罪状は【零】

毒の徒華

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第5章 理念の灯火

第128話 赦し

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【ガーネット 現在】

 私がほんの一瞬目を離した隙の出来事だった。
 ノエルが帰ってきたことに気を取られ、リゾンから目を離してしまった。
 どうしてもノエルを目で追ってしまう。他の魔女と話すノエルを見ていた視線を戻すと、横たわっていたはずのリゾンがいないことに気づいた。
 私はリゾンがどこへ消えたのかと警戒したが、気づいたときにはもうそれは手遅れだった。

 ――ノエル……!

 声を出すよりも早く、私の腹部には穴が開いた。
 激烈な痛みで私は倒れるしかなかった。すぐさま立ち上がろうとするが、脊髄を損傷したせいか、脚が動かない。
 あまりの激痛に目が霞むが、それでも私はノエルに手を伸ばす。

「ノエ……ル……」

 あっという間に赤い髪の魔女はリゾンによって森に引きずり込まれて行った。
 出血がひどく、このままではマズイ。
 白魔女の姉妹が慌てふためいている。男の魔女には妹の方がつき、白魔女姉の方が私の方に駆け寄ってくる。

「酷い……今治療しますから」
「お姉ちゃん! クロエが……!」

 私も相当の致命傷だが、あの男の魔女も首が切り落とされる寸前まで切り裂かれていた。

「……ガーネット、クロエの治療が終わるまで持ちこたえてください…………」

 白魔女は男の魔女の方へ走って行った。
 こんな状況なのにというべきか、それともこんな状況だからこそというべきか、ノエルの血の匂いに、私は先ほどから強い渇望を抱いていた。

 ――血が……ほしい……

 ずりずりと上半身だけでノエルの血だまりに懸命に移動する。私の方を見て白魔女が何か言っているのが聞こえるが、私の耳には入らない。

「はぁ……はぁ…………」

 永遠に思えるような距離を懸命に移動したが、私はもう視界がかすみ、血だまりまでの正確な距離が分からない。
 もう駄目だと断念しようとした瞬間

 ピチャリ……

 手を伸ばした私の指先にぬるりとした感触がした。顔を上げて必死にその方向を見ると、私の指を濡らしたのはノエルの血だまりだった。ノエルからはおびただしい量の血液があふれ出していて、それが森の中へと続いている。
 ノエルの血だまりに触れた血の付いた指を口元にもってきて舐めると、この世の何よりも甘美で上質な舌触りだった。
 力がみなぎってくるように私は感じた。
 血を飲んで回復してきたからか痛みは徐々に鈍くなってきた。
 私は、這いつくばってその血だまりに顔を突っ込み、ノエルの血を飲んだ。地面を這い蹲って血を飲むなど、屈辱以外の何物でもない。しかし、屈辱的だとか、地面の砂がジャリジャリするとか、そのようなことを気にしている猶予はなかった。
 一心不乱に血を飲むと、私の腹の傷は治ってきていた。
 そうしている間にも私の身体に絶え間なく切り傷がつき、骨が折られる激痛が走ったり、皮膚が剥がれたりした。
 ノエルがリゾンに新たな傷がつけられているようだ。
 それでも、私たちの回復力の方が圧倒的に上回り、私は立ち上がってノエルの血の痕を追いかけた。

「クソ……あの変態め……」

 森の奥から爆炎が上がるのが見えた。すると身体につけられる傷が一度止む。
 私が走って向かっている間にも森の中から爆炎が上がり、水の刃が飛び交い、氷の柱が地面から突き出し、落雷が何度も森に落ちた。

 ――ノエル……頼む……正気でいてくれ……

 私が血を飲みすぎたら、ノエルも正気を失ってしまう。
 その話を本人としたばかりなのに、さっそくその話がなかったようにする行動をとってしまった。
 自分の首の羽の部分に触れる。やはりそこには小さな羽が沢山生えていた。急激にそれが大きくなるというようなことはないようだが、これが更に成長してしまうかもしれない。
 そう考えるものの、今はその心配をしている余裕がなかった。
 ノエルに近づくにつれ、叫ぶように話す声が聞こえてきた。

「リゾン! やめて!!」
「はっはっは!! 腰抜けの魔女かと思っていたが、強いではないか」
「争いたくないんだ!」
「お前には争う理由は無くても、私にはある! 散々ふざけた真似をしてくれたな!!」

 リゾンの鋭い爪によって何度もノエルは身体に酷い傷を受けながらも、それでも傷はすぐに塞がった。
 私が駆け寄ってノエルの前に立つと、対峙しているリゾンも満身創痍になっていることに気づく。
 肩や腕、脚から出血しているし、肉がえぐれている部分もある。
 彼の身体の焦げた部分からは吐き気を催すような悪臭がした。

「リゾン! 貴様……腕を治した恩を仇で返すのか!?」
「私はそんなこと頼んでない! 自惚れるな!」

 魔術は封じられているもののリゾンの元々の身体能力は高く、ノエル相手にも引けを取らない。
 しかし、私には以前よりもその動きはゆっくりに見えた。
 目にも留まらぬ速さで全く見えなかったリゾンの動きが、目で追える程度になっている。
 鼓動が早く、身体が熱い。

「ノエル、やはり助けるべきではなかったな」

 リゾンがノエルに向かってその鋭い爪を向けて飛びかかったとき、私はリゾンの腕を掴んでリゾンの力を殺さずにそのまま地面に叩きつけた。

「がはっ……」

 うつぶせに倒れているリゾンの背中に素早く乗り、腕を捻りあげた。
 ギリギリとリゾンの腕が軋む。
 振りほどこうとするが、強化されている私の力にリゾンは適わずに更に腕を捻りあげられる。

「ぐぁあっ……そのまま腕を折るがいい……」
「言われなくとも、貴様の腕など再びむしりとってくれる……!」

 私がさらに力を加え、ミシミシという骨の悲鳴が聞こえ始めた頃にノエルが私の腕を掴む。

「ガーネット……許してあげて」

 そう言うと思っていたが、実際に言われるとその考えの甘さに苛立ちを隠せない。

 なぜリゾンをそう庇うのか。
 どうしてそこまで気持ちを割くのか。

 ボキボキッ

「ぐぁああっ……!!」
「ガーネット!」

 ノエルの願いを無視して、私はリゾンの腕を折った。
 肩から彼の骨は両腕とも折れていた。これで動かすことは出来ないだろう。
 私は折った腕を掴んだまま、心配そうにこちらを見ているノエルの方を見た。


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