罪状は【零】

毒の徒華

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第4章 奈落の果て

第101話 死の見えざる手

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 ガーネットは笑顔になった僕を見て「笑うな」と不機嫌そうに言って僕の顔を「仕返しだ」と言わんばかりに片手で頬をつまみ上げる。

「にゃにしゅるんだお(なにするんだよ)……」
「お前のその笑顔がかんに障ったのだ」
「うぅ……ひゃまにはがーねっひょもわらっへよ(たまにはガーネットも笑ってよ)……!」
「やかましい!」

 魔王の御前だというのにガーネットと僕は言い合いをやめずに小競り合いをしていた。

「ははははははは!」

 僕らが目の前でどうしようもない喧嘩をしていたのを見て、魔王様は笑い出す。
 大広間が振動するほどの豪快な声だ。

「おい! 貴様まで笑うな! 顔を引きはがされたいのか!!」
「はははははは……フフフフ……やれやれ、良かろう。死者に祈りを伝える方法を教えよう。少し待つがよい」

 魔王様は小鬼に何か呼びかけると、小鬼は部屋から出て行った。

「その様子では、いつも喧嘩をしているようだな」
「ノエルが正気ではないからだ。いつも無理難題を言う」
「でも異界に来て良かったでしょう?」
「何度も死にかけたのに呑気なやつだ」
「よい関係ではないか」
「他の魔女よりマシなだけだ」
「たまには『好きだ』くらい言ってくれてもいいのに。いっつも『他よりマシ』とか『仕方ない』とかばっかり」
「…………!」

 反論がすぐ帰ってくると思ったが、ガーネットは反論してこない。
「どうしたの?」と聞こうとしたが、聞こうとした矢先に小鬼が帰ってきたので、そう問うことはなかった。
 やっと帰ってきた小鬼は何かガラスケースのようなものを持っていた。中には半透明で、且つ燃えているような蝶が二羽入れられている。
 青色から緑、黄色、橙色、赤、紫、そして再度青に戻るその炎のような羽は、宝石のように輝いていた。

「誰にも言うな。これは世界の秘密なのだ。解ったか」
「はい」
「この、異界に生息する『死の見えざる手』と呼ばれる蝶は、『死の世界』と繋がっている」
「死の世界……?」
「世界は、向こうの世界と、こちらの世界だけだと思っていたか?」
「!」

 確かに、イウリーンが世界というものを別次元に作るという概念を考えれば、もう一つ、いや、いくつもの世界があるとしても不思議とは言えない。
 それにしても世界がいくつもあるとは、物凄い秘密を知ってしまったと僕は言葉を失う。

「本来であれば絶対に侵してはいけない世界だ。人間や魔女が想像している死後の世界とは少し異なるが、近いものでもある。そこは亡くなった当人や、その相手に対する現世に生きる者の強い後悔、未練というものがくさびとなり、自我の塊である『魂』というものをとどまらせる世界なのだ」
「それって……人間のいうところの“成仏できない”というものに近いのでしょうか」
「概念としてはそうだな。だが、知られることのない世界だ。死者に干渉しようとすると、世界の均衡が崩れてしまう」
「………………」
「現世に生きる者の後悔や未練がなくなり相手を見送る気持ちになったり、あるいはその現世の者が死ぬと死の国で共に出会い、そしてその『魂』というものは安らかに眠りにつき、大地へ還って行くのだ。これがどの世界でも共通の規則」

 ならば、僕がずっと後悔や未練を抱いたままでは、セージが眠りにつけないということなのだろうか。
 そう思うと、ずっと後悔していた僕は尚更申し訳ない気持ちになってくる。

「生きる者は相手のその強い願いに気づかないようだ。自分がどれだけ愛されているか。己の為に生者が感じる強い後悔や悲しみは、死者になり魂という純粋な自我でしか感じられないのだ。そして大抵の死者はその生者の怨嗟に似た激しい願いに『自身を忘れ幸せになってほしい』と願う。死者は“死”に囚われた生者の祈りを悲しみ、そしてその祈り同士が複雑に絡み合って『絆』はほどけないものになって楔となる。皮肉なものだろう」

