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第5章 理念の灯火
第130話 協力
しおりを挟む【ノエル 現在】
幸いにして、死者はでなかった。
しかし、その死者がでなかったことに際して、殺されかけたクロエが怒り心頭なのは当然のことで、その説得に何時間もかかってしまった。
説得というよりは、根気の持つ限りの戦いというような感じだ。
クロエが交換条件として、拠点の僕の部屋と同じ部屋にするなら許すというふざけたことを言いだしたが、それは到底許容できなかった為に拒否した。
それから議論は平行線だ。
かけひきの苦手な僕はなかなか話を進めることができない。
それでも懸命に頭を下げる僕に、クロエはやっと折れてくれた。
「もうわかったって……お前がそこまで言うなら……。でも、次に少しでもおかしなことしやがったら俺が殺すからな」
そう言ってなんとか矛を収めてくれた。
他の魔女たちも相当に反対していたが、僕が管理するということで納得してもらえた。
――はぁ……僕らは“仲間”というよりは“烏合の衆”だからな……意見がまとまらない……
僕が説得に疲れ切ったあと全員を連れてリゾンとガーネットの元へ行くと「遅いぞ魔女。いつまで私を待たせる気だ」などというものだからそこでまた一波乱あった。
話をまとめるのは本当に大変だ。
リゾンにまず拘束魔術をかけた後に、シャーロットに身体の傷を治してもらった。
拘束魔術だけでは飽き足らず、手枷や足枷、首にも首輪をつける、更には檻にも入れるという強い要望があったので、リゾンに悪い気もしたが全員を納得させるにはそうする他なかった。
手枷は後ろ手にがっちりと両腕の間隔があかない強固なもので、何もすることができない状態だ。
足枷は歩く程度の歩幅しか開かず、走ることなどは出来ない。
首枷からは鎖がついており、アナベルの提案によって無理に鎖を切ろうとすると首が切れるよう魔術をかけられていた。
逃げたり、攻撃する余地はない。身体能力が高いリゾンの拘束に対して、これで十分なのかどうかは分からないが、これ以上どう自由を奪ったらいいのか解らなかった。
それほどまでに拘束されているのに対し、当の本人はというとそれほど気にしている様子はなかった。
「驚いたな。説得してくるとは」
「どれだけ僕が頭を下げたと思ってるの……リゾンも謝ってよ」
「私に頭を下げさせたいなら力づくでそうさせろ」
それでは謝罪の意味なんてまったくないじゃないかと、落胆する。
「外に放置すると監視できないから、拠点の地下に牢屋を作ってそこにいれよう。僕とガーネット以外は入らないように」
そういう条件で全員を納得させた。
家を作る作業が再開されて、夜になったころにようやく家が完成した。
かなり大きな家だ。
三階建ての地下が一室分。
馬の建屋も作ったが、そういえばこの騒動で全く忘れてしまっていたが、肝心の馬が見当たらないことに気づく。
「シャーロット……馬は?」
「あ……放牧しっぱなしにしちゃいました……あっちの方にいたのを最後に見たのですが……」
「最後に見たのはいつ?」
「えーと……3日前くらいですね……」
歯切れが悪いシャーロットの話を最後まで聞かずとも、馬がどうなったのかは予想がついた。
要約すると、どこかへいって行方不明ということだろう。
「貴重な移動手段だったんだけど……」
「でも大丈夫です。念のため探知魔術をかけてあります」
シャーロットが魔術式を展開すると、馬の姿が映る。
馬は眠っているようだ。
――ここは……
その場所は僕も見覚えがあった。
生い茂る森の中に白い翼が優美な馬の姿が浮かんでいる。森の地面を見ると穴が開いている場所があった。
そこはレインを匿っていた穴だ。
――ここはご主人様のいる町の近くの山だ……
ここからそれほど遠くない。
馬は町の住人に見られたら殺されかねない。逆に、驚いた馬が人間を殺してしまうかもしれない。
