罪状は【零】

毒の徒華

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第4章 奈落の果て

第109話 読唇

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 それを見てリゾンは相も変わらずニヤニヤしている。その態度や性格はやけにクロエと重なった。
 しかし、クロエよりもずっとたちが悪い。

「舐められたものだな。本気で拒否をしないなら、初めから拒否などするな。それとも、あの時のように繋がれているのが好みか?」

 リゾンが魔術式を展開すると、僕の四肢にどこからともなく現れた鎖が一瞬で絡みついて僕の動きを完全に封じた。
 逃れようと暴れるが、びくともしない。
 魔術で切ろうとするが、そのたびにリゾンが僕の翼をカリカリと軽く引っ掻いて、僕は魔術に集中できない。

「あの役立たず吸血鬼はこんなことできないだろう?」
「ガーネットは役立たずじゃない」
「私の方があれよりも強いのだぞ? 何が不満なんだ。私に協力してほしいだろう?」
「こんな強迫しておいて……協力なんて笑わせるね……」

 リゾンは僕が動けないことをいいことに、僕の身体に更に触れてくる。
 馬乗りになって覆いかぶさり、首の辺りを舌で舐められると条件反射のようにビクリと僕の身体は反応してしまう。

 ――駄目だ……魔術に集中できない……

 ご主人様の銀色の髪と、リゾンの銀色の髪が重なる。その強引で少し乱暴な愛撫もそれを思い出す要因になる。

「お前、ガーネットとは交わったことがないだろう?」

 耳元で囁くように言われると背筋がゾクゾクとして腰が浮いてしまう。

「だったらなんなの……」
「魔女は性欲旺盛なのだろう? もう腰が浮いてしまっているぞ。ククク……」

 僕の浮いた腰を抱き上げ、身体をさらに密着させる。僕は声を出さないように下唇を強く噛んだ。
 リゾンが僕のボロボロの法衣に爪をかけ、ゆっくりと破いていく。
 法衣を破かれ白い肌が露わになり、リゾンはそれを見て満足げに舌なめずりする。僕が手脚を動かそうとするたびにジャラジャラと鎖の音が鳴り響いた。

「お前をなぶりながら凌辱する方が興奮するが、傷などつけたらあの無能が水を差しにくるからな……」

 そう言った矢先に、

 バタン!

 と扉が勢いよく開く音がした。

「!」

 その金色の髪からは雫がしたたり落ちていた。
 ガーネットは髪や身体が濡れていて、乱暴に服を着たのか下半身しか衣服を着ていない状態だった。その服も所々濡れている。

「貴様……!!」

 リゾンに飛びかかろうとしたが、魔術壁にガーネットは阻まれた。叩いても爪を立てても傷一つつかない。
 リゾンは強力な魔術を完璧に使いこなしている。これほどまでに強いのなら、リゾンの左目のところにある三本の傷は一体誰につけられたものなのだろうか。

「そこで見ていろ」

 防御壁に閉ざされたガーネットの声は完全に遮断されていた。何を言っているのか解らないが、激しく防御壁を叩きながら大声を出しているのは解る。
 リゾンは笑いながら、また僕の身体に覆いかぶさり首に軽く牙をあててくる。

「お前の血を飲んだら、あの男はどうなってしまうのだろうな?」
「ッ……!」

 バキンッ!

 その言葉を聞いて「それだけはまずいことになる」と、僕は無理やりに意識を集中させて魔術を発動し、鎖を断ち切った。
 間髪入れずに力任せに突き飛ばし、水の魔術でリゾンを包み込んだ。
 その水の表面を凍らせようとするがリゾンは一瞬で水を弾き飛ばし、僕の首を掴み上げる。
 彼の手に力が入って僕の首の骨が折れるまで、一秒もかからないだろう。

 ――もう……いい加減にして……!

 スパンッ!

 腕が落ちた。ゴトリと生白い腕が落ちる。

 落ちたのは僕の左腕の方だった。

「あぁあああああああッ……!!」

 尋常ではない痛みが走り、ボトボトと僕の腕のあった部分から勢いよく出血し始める。
 意識が飛びそうになるが急いで僕は自分の傷口を凍らせて止血する。
 息が上がる。
 心臓が暴れまわっている。
 神経という神経が鋭敏になっているような気がした。
 ガーネットの方を見ると当然僕と同じ状況になっていて、おびただしく出血している。
 僕はガーネットの傷口も同じように凍らせて止血した。苦しそうな表情は彼の髪で隠れ、声をあげているかどうかまでは解らなかった。

「どうしてこうなったか、解るか?」

 僕のべったりと汗が噴き出してきている身体に、リゾンは何事もなかったかのように先ほどの続きをしようとする。
 血で汚れている僕を見て、彼は更に興奮している様だった。リゾンの息は先ほどまでよりも荒くなり、彼の身体は熱があるかのように熱くなっている。

 ――この変態め……

 意識が遠くなる。
 しかし気絶することは許されず、リゾンは深く僕に爪を食い込ませて意識を保たせようとしてくる。
 翼に爪を深く立てられると激しく痛み、気がおかしくなってしまいそうだった。

「気絶されては面白くない」
「これだけ……性癖が歪んでいれば……誰もお前の相手をしないだろうな……」
「私の相手など、その辺の女に務まるわけがないだろう? それに、その辺の女というものは私に抵抗してこないから面白くないしな」

 その言葉に僕は吐き気すらした。
 その吐き気が腕の痛みからくるものなのか、リゾンに対する生理的なものなのかは区別ができない。
 ガーネットの方を見ると、僕に向かって言っている。
 その口の動きから、不意に彼が何と言っているか解った。

 こ……ろ……せ……

 そう言っている。しかし僕の右側の腕はリゾンに再び鎖で縛られてしまっている。

「あの役立たずが二度と私に逆らえないようにしっかりと調教してやらねばな。お前の血を飲んでやる。先程から甘美な香りがして……気が狂いそうだ……」

 リゾンが僕に牙を再び立てる。一秒もたたないうちに、僕はリゾンのせいで血まみれにされてしまった。

「な……! 馬鹿な……」
「……馬鹿なのは僕じゃなかったみたいだね」

 僕についたおびただしい血液は、リゾンの両腕が肩からバッサリと切り落とされたときに吹き出た血液だった。

「何故……」

 リゾンの腕の付け根の傷を、死なないように氷の魔術で止血してやった。

「どうしようもない死体愛好家の魔女がやってた魔術の転用さ……」

 アナベルが腕を切断されても手を動かし、魔術を使っていた。
 異界に来る前、危険を予知していた僕は腕と脳を時空を超えて繋ぐ魔術を発動させていた。アナベルはいけ好かない魔女だったが、こんな形で僕の役に立った。
 ガーネットと僕を隔てていた魔術癖は壊れてなくなり、自分の腕を拾って彼の方へ僕は駆け寄る。
 念のため僕らとリゾンの間に魔術壁を作った。リゾンは痛みに悶え苦しんでいるようで今のところ襲ってくる様子はない。
 僕は右手首を魔術で切り、血を流した。

「ガーネット……血を……」

 差し出された血の滴る手首に口をつけ飲み始めると、僕らの傷は治り始めた。
 僕は凍らせて止血していた部分を溶かし、切断された腕を元のようにくっつけてみる。すると切断面同士がゆっくりと元通りについた。ガーネットの片腕も同じように元通りにつく。
 これはシャーロットの治癒魔術よりも精密な治り方をしている。
 ただ、失った血液は戻らない上に、危険も伴ってしまうもろ刃のやいばだ。


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