罪状は【零】

毒の徒華

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第5章 理念の灯火

第126話 正義の在り方

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 魔女と人間はお互いに歩み寄れないほどの軋轢あつれきがある。それは肌で感じていた。

「あたしはゲルダ様の考えに賛成だった。強いものが絶対なの。世界ってそういうものでしょう?」
「まぁね、それがすべてではないけど」
「そうね。でも……強い力を手に入れたゲルダ様は徐々におかしくなっていった。女王になる前のゲルダ様は不器用にでも、魔女をまとめようと真剣に考えていたし、魔女の未来を考えていたわ。あたしはあんたの母親のルナ様よりもゲルダ様の方が女王に相応しいと思ってた」

 アナベルが何年生きているのか僕には解らなかったが、ゲルダと縁のある魔女なのだということは今の話で解る。

「ある日ゲルダ様は身体の半分がぐちゃぐちゃになって異臭を漂わせながら、他の魔女に担がれて帰ってきた。そのときにあんたの半翼の三枚を握りしめていたのよ。ゲルダ様にどんなに治癒魔術を施してもその酷い爛れは治る気配がなかった」
「僕の両親が殺されたときの話だな……」
「そのとき、大昔の文献から魔族の生命力に目をつけていたあたしは、あんたの翼を移植すればもしかしたら生き残るかもしれないと考えた。これが大正解だった反面、大間違いだったわ」

 ここまで世界の話が滅茶苦茶になった事の発端はこいつのせいか……と、考えると僕のアナベルに対する表情は尚更険しくなる。

「ゲルダ様はあんたの翼を移植して、一命はとりとめたものの、毎日翼に魔力を喰われるようになって、激痛に苛まれ、ついにおかしくなった」
「馬鹿なことをしてくれたね……そのまま見殺しにしたら良かったのに……」
「そうかもね。でもあたしは自分の知的好奇心に抗えなかったのよ。自分の理論を試してみたいでしょ?」

 自身を容易に正当化するアナベルに殺意が沸いてくる。もしそこでゲルダが死んでいたら、セージもラブラドライトも、あの赤い龍、数多の魔族も命を落とすことはなかったはずだ。
 しかし、もしそうなっていたら僕はご主人様に会わなかっただろう。
 そこだけは複雑な思いになる。

「魔女に対する支配も、人間に対する支配も過激になっていったわ。それだけでは飽きたらず、異界に干渉する術を知ったゲルダ様は魔族にも手を出した」
「どうやって異界に干渉する魔術を知った?」
「『セージの書』よ。それを手に入れたの。あんたと一緒にね」

 セージが殺され、僕が捕らえられたときにセージの記した本が魔女に盗られたのだろう。
 そこに異界に関する知識が詰め込まれていたはずだ。

「それから不安定な翼の力を安定させようと、片端から翼人を制約で呼び出し、縛って、ゲルダ様に翼を移植して安定させようとしたんだけど、どれもあんたの翼と対等にはならなかった。当時、魔女は魔族を縛る術は未完成で、翼人たちの反撃に遭った。戦いになったわ。なんの収穫もなかったのに、沢山死んだ。かろうじて魔女が勝ち、翼人は絶滅して、最後の生き残りがあんたなのよ」
「………………」
「他の魔女に、対になるよう翼人の翼を移植しようともしたけど、魔族と魔女は相容れないものだったせいか、片端から移植した魔女は死んでいったわ。成功した例なんてなかった」

 同じ魔女をそんな風に扱うなんて、やはり残酷な話だと僕は感じた。知的好奇心は恐ろしい。どんなに残酷なことでも容易にしてしまう。

「あんたの翼は、あんたが半分魔女だから移植が上手くいったのよ。それでも、こんな状況で“上手くいった”なんて言えないわね……」

 アナベルは珍しく、しおらしげにうつむいた。

「あたしは日に日におかしくなってくゲルダ様を見ていられなくなって、地下にこもりきりになった。魔女の心臓を作れって言われて、研究してたの。まぁ、無理だったけど、毎日毎日死体が運ばれてきて、死体の相手ばかりよ。魔族の死体やら、魔女の死体、人間の死体、動物の死体……生きてたのはリサとアビゲイルくらい」

 そのリサは死んだ。アビゲイルもかなり危ない状況だった。
 死体ばかり相手にしていたから残虐なことが平気になったのか、平気だから残虐なのか解らなくなる。

「リサはあんたを暴走させたことと、ロゼッタや他の魔女に怪我をさせた罰としてフルーレティが連れてきたの。リサは嫉妬の罪名持ちだったし、実験の足しにしろって」
「僕には……罪名って概念がやっぱりよく解らない。罪状から決まるんだろうけど、それがあるからなんなの?」

 僕には解らなかった。
 人間に近い感覚で育った僕には、罪を崇める風習は理解できなくて当然だ。
 悪いことはしてはいけないとセージによく教えられて育ったから、殊更に解らない。

「罪名を与えられるとき、魔女は讃えられるのよ」
「讃えられる?」
「罪は誰もが犯すもの。罪のない者なんていない。でもその罪や罰を決めるのは誰? 時代によって美徳のありかたは変わる。自分が正しいと思えば、周りの全てが罪になる」

 人間が罪そのものと虐げられた魔女にとっては、人間の定めた罪は美しいものに映るのだろうか。

「人間が罪と定めたものを全て捨てて、楽しく生きられる?」
「……どうかな」
「怒りがなく、何もかも受け入れられていたら何の進化もしなかった。食べ物がない貧しいときは、食べられるときは食べようとするのは普通よ。多くを求めるから人は前向きになれる。怠けて生きていられるなんて幸せだと思うの。常に死を隣に置いたら疲れてしまうわ」

 軽薄に話す口調とは裏腹に、尤もな理論をアナベルは並べてくる。

「嫌なことに憂鬱になるのも、自分を飾って見せるのも、自分を気高く見せるのも普通よ。性欲がなかったらとっくに絶滅してるし、誰だって“愛”って幻想を追っているのよ。罪だと咎められたって自分が良ければそれでいいじゃない。他人の為に生きてるわけじゃないんだから」
「……そうだね。でも、力ずくで奪いつくして強いものだけがいい思いをするのは知性のある僕らには相応しくないと思う」
「あんたは夢見すぎなんじゃない? 罪と咎められたって、生きる権利はあるわ。魔女だからって皆殺しにしようとした人間は昔から変わらない。今も魔女を隙あらば殺そうとしてるでしょ?」
「僕が魔女だと知っても、優しくしてくれた人間はいるよ……」
「そんなの稀でしょ? あんたの慕ってる人間だって、あんたがあたしの頭を蛇の腹に放り込むような魔女だって知ったら嫌いになるに決まってるわ」
「知ったような口をきくな」

 バチバチバチッと僕の周りで電撃がほとばしる。
 アナベルはそれを見ると「そんなに怒らないでよ」と焦ったように言った。


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