罪状は【零】

毒の徒華

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第4章 奈落の果て

第103話 私は幸せだった

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 相手がその場にいない独白をしていることは、まるで人間がそうするように“神”というものに祈っているような気がした。

「セージ……そこにいる? あのね……ずっと、後悔してたし、ずっと悲しかったし…………今でもセージに会いたいよ…………でも、その気持ちがセージをずっと拘束してたんだね……ッ…………セージ……」

 堪えていた涙が溢れてしまう。
 ポタポタとセージの頭蓋骨に涙が落ちる。肩が震えて、声すら漏れだしてしまう。
 スズランの香りがする。
 ここにきてからずっとスズランの香りがしていた。セージが傍にいるような気がする。

 ――届いて……お願い……!

「ずっと……引き留めちゃってごめんね…………」

 そう言った後、蝶が一層強く輝いて目を閉じた。
 七色に激しく発光し、僕ですら目を開けていられなかった。
 すると僕の身体に暖かい何かの感触を感じる。
 まるで包まれているような……――――

「それは違うぞ、ノエル」

 懐かしい声がした。
 僕の大好きな人の声だった。
 信じられない気持ちでいっぱいになる。
 目を開けるとそこには虹色の美しい翼で僕を抱きしめるようにするセージの姿があった。
 向こう側が透けているせいで、スズランの花が虹色に見えた。

「セージ……!」

 優しい笑顔を見たら、想いが溢れて言葉が出てこなかった。
 抱きしめようとしても、その身体に触れることができずに僕の両腕は空をかいた。
 その虚しさに、僕は歯を食いしばるように悔しさを滲ませるしかない。それでも、目の前に確かにいるそのぬくもりが嬉しかった。

「本当に届いた……本当に…………ッ……!」
「そんなに泣くな。お前が先ほど祈った言葉、しかと聞こえたぞ。しかし、お前のせいではない。そんなに気負いするな。いいな?」
「僕のせいだったよ……出て行かなかったら……ッ! …………出て行かなかったら……僕は戦えた…………」
「私はお前に戦ってほしくなんてなかった」

 優しく僕の頭を撫でようとするが、やはり僕らの世界は交わらない。
 セージは僕に触れられない。しかしなんとなくな暖かさは感じる。これはセージの気持ちをそのまま温度として感じるのだろうか。
 この懐かしい香りは、彼のものなのか、あるいは周りに咲き乱れるスズランの香りなのか、区別することはできない。

「僕は……セージの言いつけ守ってた……傷つけたり……殺したり……しない方法を探したよ…………魔術……魔術を……使わないように……ッ……してた…………」
「そうか…………」

 僕がボロボロと泣いているのを見て、セージ自身も泣くまいと堪えている様子がうかがえた。

「でも――――……僕は、守るために……力を使うことにしたよ。守りたいものが……沢山できたんだ……」
「…………そうか……。その後ろにいる吸血鬼もその一人か?」
「そうだよ」

 セージが僕を包んでいた翼を広げると、まるでそれは夢を見ているかのように美しい姿だと僕は感じた。
 僕に見せる優しい表情ではなく、魔族として威厳のある凛々しい表情でガーネットの方を見つめる。

「私はセージ。かつては翼人の三賢者と呼ばれた者。吸血鬼よ、貴様の名前を問おう」
「…………私の名はガーネットという」
「私の娘を頼んだぞ」
「あぁ……」

 そう言うと、セージの姿が徐々により透明になって行っていることに気づく。燃え尽きるように消えかけているようだった。
 慌てるようにすがろうとするが、触れることができない。
 留めておけるほどの何かもない。

「ノエルよ……私はもう逝く。そう泣くな。最期に笑顔を見せてくれないか」

 こんな状況で、笑えるわけもない。
 それでも僕はセージの優しい笑顔につられるように、微笑みを浮かべる。僕のその不器用な笑顔を見たセージは、ずっと堪えていたであろう涙を一筋流した。

「お前が生まれ、会ったこと……短くとも共に時を歩み、私は幸せだった」

 蝶の輝きはやがて消えるようになくなっていく。セージの姿ももう消える刹那、最期の言葉を遺す。

「ありがとう……――――」

 セージの最期の言葉を遺して蝶は燃え尽きるように完全に消えた。僕の募らせていた後悔は蝶と共に消えていく。
 それでも悲しみは残響するようにあふれ出す。これが悼む最後の涙となるだろう。
 その涙はもう不条理に対する悲しみではない。
 激しい愛情の涙だ。


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