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第4章 奈落の果て
第108話 荒くれ者
しおりを挟む吸血鬼の墓所は、ラブラドライトの埋葬している部分を中心にその外側は荒れていた。
ラブラドライトの墓には赤い火花のような花がまだ咲いている。こちらの土壌に適応しているのか枯れていないことを僕は確認した。
ガーネットがラブラドライトの為に祈るためにやってきたが、これでは他の吸血鬼族に申し訳が立たない。
墓所が荒れ果てているのは、他の魔族と対峙したときに僕が魔術を使ったせいだ。物凄く申し訳ない気持ちになり、僕はそれを一つ一つ膝をついて土を元に戻していった。
「何をしている? 荒らした墓の修繕などと言い始めるのではあるまいな……」
「その通りだよ。魔術で荒らしちゃったから……僕はガーネットの祈りを邪魔しないから、いいよ。僕に張り付かれてたら弟さんと話しづらいでしょ」
そう言って僕は苦笑いをするしかなかった。
ガーネットは僕の前でそう弱みを見せることはないだろう。邪魔をしては悪い。
「………………」
僕がいそいそと墓所の土を手で均していると、そんな様子を見かねたのかガーネットも隣に来て土を均し始めた。
「ガーネット?」
手で土を均し始めた彼は、少し沈黙した後驚くべきことを言った。
「……やはり、私はこの蝶を使うのは今は辞める」
「え……どうして?」
「強い祈りが必要なのだろう? ならば、私は……今、弟の為だけに祈れる自信がない」
「……何か、他のことが気になるの?」
僕がそう聞くと、ガーネットは僕の方をじっと見つめてきた。
「…………お前は、新しく世界を作って、魔女を隔離することに成功したら……その先はどうするつもりだ?」
「その先…………クロエに言われたことを考えないといけないかなと思うけど……」
「お前はいつも、私の意見など聞こうとしないが……お前があんな男を伴侶にするのは反対だ。あの男の魔女もお前と似た境遇で、まるで道具のように扱われていたと聞いた」
「……そうみたいだね…………」
男の魔女の処遇についてはシャーロットに聞いたが、あまりに酷い扱いを受けていた。
それを哀れに思わない訳では無い。
「だが、憐れみと愛情をはき違えるな。選ぶのは相手ではない。お前が選ぶのだ。自分から何かを選ぶのは初めてだろうが……お前は道具じゃない。選ぶことができる存在だ」
憐れみ…………愛情…………境界線が解らない。
僕がご主人様のことを守ろうとしたことは、愛情ではないのだろうか。憐れみだけで自分の身をなげうつことはできないだろう。
しかし、ときどき狂気に蝕まれた者は憐れみだけで自分の身を投げうったりすることもある。
その明確な境界線はなんだろう。
「ガーネットは……その後どうしたいの?」
「私は…………」
歯切れ悪く、彼は口ごもってしまう。
「なにか、やりたいこととか、行きたいところとかあるなら。付き合うよ」
「………………」
「まぁ、もうしばらくは叶えられそうにもないけどさ……先のことが心配で気が散るなら、全てが終わったらまたここにくればいいよ」
ガーネットは考えているようで、それ以上何も言わなかった。
僕らが墓の整地が終わったのは随分経ってからだ。当然僕らは身体中また泥まみれになった。
「ふぅ……これでいいかな」
「なんで私がこんなこと……」
「手伝ってくれてありがとう。お腹空いたんじゃない?」
僕は自分の身体を水を集めて乱暴に洗うと、ひとまずは泥は落ちた。ガーネットも一先ず手だけ水で洗う。僕はびしょびしょに濡れた状態で、自分の手首をガーネットに差し出した。
何も言わずに彼は僕の手首に牙を立て、食い込ませる。
そこからあふれる血液をこぼさないように飲み始めた。少ししてからいつも通り傷口は塞がり、出血は止まった。
僕の手首に残っている血液に舌を這わせ、最後まで舐めとる。彼の舌は赤く、僕の血の色に染まっていた。
