罪状は【零】

毒の徒華

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第5章 理念の灯火

第120話 飴

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 空間を抜けると夕闇に世界が包まれていた。
 そしてそこはシャーロットが待っている場所だ。空間移動の負荷を僕自身も感じ、疲弊したが、事は緊急を要するため休んでいる暇などなかった。

「ノエル! 無事でなによりです!」

 僕がガーネットと共に魔術式から出て彼女を見ると、酷くくたびれているようだった。恐らく食事もろくにしていないのだろう。
 彼女の後ろに、幼い子供がしがみついているのが見える。僕はすぐにアビゲイルが起きたのだと解った。

 ――良かった。目が覚めたのか……

「なんとか……死ぬかと思ったけど、帰れたよ」
「信じていました」

 僕の滅茶苦茶な作戦を信じてくれていたのかと思うと、苦笑いが漏れる。

「シャーロット、疲れているところ悪い。この吸血鬼の怪我を治してほしい。腕の神経が断裂して麻痺してる」
「その銀色の髪の方は……?」
「魔王の子息なんだけど……事情は治療中に話す」
「解りました」

 シャーロットはアビゲイルの頭を撫でてから離れ、短剣が幾重にも刺さっているリゾンの治療を何も言わずに始めた。
 シャーロットに必死にしがみついて不安そうにしていたアビゲイルに僕は話しかける。

「アビゲイルだね。目が覚めたんだ。僕はノエル……言わなくても魔女なら全員知ってるかな……」
「赤い髪と瞳の魔女……ノエル、知ってます。助けてくれて……その……ありがとうございます。おかげで助かりました……」

 自信なさそうに小声で言うアビゲイルは普通の少女のようだった。
 シャーロットと同じ白い髪に、大きな瞳が印象的だ。可愛らしい顔をしているが、髪の毛が伸び放題になっていて目が隠れてしまっている。

「よく頑張ったね」

 僕がそう言うと、アビゲイルはぐずぐずと泣き始めてしまう。
 僕は慌てて、鞄から異界でもらった甘いお菓子をアビゲイルに差し出した。
 妖精族が作る花の蜜を凝固させた飴だ。中に美しい花がそのまま咲いている。

「こ、これあげるから、泣かないで」

 僕がそれを差し出すと、アビゲイルはその飴を受け取ってから大声で泣き始めてしまった。
 泣き止ませようとしたのに更に泣かせてしまった僕は物凄く焦ってしまい、更に異界で持たされたお菓子を取り出す。
 砂糖菓子に、饅頭、焼き菓子、あらゆるお菓子をアビゲイルに渡そうとする。わんわんと大声で泣いているアビゲイルは泣きながらそのお菓子を口に運ぶ。
 一口食べて一先ず泣き終えたかと僕は安堵するが、飲み込んだ後に再びアビゲイルは泣き始めてしまう。

「えっ……えっと……ごめん、まずかった……?」
「ううん……えぐっ……うっ……美味しい……っ」
「そ……そっか……」

 アビゲイルが何で泣いているか僕は焦ってばかりで解らなかったが、アビゲイルは安堵し、嬉しくて泣いていたのだ。
 ずっと実験続きで苦しい想いをしていたアビゲイルは、自分の身体が元通りに戻り、そして大好きな姉と逃げ延びられたこと、そして「頑張ったね」と、辛いことが終わったと思わせる僕の言葉にアビゲイルは緊張の糸が途切れたらしい。

 慌てている僕が次々と甘いお菓子を渡してくるのを、アビゲイルは泣きながら次々と食べ、やがて泣き止み、疲れ切ったように焚き木の炎の近くで眠ってしまった。
 その場所は柔らかい草が敷き詰められている。
 やっと泣き止んでくれたことに僕はホッとしてシャーロットの元へ行くと、ガーネットは僕を可笑しそうに見る。

