罪状は【零】

毒の徒華

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第4章 奈落の果て

第100話 無償の愛

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 魔王様の話す、セージの話を聞いていて僕は涙がでてきた。
 魔王様の御前だというのに、涙を留めることができなかった。ハラリハラリと涙は僕の頬を伝って落ちていく。
 落ちた涙は僕の着ていた法衣をわずかに濡らした。

「傷ついたか? お前を存在から否定し、あまつさえ殺そうとしていたからな。無理もない」
「……いいえ……」

 僕は涙を拭いながら、なんとか落ち着きを取り戻した。ガーネットは心配そうに僕の方を見ていたが、言葉をかけてはこない。

「ならばどうした……?」
「僕が生まれる前からセージは、僕を心配してくれていたのだと思うと……」
「生まれる前から存在を否定されたことが悲しいのか?」
「そうではありません……確かに、セージの言う通り僕は……魔女にもなれず魔族にも……当然、人間にもなれず……迫害を受けてきました」

 両親が殺されてからずっと、僕は何にもなれず生きてきた。
 今も自分がなんなのか解らない。

「うまく言えませんが、セージはいつでも正しかった。幼い僕には解らなかったのが悔しくて……セージに……謝りたいことが沢山あります……」
「……なんと謝りたいのか、聞いてもよいか?」

 謝りたいことが沢山ありすぎて、何から謝っていいか解らなかった。
 ほんの些細なこともあれば、取り返しのつかない事柄も色とりどりのセージとの日々が思い起こされる。

「セージの本を破いたりして困らせたこと……」

 ぽつりぽつりと途切れた言葉で話し出す。

「外に出たいと何度も……ワガママ言ったこと……」

 些細なことが沢山あったけれど、どれもこれもセージは僕をきつく叱ったりしなかった。

「晴れていたのに大きな落雷の音がして……外に出たら……男の子の魔女がいたとき……無理を言って連れ帰って困らせたこと……」
「なぜその男児を連れ帰った?」
「物凄く怯えていて……一人ぼっちでいたから……」
「……続きを聞こう」

 意識のないクロエを連れ帰ったときは「捨ててこい」と言われた。
 確かに、捨ててきたら良かったと今になって思わない訳ではない。でも、僕が拾わなかったらと考えたら……あれも仕方がなかったとも思う。

「一番謝りたいのは……ッ…………セージが……殺された日……セージとけんか……ッ……喧嘩して……家を出てしまったこと……」

 そこまで言い切ると、胸が苦しくて息をするのもやっとの状態になっていた。

「僕が家にいたら……守れたかもしれないのに…………セージに……セージに謝りたい……」

 誰にも言えなかったその言葉を吐き出しきると、ほんの少し気持ちが楽になったような気がした。
 こんな話、誰にも言えない。
 人間にまぎれて暮らしていた僕には、話せる相手など僕の周りにはいなかった。

「子供とは大人のいう事を聞かぬものだ」

 魔王はガーネットの方をチラと視線を送る。

「しかしな、セージはお前のことを愛していたぞ」
「……魔族はそういった感情を持たないのではないのか……?」

 ガーネットが納得いかない様子で魔王様に問う。

「そうだな。あまり“愛情”を持つものはいない。効率的でもなければ生産的でもないからな。だが、たとえ非効率的だったとしても、その感情は膨大なエネルギーになる。人間や魔女が反映したのはその感情を強く感じるからだと私は考える。それは別として、セージはノエルを何かに利用しようと思って育て、そばに置いたわけではない。それは解るか? ガーネットよ」
「………………」

 なんと返したらいいか解らない様子で、ガーネットは黙ってしまった。

「セージはな、変な奴であったが各魔族に一目を置かれ、信頼されている存在であった。年老いてもこちらの世界の秩序を守るかなめとなっていた。そのセージきっての願いだ。お前を信用する他なかろう。ノエルよ、お前もセージを愛していたのだろう」

 泣きながら、僕は頭を縦に振る。

「セージが元の……むこうの世界を求めていたことは知っていた。だから三賢者という肩書はあれど、私はセージに向こうの世界にいることを許可したのだ。他の魔族には秘密にしてな。定期的に連絡をしろと言っていたのだが、セージのやつはろくに異界に帰ってこないで子煩悩になっていたようだ。よほどお前が可愛かったのだろう」

 魔王様の言葉に押させるように涙がボロボロと落ちる。
 何千年も生きている者から見て、僕はどのように映っているのだろう。魔王様は泣いたりするのだろうか。
 人間や魔女が生きる長さよりも、ずっとずっと長い間生きている。
 セージにとって僕はどう見えていたのだろうか。

