わかったよ。でも……本当にいいの?」
「いいって、何?」
「あの人間、ノエルにすごく会いたがっていたよ?」

 レインの言葉を聞いて、僕は感情を抑え込むことに必死になった。
 ここで泣き始めたらレインに心配をかけてしまう。僕は少し沈黙した後に、レインに返事をした。

「……うん……会えないんだ。大丈夫……」

 ――少し……少しだけなら……

 駄目だ。
 少しだけなんて、そんな気持ちでは駄目だ。
 それにレインに持たせているこの羽も、きっとご主人様には毒になってしまう。
 こんな風に離れて話すときですら魔術を使わないとできない。

「レイン、僕、異界に行って魔王様に会ってきたよ」
「うん! ぼくのお父さんもいた。今度はぼくと一緒にいこう」
「そうだね、レインを異界に帰してあげないとね」
「ぼくと一緒にいくの! ぼくのお父さんにノエルを紹介するから」

 無邪気なレインの声を聞いていると、まるでこの凄惨な現実が嘘かのように感じる。
 今は上手くいっていないことも、必ずうまくいく……そんな気持ちになってくる。

「一緒に行くよ。楽しみにしてるね」

 少し無理をして、僕は笑って答えた。
 レインは嬉しそうに笑っている。

「じゃあ、レインと初めて会ったあの場所へ来てほしい。くれぐれも、彼には気づかれないようにね」
「うん、わかったよノエル。楽しみにしてるね!」

 僕はレインとの会話を終えて、魔術式を消した。
 再び静寂が訪れる。もうベッドに戻っても眠れそうにない僕は夜空を見上げた。
 夜空には星が輝いているのが見える。この星の数だけ、こことは違う世界があるのかと思いを馳せていると、背後に気配を感じた。

「どうした?」

 案の定、ガーネットがそこにいた。
 彼は昼間にあれだけ活動していたにもかかわらず、夜にも眠らないようだ。
 昼間に連れ回してしまっている分、ガーネットは疲労を感じているはずだが、大丈夫なのだろうか。

「眼が冴えちゃって……レインと少し話をしていた」
「眠らなくて大丈夫か?」
「ガーネットこそ、昼間活動している分つらいんじゃないの?」
「私は大丈夫だ。そんなに貧弱ではない」

 僕にはそれが強がっているように見えた。
 どこか無理をしているような、そんな気がする。

「そうかもしれないけど、僕はガーネットのこと心配なんだから休める時に休んでよ」
「……私がお前のことを心配なのだ。無鉄砲で困る」
「あはは、そう心配してくれなくても大丈夫だって」
「お前は無理をしすぎる……お前が魔術を使って命を削らずに済むよう私がいるのだ。ありがたく思え」
「…………」

 その暖かい言葉に僕は微笑んだ。
 心配してくれている、彼の柔らかい表情を見ながら、僕は再び星空を見上げる。

「今日、早くに出発するからそれまで十分に休んでおいて。僕も少し眠ることにするよ」

 僕が彼の横をすり抜けようとすると、腕を掴まれた。

「……ノエル」
「なに?」

 金色の髪の隙間から見える赤い瞳は、僕を直視せずにせわしなく動いて行き場を失っているように見えた。

「いや……困ったことがあったら私に言え」
「困った事か……全員が仲が悪いことかな」

 苦笑いでそう答えると、ガーネットも困ったような表情をする。
 自分にも思い当たる節があるのだろう。

「まぁ、事がなしえるなら仲が悪くてもいいけどね」
「あの白トカゲが……お前は私たちが争うと悲しむから争うなと一喝したことがある」
「レインが……? いつ?」
「お前が魔女の街から気絶しているときだ。それから……できるだけは……争わないようにしているのだが……すぐに性分は変わらないな」

 僕から視線を逸らして、気恥ずかしそうに彼は言う。
 シャーロットがレインに言われたことがどうのこうのと言っていたのはこのことらしい。
 一応喧嘩しないようにしてくれていると思うと、僕は嬉しく思った。

「そうか……気にしてくれてるのか……ありがとう、ガーネット。嬉しいよ」

 ガーネットは何か言いたげであったが、僕はそれに気づかずに家の中に戻った。
 自分の部屋までたどりつき、寝具以外何もない空間を見つめ、僕は再びベッドに入った。
 目がさえてしまったと思っていたが、再び眠気に襲われる。

 ――レイン……ちゃんと来てくれるかな……

 僕が眠りについたころ、僕の部屋の外ではガーネットが佇(たたず)んでいた。
 扉の前でかすかに聞こえる僕の寝息を聞きながら、自分の首元に触れる。柔らかい羽の感触が彼の指に伝わった。

「……大丈夫だ……暫く血を飲まなければ収まる……」

 闇夜にその声は消えていった。




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