罪状は【零】

毒の徒華

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第4章 奈落の果て

第110話 喧嘩

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「大丈夫?」
「ノエル……この壁を解け」
「…………駄目だよ」
「ふざけるな! ここまでされて生かしておくつもりはない!!」

 明らかに目が血走り、鋭い牙をむき出しにして口から僕の血をしたたらせている彼の胸に、

 トン……

 と僕は右手を当てた。

「ガーネット……僕だってこんなことされて許せるか自信はないけど、魔王様に処分は任せよう」

 彼の心臓の鼓動がやけに早い。
 僕だって心臓が早いし、気分が物凄く悪い。
 怒りが収まらないガーネットに、僕は懇願するように目を見つめて訴えるしかできなかった。
 僕の訴えに彼はやり場のない怒りからか、近くにあった家財に思い切り手を振り下ろした。その家具は彼の鋭い爪によって、魔術で切ったように鋭利な切り口でバラバラになった。

「……この馬鹿者が! お前は隙が多いのだ!! 知った顔だからと油断したのだろう!!!?」

 ガーネットに怒鳴られた上、僕は手を振り払われた。

「ごめん……」
「今回ばかりは謝罪では済まないぞ!! 下手をしたらお前は……お前は――――」

 僕は下唇に痛みを感じた。
 また彼は強く下唇を噛んでいた。彼のいつもの癖だ。僕の唇から、つー……っと血が伝っていく。

「……早く服を着ろ!」
「これしか持ってないから……魔王様に報告して借りてくるよ……」
「ならさっさと来い!!」

 ガーネットは僕の先ほどくっついた方の左腕を掴み、急ぎ足で魔王様のいる大広間へ歩いていった。
 先ほど切断されたのが嘘かのようにしっかりついているので痛みなどはなかったが、ガーネットがあまりに強い力で僕の腕を掴むのでそれが痛かった。
 僕は右手で自分の服の前側を抑えながらガーネットの速足に、僕は小走りになりながらついていった。
 ガーネットは相当怒っていたので、何と言って謝ろうかと何度も考えたがどうにもいい謝罪が思い浮かばない。
 そうこうしている間に、魔王のいる大広間についた。

「おい! 魔王!!」

 喧嘩を売るような口調で扉を開けると、魔王は吸血鬼族の長と思われる人物と話をしている最中のようだった。
 血まみれの僕らを見て彼らは何事かと思ったかもしれないが、それ以上に物凄い剣幕のガーネットに驚いた様子だった。

「貴様……!! 自分の子息のしつけをしっかりしろ!!! 危うく私たちは殺されるところだったのだぞ!!!」
「なんだと……2人とも血まみれではないか……私の子息とは、リゾンのことか?」
「そうだ! 殺されるだけならまだしも、こいつは凌辱されるところだったのだぞ!! 今すぐ殺せ! さもなくば私が殺してやる!!!」

 ガーネットが叫ぶようにそう言っている間に、魔王様が小鬼に着替えを持ってくるように指示していた。

「それで……リゾンはどうした?」
「部屋にいる!! 既に死にかけているがな!!!」
「………………ノエルよ、本当か?」
「はい……殺そうとはしていなかったとは思いますが、僕の腕を切断しました……。僕も抵抗する際に……魔術を封じる為に彼の両腕を切断しました。止血はしてあります」
「なんということだ……」

 魔王様は慌てたように立ち上がり、大きな扉を開けて僕らの部屋の方へ向かって行ったようだった。
 やはりあんな無法者の息子でも、魔王様にとっては大切なのかと僕は複雑な気持ちになる。
 僕は小鬼が持ってきた服を着る為、ガーネットたちに背を向けて服に袖を通した、翼の部分に翼を通すための穴が開いている服だった。
 翼人族に誂(あつら)えて作られたものだろうか。

「ガーネット……ごめん」
「謝罪では済まないと言ったはずだ! 二度と誰にも気を許すな! あの男の魔女にもだ!!」

 怒りが収まらないようで怒鳴るように僕に言い放つ。

「…………気を付けるよ……」

 気まずさに僕は目を逸らす。
 ガーネットは僕に近づいてきて僕の腕を掴み上げた。親指は僕の手首の動脈を押さえている。

「身体が熱いぞ。脈も速い……お前、あれで発情したのではあるまいな!?」
「え……」

 突然何を言い出すのかと僕は耳を疑った。

「何言ってるの……」
「私が入って行かなければリゾンを受け入れていたのではな――――」

 パァン!

 ガーネットがその言葉を言い終わる前に、僕は思い切りガーネットの頬を叩いた。
 彼のその続きの言葉に耐えられる気がしなかった。
 普段は絶対にこんなことはしないのに、どうしてもその言葉の続きを聞きたくなかった。
 手にも痛みを感じたが、頬にも鋭い痛みを感じる。叩く方の手も、叩かれる方の頬も物凄く痛いということが解った。
 叩かれた彼は物凄く驚いた表情をしていた。
 しかし、それ以上に僕はそんなことを言い出したガーネットに対して信じられない気持ちでいっぱいだった。

「馬鹿……ッ!! 僕だって怖かったのにどうしてそんなこと言うの!?」

 走って彼から逃げた。
 大広間から必死に外を目指して必死に走る。
 少しでも傷つく言葉から遠ざかりたい一心だったが、遠ざかろうと走っても言われた言葉は深く心に突き刺さり、言葉からは逃げることは出来ない。

 リゾンは強かった。
 敵わないとすら思った。
 あのまま凌辱されていたら、彼の子供を孕んだかもしれない。
 愛していない人の子供を、僕はどうしたらいいか解らない。
 魔族の強い者同士で伴侶ツガイになるという考え方は、僕には解らないものだ。そんなこと望んでいない。

 強いとか、弱いとか、そんなことどうでもいい。

 父さんと母さんが愛し合って僕が生まれたように、そうでなければ……――――

 僕はどこに行くとも考えず、走って魔王城を飛び出した。


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