「察するに、ノエルよ。お前は何か愛する者の為に魔女を隔離したいと願うのだろう?」
「はい……」
「聞かせてはくれないか。それほどまでに身を危険に晒してまで愛する者は誰なのだ?」
「僕を……魔女から助けてくれた……人間です……」
「そうか…………イヴリーンも、人間を愛していたものな」
「…………」
「しかしな、イヴリーンは魔族であった父のことも深く愛していたのだ」

 意外な言葉に僕とガーネットは下を向けていた顔を上げた。

「え……」
「魔族は人間の脅威に晒されていた。人間は自分たちに都合のいいように伝えているかもしれないが、魔族は人間の手によって根絶やしにされるという計画があったのだ」
「魔族が人間に滅ぼされるなどありえない……!」

 ――確かに……生身の人間では弱いけれど……

「化学兵器というものを人間が作った。あれは無差別に生き物を殺す。人間は恐ろしいものを作るものだ。我々魔族も人間を襲って食事にする者がいたのもまた事実。人間は我々を排除しようとした」
「化学兵器……何十年前かに魔女との戦争で全て破壊されましたよね……」
「そうだ。激しい戦いになったせいで元々の大地の大半が海に沈んだと報告を受けている。フフフ、こちらの世界とあちらの世界も、大地の表面積的には大して変わらないのではないか?」

 確かに……生まれた時からあの状態で、特別違和感はなかったが昔ほど大勢の人間もいなければ、大地も緑を失い砂漠と化しつつある。
 これは魔術ではどうにもできないことらしい。

「イヴリーンは父や他の魔族を人間の手から逃がすため異界というものを作り、そして世界を隔した。そう大昔は魔族全土に伝えていたのだが、美しい世界を我々から奪ったのもまた事実。怨嗟がたぎり、憎しみだけが残ったというわけだ……まぁ、確かに、こちらの世界創造においては、世界の造形センスが劣悪と言わざるを得ないがな。色々な種族が住めるように気候も、地形もバラバラにはなっているが……――――」

 ――そう……だったんだ……

「イヴリーンの父はどうなったのですか……?」
「奴は私の中にいる。融合したのだ。だから私も“愛情”というものを理解するに至った」

 愛情とはなんだろう。
 人間の作った辞書では『そのものの価値を認めること』『かわいがること』『いつくしむこと』『大事なものとして慕う心』

 ――それから……

『無償で相手を想う気持ち』

 とある。

 ――“無償”なんてこと、あるのだろうか。見返りを求めないことなんて、できるのだろうか。無意識に、何か見返りを求めているものだ

 それがどんな形であれ――――

「…………さて……ノエルよ。死者を生き返らせる魔術は禁忌とされているが」

 魔王様はいくつもある顔の一つ一つとボソボソと会話をしていた。
 ひとつの個体になっていると聞いていたのに、まるで別々の意思があるようだった。

「ノエルよ……死者を生き返らせることはできないが、その祈りを死者へ送る術を教えても良いぞ。お前は悪用しないだろう」
「え……そんなこと……できるんですか……?」
「……秘密を守れるか?」
「はい……教えてください」

 立ち上がり、僕は魔王様に頭を下げた。

「ガーネットよ、お前も聞きたいのではないか?」
「………………」
「まったく……ノエルという半身の素直さを少しは学ぶがいい。その傲慢さが、後悔の道へと走らせるぞ」
「うるさい」

 そう魔王様の言葉を突っぱねてそっぽを向くガーネットを見て、僕は彼の隣に座り直した。
 彼の服のすそを軽く引っ張る。

「?」

 無言で僕らは見つめ合った。
 僕が何も言わないまま彼をじっとその目で見つめると、どうやら何が言いたいのか解ったらしい。
 眉間にシワを寄せて嫌そうな顔をして、また顔をそむけた。今度は僕が眉間にシワを寄せて、ガーネットの顔を無理やり自分の方に向けさせる。
 両手でガーネットの顔をがっちりと掴む。

「な、何をする馬鹿者ッ! 放せ!」
「嫌だ」

 きっぱりと断ると、ガーネットは僕の両腕を掴んで逃れようと暴れていたのをやめた。

「僕は……馬鹿者だったけど、ガーネットまで馬鹿者になる必要はないでしょう」
「………………解ったから放せ」

 そう言うから、僕は手を放した。
 ガーネットは言いづらそうにまた難しい表情をしながら魔王の方を向いた。

「早くその……死者に祈りを伝える方法とやらを私たちに教えろ」

 ぶっきらぼうにそう言う彼に、僕は少し笑顔になる。


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