罪状は【零】

毒の徒華

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第5章 理念の灯火

第131話 億劫な食卓

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 アナベルを拾ったときに怒ったときと同じく、クロエは激怒している。

「あ……解ったわ……ご、ごめん……」
「言ってみろ、お前の身体がその床のように炭になるからな。よく覚えておけ!」
「い……言わないわ……約束する」

 そう言うキャンゼルを尚もクロエは睨みつける。

「えぇ? なにー? 気になるわ」
「黙れ!!」

 アナベルが茶化すのもクロエは本気で怒っている様だった。
 クロエが僕に対して何を言ったのか気になったが、もしそれをキャンゼルに聞いたらクロエは間違いなくキャンゼルを殺すだろう。それだけは分かる。
 アビゲイルがシャーロットの陰に隠れるように怯えている。

「……ご……ごはんの準備できたよ」

 僕がそう言うと、クロエは苛立っている様子はありながらもそれ以上キャンゼルに言及しなかった。

 軽く話をする程度だった空気は凍り付き、誰も何も言わない。
 全員で食卓を囲むと、そのあり様は明らかに異様だった。
 統一性も何もない。
 机につく配置も仲が悪い者たちはできるだけ遠ざけるように配置した。

 ガーネット、僕、クロエ、アナベル
 アビゲイル、シャーロット、キャンゼル

 の順番で並ぶ。

「つっかれたー……人使い荒くない? もーあたし、肉体労働なんて柄じゃないのよね。魔術使えないと本当に疲れちゃう。最低限、自分の身体の鮮度の維持するのが精いっぱい。気を抜くと腐っちゃうじゃない」

 アナベルが空気を読まずにそう言った。
 どういう精神構造をしているのか不安にすらなってくるが、この重い空気が少しでも改善されるなら、その空気の読めなさも捨てたものでもないなと僕は考える。

「食事どきなんだからやめてくれよ……つーか、死体のくせに食うのか?」

 先ほどあれだけ怒号を飛ばしていたクロエは、先ほどのことなど何もなかったかのように話し出した。
 その様子を見てキャンゼルはホッとしている様子だった。

「食べないならどうやって脳にエネルギー供給してると思ってんの? 温室育ちの坊ちゃんは頭が悪いようね」
「アナベル、挑発しないで」

 僕はシャーロットが作ったナイフとフォークで肉を切りながらそう言う。
 険悪な雰囲気というべきか、重い空気と呼ぶべきか、明るくはない空気で食事の時間は進んで行く。
 元々それほど美味しくない肉が、更に美味しくなく感じた。

「ところで、明日から魔術式の解析するんでしょ? ていうか、もっと異界の話聞かせてよ」
「明日から本格的に解析作業するよ。異界の話って……何が聞きたいのさ」
「魔王についてとか、もっと詳しく色々よ」
「…………悪いことに使うんじゃないだろうな?」
「あたしのこともう少し信じてくれてもいいんじゃない?」

 そんな会話をしている間に、僕はさっさと食事を済ませてリゾンの分を持って地下へ降りるべく早々に席を離れた。

 あの何とも言えない気まずい空気に耐えられなかった。

 ――ただでさえ面倒な食事が、さらに億劫になるな……

 別々で食事を摂ってもいいだろうが、世界を作るという大義を行う為には協調性が必要だ。協調性を養う為には少しでも共同作業をするほうがいい。

 と……考えたのだが、これでは長くかかりそうだと落胆せざるを得ない。

「リゾン、ご飯持ってきたよ」
「くくく……どうした? 上で随分揉めていたようだな」
「聞こえていたのか……あぁ、世界を作るなんて共同作業ができるような状況じゃなさそうで参るよ」
「できもしないことをやろうとするな」
「できないかどうかはやってみないと解らないでしょう?」

 僕はリゾンの牢の配膳口に鹿の血と肉と果実を置いて中に入れる。

「ふん、せいぜい精進するがいい」

 あまりの上の空気の悪さに、まだリゾンと一対一で話をしている方がマシにすら思えた。
 しかし、やはりリゾンにそう簡単に気を許す気にはならない。

「私が恐ろしいか?」
「まぁ……ね」
「殺されかけたのだから、当然だな。お前を殺せなくて残念だ」
「……殺されかけたことについては別に……今まで魔女にも何十回も殺されかけてるから……」
「ほう?」

 殺されそうになったことよりも、凌辱されそうになったことの方が僕にとっては恐ろしいと感じることだった。
 しかし、それを言うと弱みに付け込まれると考え、口には出さなかった。

「…………今は上の空気の方が恐ろしいよ」
「……馬鹿を言うな。何故魔女の小言を聞かねばならんのだ」
「そうだよね……」

 リゾンの前から離れ、僕は階段を登り始める。チラリとリゾンを見ると、彼も僕を見ていた。
 何を言うでもなく、視線を前方に戻し、再びあの重い空気の渦中に戻って行った。


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