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第4章 奈落の果て
第106話 全ての繋がり
しおりを挟む精神的な未熟さがその不安定感を生み出していることに私は気づく。
今なら解るが、自分にとって大切な者も、大切でない者も助けようと思うのはセージを助けられなかった後悔からくるものだったのだろう。
私は「どちらか選べ」と言ったが、困った表情をしていた。
しかし、私が間違ったことを言っていたとは思えない。自分を二度も裏切った魔女を助けようなどと言う発想は正気の沙汰ではない。
ノエルを正気ではないと何度も言ってきたが、結果は頭で解っていても、弟の腐乱死体が動いているのを見た時は話しかけずにいられなかった。
あの時の私こそ正気ではなかった。
冷静になって考えれば、ノエルの血液を飲みすぎていた。自分自身、心臓が今まで以上に強く脈打ち、全身の血液が沸騰するかのような感覚に陥った。
気持ちがいいとすら感じたが、私はもっと血がほしくなっていたし、殺しの衝動に駆られていた。
その私の正気を繋ぎ留めたのは、ノエルの言葉だ。
――話がしたい。行かせて
殺す以外の選択をいつも選ぼうとするノエルに、私は毒気を抜かれた。
逃げる道中、アホの裏切り者の魔女を助けるというノエルの作戦は無謀であったが、全員で行くのはどう考えても無理であった。
人間や、戦闘のできない魔女、気絶している魔女を抱えて戦えない。
助けに行くなと何度も言ったが、ノエルは私のいうことは聞かずに行ってしまった。
行かせるべきではなかった。
案の定戦いになり、命を落としかけた。
私が向かう道中に戦っているノエルの怪我が酷く、私は足止めを食いながらもやっとの思いでノエルが元々拘束されていた部屋にたどり着く頃には、城はもう半壊している状態であった。
大理石は砕けたのではなくドロドロに溶けていた。
黒い何かが付着したところから嗅いだことのない異臭がし、煙が立ち上っていた。
ノエルがそれを操っていると私は直感的に解った。
しかしそのノエルの目はどこを見ているのか解らなかった。虚無を見つめ、ただひたすらに一定の行動を繰り返す。
ノエルは乱暴に女王の動かない身体に向かって何度も何度も何かを振り下ろしていた。
それは怒りでも、なんでもない虚無の目だ。
「ノエル……」
私がそう呼ぶとノエルは瞳孔の開いている目で私を見た。
背筋がゾクリと凍り付き、私はそれ以上の言葉が出てこなかった。
瞳孔が開いているのを見たのは一瞬だった。ノエルは何度か瞬きすると自分が何をしていたか私に聞いてきた。
安堵した。
得体のしれない化け物ではない、私の知っているノエルだったと思った。
だが、その後、ノエルはいつまでもぼーっとしていた。
話しかけても聞いているのかどうかも解らない。
「しっかりしろ!」
肩を掴みノエルを前後に揺らしたが、それでもどこを見ているとも言えない目をしていた。
何をされたのか後に知ったが、精神が壊れてしまったのかと思った。そうでなくて良かったと心の底から感じている。
だが、片翼で魔術を何度も何度も使うと寿命を縮めることになると白い魔女に言われたときも、大して興味もない様子で「そう」と言っていたのがやけに脳裏に焼き付いている。
何を言ってもろくに返事をしないノエルに不安しかなかった。
実際にその不安は的中し、ノエルは倒れた。
倒れたまま、しばらく目を覚まさなかった。
試しに眠っているノエルの手首から血液を飲んで回復させようと試みたが、それをしてもノエルは目を覚ます素振りはなかった。
男の魔女に人間、私。その組み合わせはあまりに混沌としすぎていて、全く統率が取れない状態で当然争いが始まった。
白い龍に叱咤されて、ノエルにとっては人間の主以外は全員を平等に助けたのだということを考えた。
それに、私たちが喧嘩すると実際にノエルは困ってしまっていた。
白い龍と私が言い合いをしているとき、困っていたことを白い龍は知っていたのだ。
話し合いを続け、ノエルがどういう状態なのか、男の魔女がどうしてノエルに執着するのか知った。
話をしていて解ったが、ノエルの主とやらはノエルがどんな存在なのかは全く知らない様だった。
そしてノエルの悲願である、主とやらの治療が行われた。しかし、治療が済んだ段階でどうやら主とやらはノエルの魔力の中毒症状だということが解り、そしてその事実をノエルは知ってしまった。
今までも取り乱すことは頻繁にあったが、あのように取り乱すことは、もう後にも先にもないだろう。
しかし、内心私は嬉しかったに違いない。
邪魔な人間がいなくなったと、私はそう感じたのだ。
私は羨ましくさえ感じた。
その深い絆があることが。
生きている理由など考えたことはなかったが、ノエルにそう問われた意味を私は少し理解した。
大切な何かがあると、それが生きる意味となる。
ただひたすらに、生きるために生きることに疑問が浮かんでしまった。
主とやらがいなくなった後、やっと一息つけるのかと思った矢先にノエルは異界に行くなどと言いだした。
――過去―――――――――――――――――
「異界に行く。魔王に教えてもらいたいことがある」
「魔王が協力などするわけないだろう。大体何の教えを乞おうというのか?」
「仕方ないじゃない。世界をもう一つ作る術式が知りたいんだから」
「おまえ、ついに正気を完全に失ったのか!?」
「失ってないよ! イヴリーンが世界を作って魔族を隔離したように、魔女を別の世界を作って隔離するの!」
「正気ではないな。ありえない。お前の計画は滅茶苦茶だ」
「どこが?」
「馬鹿者! 異界など魔女と解れば八つ裂きにされるに決まっているだろう!!」
「それは僕とガーネットが力を合わせて――――」
――現在―――――――――――――――――
どうにかなるとは思わなかったが、私たちは今異界で生きている。
魔王も協力してくれた。
私が無駄だと思っていたことの一つ一つが、結果としてノエルを助けることになった。
魔術を使わないように生きてきたこと
白い龍を助けたこと
私を助けたこと
他の魔族を助けたこと
リゾンに抵抗しなかったこと
何もかもが繋がっていた。
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