「明日……馬を回収しに行く。レインとも話をしておかないといけないし……」
問題を先延ばしにするのは気が引けたけれど、今から行くわけにもいかない。
シャーロットも疲弊しているし、他の者たちも疲れ切っている。僕とガーネットだけで行ってもいいかと一瞬考えるが、馬は眠っている様子だったので諦めて明日行くことにした。
家の中に入ると家財は食卓を囲む長机と椅子、調理ができる簡単な石造りの台所、食材をしまう倉庫程度の家財しかない。
そして二階と三階に上がる階段が続き、一階には地下への階段がある。
「リゾン、こっちへ」
地下に続く階段を降りるとそれほど広くはない牢屋がある。
そこへ僕とリゾンは降りていった。
人間の目では到底何も見えないような暗闇だ。当然光はない。
リゾンの力でも曲げられないような強固な合金の牢ができており、そこにリゾンを入れて首の鎖を牢の中に設置されている格子につけ、鍵をかけた。
後ろ手に拘束している手枷は外して少しの自由を彼に与える。
「しばらくここに居てもらうよ。食事は毎日三食か二食、血液と肉を持ってくる。あとは……まぁ、ずっとここにいるのも辛いだろうから、夜の間に少しだけ外に出すよ」
「随分甘い考えだな。普通、牢に入れたら最低限の食事だけ与え弱らせ、逃亡や反逆の恐れがある場合は絶対に外に等出さないだろう」
「……リゾン、いい? 僕は服従させたいわけじゃない。“協力”してほしいの。異界に返してもいいけど……僕のこと観察するんでしょ? ならそうする機会を増やさないと」
そう言って僕はリゾンの牢に鍵をかけ、階段に脚をかける。
「僕はもう戻るから、リゾンも休んで。まだ身体も本調子でもないだろうから。食事運んでくるからちょっと待ってて」
「…………ふん」
僕が地下から一階に登ると、全員が一階にいて僕の帰りを待っていた。
やはり不満げな、あるいは不安げな表情をしている。
「……もう休もう。大丈夫だよ、リゾンは四方強固な合金で固めてある牢屋に入ってるし、大人しくしてる。目が覚めたばかりで混乱していたから僕らに手荒なことをしただけだよ」
「混乱する度に暴れられたらたまったもんじゃないぜ」
無論、リゾンは混乱していた訳ではないと思う。
だが、そうでも言わないとあれだけの暴挙に出たリゾンを庇うことができない。
「私は夜の間起きている。見張っていよう。何か問題があったら手の甲に傷をつけてすぐにお前を起こす。それでいいだろう」
「……リゾンの挑発に乗らないようにね」
「あれとはそれなりの付き合いだ。心配するな」
ガーネットの言葉で、全員渋々と納得する。
クロエが獲って来てくれた鹿の血抜きをしてその血液を凝固しないようにしつつも器に溜める。そして肉を捌いて食事にした。
僕らが取ってきた果実も全員に配分すると瞬く間になくなった。
僕とシャーロット、アビゲイル、アナベルが食事の準備をしている間に、クロエとガーネット、キャンゼルで寝具の用意をしていた。
一先ず眠るところがしっかりとあれば問題ない。木材を組み合わせてベッドの組み立て作業や、シャーロットが作った綿や布を糸で縫って布団を作っていた。
キャンゼルはふと僕の方を見て、思い出したようにクロエに話しかける。
「ねぇ、クロエ。あんたが城でノエルだと思ってたあたしに言ったこと、ノエルに――――」
バチッ!!!
急に爆音が響き、全員が驚いて飛び上がった。クロエから電撃がほとばしり、キャンゼルの横の床が黒焦げになっていた。
クロエ以外の全員から諫める言葉や、怒りの言葉が出る前にクロエは叫ぶようにキャンゼルに言った。
「言うな! 殺すぞ!!」
僕はクロエのあまりの剣幕に驚いて目を何度かしばたかせる。殺されかけたリゾンに対してですら、クロエはそこまでの剣幕で怒ってはいなかった。
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