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第4章 奈落の果て
第113話 愛情
しおりを挟む【シャーロットとクロエ 現在】
「おせえなぁ……いつ戻ってくるんだよ……殺されたんじゃねぇのか?」
「それはありません。ノエルが残していった羽に魔術がかけられたままですから。死んでいるならその魔術は消え去るでしょう」
白い一枚の羽からは淡く発光しており、魔力を帯びている。
シャーロットは髪を後ろでまとめ、相変わらず魔術式を必死に地面に書いていた。
クロエは暇そうに時折近くに来た生き物を感電させて仕留めては、適当に捌いて食事の用意をする程度で他にすることもない。
「時空を超えて魔術の継続なんかできるのか?」
「ノエルならできるのでしょう。ずっと自分の翼を隠すために継続的に魔術を使っていましたし」
「どこまでも規格外だな、あいつは」
「世界を創造しようなんて考える人は何人もいそうですけど、実際にその計画を実行して作ろうとする人はノエルくらいなものでしょうね」
ノエルが発ってから3日が過ぎた。
シャーロットが書いている魔術式を時折クロエは見てみるものの、クロエにとっては難しく何を書いているか解らなかった。
何を書いているのか聞いてみても、シャーロットは言葉を濁し、教えてくれない。
「そもそも世界を作るなんて俺たちにできるのか?」
「イヴリーンがしたように、理論上は可能なはずですが……あの時はイヴリーンの魔力に合わせ、何人もの魔女が協力しました。異界の魔族たちはそれほど魔術が上手い者がいるとも思えませんね……いくらノエルといえど、この少人数では世界を作るなんて無理です」
何の変化もなくシャーロットが頭を悩ませている中、唐突に変化が訪れた。
横たえられている白い髪の少女の指がピクリと動く。
重い瞼を開けると、その少女の目には光がさした。ゆっくりと白く長い睫毛の生える瞼をあげると、そこは森の中だと気づく。
「お姉……ちゃん……?」
その声を聞いて、シャーロットは驚いて振り返った。
意識の戻ったアビゲイルは、自分の身体の状態を確認している。自分の腹部や脚、心臓の部分を何度も何度も確認して、それが間違いなく自分の身体だと解り、目の前にいる姉の姿を見て安堵したのか、アビゲイルは目に涙を浮かべた。
「アビゲイル!」
シャーロットが走って駆け寄り、アビゲイルを抱きしめた。
「お姉ちゃん……!」
「良かった……ずっと心配していたのよ……」
「お姉ちゃんごめんなさい……」
泣きながら抱き合う2人を、クロエは複雑な気持ちで見つめていた。
――無償の愛か……
ノエルが残していった羽を手で弄びながら、自分にはほど遠いものだと諦められない。
ノエルが戻ってきたら自分のものになってくれると信じている自分がいることは、クロエ自身も知っていた。
それが希望的観測だということは解っていても、捨てることは出来ない。
希望がなければ、人間も魔女も生きられないのだから。
◆◆◆
【ノエル 現在】
城に戻った僕らは、魔王様のいる大広間に行った。
そこには鎖と枷で拘束されたリゾンもいる。彼を見ると腕を切り落とされた痛みを再度思い出す。
魔女に実験されていたときは内臓を生きたまま取られたこともあった。それと比べればまだ可愛いものだと思おうとするが、自分を凌辱しようとした彼に嫌悪感を抱かないわけがなかった。
僕が顔をしかめてリゾンを見ると、リゾンはニヤリと笑う。それが僕の気持ちを逆撫でる。
2人で戻った僕らを魔王は見据え、リゾンの処遇を問うた。
「して、ノエルよ。リゾンの処分はお前が決めるがよい」
僕はリゾンの前まで歩み寄った。
恐怖も怒りも拭えなかったが、怯むことはなかった。
真っすぐにリゾンを見つめる。
「殺すならさっさとしろ」
リゾンのだらりと垂れている腕は一応はついているようだ。しかしピクリとも動かない。
