罪状は【零】

毒の徒華

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第5章 理念の灯火

第118話 赤い長髪

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 僕は魔王城の階段の一番下で、異界へと通じる大きな魔術式を描いていた。大きなものだと形をとるのが難しい。
 結局ガーネットに「お前のせいだ」と言われたことについてきちんとした謝罪はさせてもらえなかった。
 僕が謝ろうとするとガーネットは「早く魔術式をかけ」と言い、話をしてくれない。
 それ以上その件に関しては話すつもりがないのだろう。

 ――僕のせいなのは解ってるんだけど……

 そうはっきりと言われると、へこむ。

 ――助けた事、感謝しているって言ってたのに、なんで「お前のせいだ」なんて言うの……

 チラリとガーネットを横目で見ると、別にいつも通りのように見える。別段怒っているようには見えない。
 いつも怒っているように見えるという意味で、いつも通りと言っている訳ではない。

 ――後できちんと話をしないと……

 術式を地面に描いているとき、僕の長い髪が前に垂れてくる。
 僕の赤い髪はご主人様に拾われたときから切っていない為、随分伸びた。戦いになる前に切ろうかと僕は考える。

 ――未練がましいよね。いつまでもご主人様が触ってくれた髪を伸ばしているのは……

 僕は魔法陣を描く手を止めて、自分の髪を触る。

「どうした?」

 僕の手が止まったのを見て、ガーネットは話しかけてくる。
 あまりの自然な会話の始まりに、先ほどまでモヤモヤしていた自分の気持ちと混同し、少しばかり混乱する。

「髪の毛……切ろうかなと思って」
「……魔女の女王との戦いでは短い方が戦いやすいのではないか?」

 ガーネットにそう言われて少しの間考えたが、僕はどうしても切ろうという決心はできなかった。
 思い出と一緒に切り捨てることはできない。

「…………やっぱり切らない」
「何故だ?」

 この戦いで、ゲルダと相打ちになったりして死ぬかもしれない。
 だったら僕は、彼の好んだこの姿のまま死にたい。
 死ぬのではなくて、生きる方向で考えていなければならないのだが、楽観的にはなれない。
 ゲルダは強い。自分の力量が解る分、自分の力と同等の力というものの恐ろしさは身に染みて解っているつもりだ。
 幼い頃より、ずっと危険分子として監視され、拘束され、虐げられてきたからこそ、どれほどの恐ろしさなのか解る。

「ガーネットこそ、その伸びた髪切らないの? 目にかかって邪魔なんじゃない?」
「以前はお前と同じくらい長かった。これは短いくらいだ」

 長髪のガーネットの姿を想像すると、どこかリゾンと重なるように感じた。

「吸血鬼族って……みんな髪の毛伸ばしてるの?」
「我々にとっては長い髪は高潔な者の証だからな」

 リゾンも物凄く髪が長かったし、エルベラも、ヴェルナンドもそうだ。
 言われてみたら確かにそうだと納得する。

「まぁ、縛れば問題ないでしょう」

 僕は髪の毛を乱雑に括り、続けて魔法陣を描き始めた。書いている最中に色々な想いが倒錯する。
 解決しなければならないことはまだたくさんある。
 ご主人様のことがいつになっても、いつも頭によぎる。何かするたび、ほんの些細な時間がある度によぎる。
 何をしているだろうか。大丈夫だろうか。レインと上手くやれているだろうか。
 自分のこれからのことも考える。ガーネットとこれから上手くやって行けるのだろうか。しかし、なるようにしかならない。
 僕は最後の線を書き終え、立ち上がった。

「行くか……」

 そう言った直後、リゾンに出発前に返事をもらうと言っていたことを思い出した。

 ――嫌なこと過ぎて忘れてた……

 リゾンに会いたくない。
 顔も見たくないし、彼が恐ろしい。
 魔女と同じだ。ゲルダを見る時と同じような緊張感がある。ゲルダを見ると吐き気や嫌悪感が込み上げてくる。
 同時に、自分を失う程の憤りが身体の内側からドロドロと出てくるような気がする。
 僕を一個人ではなく、物として扱う者たちに対してのやるせなさを抑えられない。

「…………僕はリゾンに返事を聞いてくる」
「あの性根の腐った変態が協力すると思っているのか?」

 ガーネットのその言いぐさを聞いていて、どこでそんな悪口を覚えてきたのかと僕は苦笑いをした。

「一応、発つ前に確認する約束だったから」
「私も行こう。また襲われでもしたら大変だからな」

 僕は再び階段を登り始めようと見つめた。脚で登るにはかなりの労力が必要そうだ。
 追われていたときはガーネットに抱えられていたからなんとも思わなかったが、攻め入る輩がいるとしたらこの階段を登らねばならない。魔族は人間や魔女よりも体力があるだろうから、そんなに苦でもないのだろうか。
 そんなことを考えながら僕は階段に脚をかける。

「やめておけ、数十分はかかるぞ」

 僕の身体を軽々と持ち上げると、ガーネットは階段を駆け上がった。
 軽やかに跳ぶ彼にとって、階段なんてまるで何の弊害もないかのようにあっという間に頂上につく。数秒の出来事だった。
 頂上で僕を降ろすと、何事もなかったかのようにガーネットは城の中へ入って行った。
 先を進むガーネットの背中を僕は追いかける。
 城の中に入り、小鬼にリゾンの場所を聞くとどうやら部屋にいるようだった。
 リゾンの部屋の前に来ると、やはり嫌な感じがする。

「おい、リゾン。返事を聞きに来た」

 ノックもせずにバタンと開けると、リゾンはベッドに座っていた。何か台のようなものに腕を乗せている恰好をしているのが見える。

「な……なに……して……」

 ガーネットの背中で見えなかったが、彼の動揺の言葉に嫌な予感がして、僕もリゾンの方へと視線をやった。

 ――え……?

 そこには自分の腕にいくつもの短剣を刺しているリゾンの姿があった。


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