「随分、子守りは得意なようだな」

 からかうように僕に彼はそう言う。

「お前がうろたえている様子は見ものだったぞ」
「…………面白がらないでよ」
「ノエル、アビゲイルの相手をしてくれてありがとうございます」

 僕がリゾンを見ると、短剣が抜かれていて傷口がほぼ塞がっていた。短剣を僕は鞄の中にしまう。
 こんなもの投げられたら危険だ。アビゲイルやシャーロットもいるのに……。

「神経を繋ぐのは少し時間がかかります」
「ごめん、無理させて」
「いいえ、異界でご無理をされてきたのでしょう。このくらいお安い御用です」

 リゾンの腕の傷は塞がり、ゆっくりと内部の神経が繋がって行った。

 ――これで……リゾンが僕に対して凌辱の限りを尽くすことができるようになったわけだ…………

 本当にそうされたらどうしようと不安がよぎるが、そんなことは考えても仕方がない。

「魔王様から手に入れたよ。世界を作る魔術式」
「ご無事に帰ってこられたところを見て、成し遂げられたのだと解りました」
「大変だったけどね……この魔王様の子息ともめて……やむを得ず腕を切り落とさないとならなくて……この有り様だよ」

 そう僕が言うと、シャーロットは不安げな顔をする。やむを得ず腕を切り落とさないとならない状況というのは、穏便ではない。

「……扱いは大変そうですが……綺麗な方ですね」
「中身はちょっと……性的倒錯をしていて加虐的な傾向が強いけど……」
「大丈夫なんですか……?」
「更に性格の歪んだクロエみたいな感じだけど……大丈夫。暴れ出したら僕が抑えるから……」

 本当にそんなことできるのだろうかと僕は考え込んでしまう。
 そういえばクロエの姿が見えない。辺りを見渡すと、クロエはいない様だった。

「クロエは?」
「ずっとここにいるのは飽きたようです。昨日から見ませんね……」
「シャーロットから離れるなんて……なんてやつだ」

 シャーロットを守ってくれるように頼んだのに。本当に軽薄なやつだ。

「ガーネット、リゾンは大丈夫そう?」
「あぁ。獣の血でも飲ませておけばいいだろう」
「食事の準備をするがてら、捕ってきてくれないかな?」
「あぁ」

 ガーネットは森の中の闇に消えていった。それを確認してから僕はシャーロットに話しかける。

「シャーロット、頼んでおいたものはできた?」
「いえ……まだです。あと数日あればなんとか」
「そう……。それはそうとして、こっちの解読を付き合ってくれないかな」

 僕が鞄に入れていた洋紙をシャーロットに見せると、驚いたようにその魔術式を見ていた。大きく、そして複雑な魔術式を真剣に目で追う。

「これが魔王様がくれた、世界を作る魔術式。途中まで解読したんだけど、シャーロットにも協力してもらいたい」
「これは……かなり大変そうですね……」
「クロエは魔術式解るかな?」
「いえ……あまり得意ではないようです」
「そうか……高位の魔女でもやっぱり向き不向きがあるんだ」
「彼はどちらかというと、頭で覚えるというよりは身体で覚える方というか……」

 確かに、身体を電気に変換する魔術は術式がどうとかより、身体で覚えたものだと思う。
 術式になぞって魔術を使うのではなく、身体に合わせて魔術式が展開する方だ。
 僕もどちらかと言えばそうだ。

「これは明日からにしよう。随分疲れたでしょう」
「大丈夫ですよ。私はまだやれます」
「シャーロット、頑張りすぎると疲れちゃうからさ。僕も疲れたし、少しくらいゆっくりしても大丈夫だよ。あっちでの話とか聞いてよ」

 そう言うと、シャーロットは納得したようだった。
 僕はちらりとシャーロットに頼んでおいた術式の一部を見た。複雑な魔術式が地面に精密に書かれているのを確認する。
 あと数日で完成するのであれば、問題ないだろうと僕は考えた。そうこうと考えている内に、リゾンの腕の治療は終わったようだ。


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