 まさにそれは『絆』という言葉に相応しいものであった。
 断ち切ろうとしても、容易に断ち切ることのできないしがらみそのものだ。

「ノエル、それにガーネット。そうは言っても気持ちというものは理解を超越し、潔くはなれないものだ。だからこの『死の見えざる手』を使い、祈りを届けることを許可しよう。この蝶は死の世界に半身がおり、よどみない強い祈りを受け取ると眩いほどに発光する。死の世界のもう半分の蝶は祈った対象へとたどりつき、その強い祈りを届け、安息を与えるのだ」
「そんな夢のようなことが……」
「とはいえ、流石に祈りだけでは相手には届かない。祈る相手の一部が必要となる」

 相手の一部が必要と言われた瞬間、僕はシュンとする。
 セージの身体の一部なんて持っているわけがない。僕はセージの本ですら回収できなかったのだから。

「セージの一部など持っていないと、そう考えているな?」
「はい……僕は無理です。ガーネットだけでも――――」
「セージの遺骨なら、我々が回収して墓に収められている。だからそう残念そうな顔をするな」
「え…………どうやって…………」
「セージは死んだあと、心停止か何かがきっかけとなり異界へと転送する自動発動魔術を自身にかけていたのだ。まったく……憎らしいほど抜け目のないやつだ。遺骨は翼人の墓地に埋葬してある。その蝶を持って行け。相手の一部を蝶と重ね、強く祈ればよい。強い祈りで無ければ届かない。よいな」

 小鬼がガラスケースに入っている蝶を渡してきた。手の平程の蝶は、少し大きめな硝子ケースに2羽が羽ばたいている。

「私の城の中庭にかくまっている。強く祈る者は魔族にはそうそうおらず、絶滅しかけていたのだ。悪用されても困るからな。私が管理しているのだ」
「に……逃がさないように気を付けます……」
「大丈夫だろう。その蝶たちはお前たちが気に入ったようだ。入れ物から出すがよい」

 恐る恐る僕が硝子のケースの蓋を開けると、2羽の蝶はヒラヒラと飛び、僕の頭にそっととまった。ガーネットの肩にもう1羽がとまる。

「さて、長話が過ぎたな。この術式が世界を作った術式だ」

 魔王様は羊皮紙のような材質のものが丸められているものを、僕に差し出した。大きなその手にちょこんと乗っているものを、僕は両手で頭を下げながら受け取る。

「術式の式は解るが、その解読は魔女でなければできない。持って行くといい」
「ありがとうございます。大変な秘密まで教えてくださって、なんとお礼を言って良いやら……」

 蝶が僕の頭に、美しい飾りのようにとまっている。炎のように羽が揺らめいているが、熱くはない。

「あぁ、そうだな。冒頭に述べた最後の礼を言うとしよう」
「いえ、そんな……当然のことをしただけですから、これ以上頭を下げられては……他の魔族に示しがつかなくなってしまうのでは……」
「下げる頭がついていれば下げることもできよう。魔族の王だからこそ、下げねばならないときはある」

 真剣な瞳で見つめられ、僕は魔王様の威厳にかけてそのお礼を断ることができなかった。

「はい……解りました。魔女の代表として、そのお言葉をたまわります」
「フフフ……本当にセージに似合わぬよい子に育ってくれて嬉しいぞ。最後の礼は……」

 魔王様は僕の目を真っ直ぐに見つめる。

「お前の相棒の吸血鬼の心を救ってくれたことだ」
「!」

 ガタンッ

 ガーネットは突然立ち上がり、出口の扉の方へ真っ先に向かって行ってしまった。

「知ったような口を聞くな。魔王風情が」
「(ガーネット……待て……)」

 呼び止められたガーネットは、一応その指示通りに脚を止めた。

「(気づく……許容……)」
「………………うるさい」

 そう吐き捨て、バタンと扉を乱暴にしめて僕を残したまま出て行ってしまった。
 しかし、魔王様に向かって“魔王風情”などとは本当に言いたい放題である。一人残された僕は冷や汗が出てきた。

「あの……ご、ごめんなさい。本当は良い人……じゃなくて、いい吸血鬼なんですけど、素直じゃないところがあって……その……本当にごめんなさい!」

 深々と頭を下げると、魔王様は笑っていた。

「フフフ、解っている。あの吸血鬼を頼むぞ、ノエルよ」
「はい」

 一度あげた頭を一礼するためにもう一度下げ、僕はガーネットを追いかけた。

「あやつも変わったな……セージを変えたように…………子煩悩になるのも無理はない」

 魔王様の独り言は、誰にも届かずに大広間に響いて溶けていった。


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