「僕もお腹すいちゃった。こっちで僕が食べられるもの、あるのかな」
「草食動物の肉で良ければ魔王城で出してもらえるだろう」
「そっか……その肩に留まってる蝶は一度魔王様に返そうか。いつか余計な心配事がなくなったらまたいただけばいいよね」
ガーネットは自分の肩にずっと留まっている蝶を見つめた。
尚もガーネットからその蝶は離れようとしない。その様子を見ていて「本当に弟さんのこと後悔しているんだな」と僕は考えていた。
衣服の水分を分離して衣服を乾かす。
「じゃあ、戻ったら食事にしようか。ガーネットだけお風呂入りなよ。僕は魔王様にもらった術式の解読をするから先に眠っていて」
「あぁ……」
◆◆◆
僕らは魔王城に帰り魔王様に蝶を返すと、魔王様は驚きはしなかった。しかし、泥だらけのガーネットの姿は予想外だったようだ。
魔王様が彼を見て笑ったことに腹を立てたガーネットは、また不機嫌になりさっさと出て行ってお風呂に行ってしまった。
「一応、何があったのか聞いてもよいか?」
「吸血鬼族のお墓の土を均したんですよ。僕が魔術で荒らしてしまったので……」
「……あの荒くれ者が墓を均すなど……想像できないな」
「荒くれ者? 失礼ですが……吸血鬼族はみんなあんな感じじゃないんですか……?」
「ははははは、そうではない。あれは吸血鬼族の中でも特別気難しい」
――そうなんだ……
と呆れながらも、その気難しい彼が一緒に墓を戻してくれたことは嬉しかった。
大浴場からそれほど離れていない僕らの借りている部屋に一足先に戻ると、中から何かの気配を感じる。
――なんだ?
僕が部屋を開けると、そこには銀色の長い髪をした青年が見えた。椅子に座って頬杖をついている。
「帰りが遅かったな。あのうるさいのは一緒じゃないのか」
彼の口元から白く、鋭い牙が伸びている。僕を見て舌なめずりする彼を見て、僕は嫌な予感がした。
「リゾン……何の用?」
「私との話がまだ途中であっただろう。忘れたとは言わせないぞ」
「伴侶|《ツガイ》になるって話か……」
僕はリゾンの座っている椅子の近くにある、魔王様から頂いた術式の書かれている洋紙を見た。
それは開かれており、リゾンが見た形跡がある。
「勝手に……」と僕は顔をしかめた。
「嫌とは言わせないぞ」
「僕はそのつもりはな――――」
話している内にリゾンに翼を掴まれて引き寄せられ、ベッドに強引に押し倒された。抵抗する間もない素早い動きで、僕は身動きできないように固定される。
「お前みたいな非力な女、私にかなうと思っているのか?」
「放して……!」
力を入れるが、全く振りほどくことは出来ない。銀色の長い髪が僕にかかる。
目を見るとまた魔術をかけられてしまうと思った僕は、リゾンと目を合せられない。
「私の目を見ないのは賢明な判断だな」
「リゾン……やめて。伴侶|《ツガイ》なんて言って、僕のこと奴隷にしたいだけでしょ……」
「お前、言葉の意味をはき違えているのではないか? 魔族の伴侶|《ツガイ》とは、子を作るための相手という意味だ。私の子を身ごもれるのだから光栄に思うがいい」
「誰がお前の子供なんか……!」
「大人しくしていれば手荒にはしない。無理やり凌辱されるか、献身的に快楽を得るかくらいは選ばせてやる」
「やめてって……言ってるでしょ!!」
僕は膝でリゾンの腹部を蹴りあげようとするが、リゾンはすぐさまそれを手で止める。逆に脚を掴まれ、強引に脚を開かされてしまう。
「やめろなどと言いながら、献身的だな? 脚を私に開いてほしいのか?」
手が自由になったので不愉快にも笑っているリゾンに向け、風の魔術で吹き飛ばそうとするが彼は素早く僕の手首を掴み、気道を逸らされた。軌道を逸れた風は壁に当たり消え去る。
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