恐らく、神経までは繋がっていないのだと悟る。
「……殺しはしない」
そう言うと、リゾンはニヤニヤするのをやめて、驚いたように僕を見つめた。
自分の気持ちと反することを言うと、胃の中の胃液が逆流して吐き気がしてくる。
「その代わり、僕に協力して」
「協力だと……? 笑わせるな」
睨むように刺すような目つきで僕を見るその顔は、確かに魔王の子息の迫力であった。
「協力するならその動かない腕を治せる魔女の元へ連れていく」
「協力など……」
「僕は殺したくない」
あくまで協力しない態度の彼に、それでも僕は語気を強める。
「やったことは容易には許せないけど、命を以て償うほどじゃないと思っている」
「何を甘いことを言っている……あちらの世界がどうか解らないが、こちらでは強者が絶対だ。それ以外の道理など存在しない」
「なら、勝った僕が絶対だよ」
膝をついたまま僕を見上げるリゾンに冷たく言い放つと、彼は牙を向き出しにして怒りを露わにした。
「……解っていないようだね」
「自惚れるな。穢れた血風情が!」
「そうじゃない。僕が言っているのは別の方だよ」
魔王様の方を見ると、僕を黙って見つめていた。
「魔王様がガーネットではなく、僕に処分を任せると言ったのは僕が被害者だからでも、僕が絶対的に強いからでもない。僕があなたを殺すという選択をしないと解っているからだ」
「なに……?」
リゾンが険しい表情で魔王様を見ると、魔王様も黙ってリゾンを見つめていた。
「魔王様の愛情が微塵も解っていないようだねって言ったんだよ」
「魔族にそんなものはない!」
「………………」
第二のガーネットのようで、僕は頭を軽く抱えた。
これ以上、今彼に言ったとしても説得することは出来ないだろう。
「……僕らはもう少しこっちにいる。僕らがあちらに帰るまでに考えて決断してほしい。帰る前にもう一度問う」
魔王様に一礼し、僕はリゾンに背を向けた。
「待て! 話は終わっていない!!」
咬みつく勢いの彼を僕は無視してガーネットの隣まで行って、魔王様に向き直った。
「別の部屋を用意してある。そちらで休まれよ。血まみれの身体を洗うとよい」
「おい! 話を聞け!!」
「黙っていなさい」
魔王様が牽制すると、リゾンは黙った。
まだ言いたげなことが沢山ありそうだが、魔王様に逆らうことはしないようだ。
「ありがとうございます」
「今から42時間後にこちらの全土の者が一堂に会するよう手配をしておいた。私からも話をするが、お前からも話をするがいい」
「しかし……僕は異界の言葉が不自由なので……」
「ガーネットに翻訳させたらいい。それでよいだろう?」
ガーネットは渋々といった様子だったが「解った」と返事をした。
「24時間後、部族長が集まる会議を開く。そこにまず出席するといい」
「解りました」
リゾンを一瞥した後、僕は案内の小鬼についていった。ガーネットがついてきていなかったので振り返って見る。
「どうしたの、ガーネット」
「少しコイツと話がある。先に風呂に入っていろ」
「…………解った」
僕は魔王の大広間を後にした。
ガーネットは僕を見送った後に、魔王様に向かって不満を口にし始める。
「魔王……ノエルが殺さないと解っていたな……」
「ははははは、ノエルが殺すなどと言うと思っていたのか? 私の方がノエルのことを理解しているようだな」
「……汚いやつだ」
魔王様が笑っているのを不愉快そうに顔をしかめた。リゾンは銀色の髪が床についていることも気にせず、ガーネットを睨んでいる。
「ノエルに今度手を出してみろ、ノエルが殺さなくても私が殺す」
「魔術も使えないお前が私を殺せるわけがない」
「ふん、のたまっていろ」
ガーネットは熱く口論せずに僕の後を追って部屋を出た。リゾンはギリギリと歯を食いしばって悔しがっているのを、魔王はただ見ていた。
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