罪状は【零】

毒の徒華

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第4章 奈落の果て

第99話 最期の姿

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 私はそれから数か月、2人と会うことはなかった。
 ずっと心配していたが、あれだけ啖呵をきっておいて自分から頭を下げるのもおかしな話だと感じていた私は素直に謝ることができずにいた。

 ――お腹に子供がいると言われたときは、驚きのあまりに言いすぎてしまったな……

 もう数か月経った。胎児が順調に成長しているなら、随分大きくなっただろう。

 いつまでも意固地になっていても仕方がないと腹をくくった私は謝罪しにいくことにした。
 謝罪の為の花を持ち、私はタージェンとルナの住む家に向かった。もう冬は過ぎ、暖かい気候に恵まれていた。少し暑いとすら思えるが、異界の熱気に比べたらなんということもない。
 謝罪の言葉を色々と考えていたが、どれもこれもしっくりとこない。
 あっという間に家についてしまい、私は難しい顔をしながら扉をノックしようと右手を扉にかざすが、なかなかノックができない。

 ――困ったな……ここまで来て帰る訳にもいかない……

 がちゃり。

「うわっ……セージ……脅かすな」

 扉が内側に開き、ノックすることは結局できなかった。扉を開けたタージェンとばったり会ってしまう。

「あ……タージェン……その……良い天気だな」
「は?」

 私は花を持っていた左手にじっとりと汗を握る感覚に襲われる。
 目を逸らしながら、かける言葉を探しているとタージェンの方が先に話し出した。

「ちょうどいいところに来たな、中に入れセージ」
「お、おい……引っ張るな……」

 タージェンに「何しに来た」と罵声を浴びせられるかと思っていた私は拍子抜けした。
 それと同時に何を興奮しているのかという疑問を抱いた。
 部屋の奥へと進むと、赤い髪を束ねて何かを抱いているルナの姿が見えた。

「ルナ、セージが訪ねてきてくれたぞ」

 タージェンがそう言うと、ルナはこちらを向いた。
 軽蔑の目を向けられると思っていた私は暗い気持ちになったが、そんなことは一秒にも満たない時間だ。ルナは笑って私の方を見てくれた。

「セージ! 来てくれたんですね。数日後に尋ねようと思っていたところなんです」
「ルナ……その、抱いている赤子は……」
「ええ……私の子供です。元気に生まれてくれました」

 不安に思っていたことなど、私は一瞬で忘れた。
 ルナの腕に抱かれていた赤い髪と赤い瞳の赤子は、私を見て無邪気に笑っていた。
 笑いながら、私の持っている花に興味を示した。
 真っ赤な花びらの多い花を選んだのだが、それをどうにも気に入ったらしい。

「なんだ、花か。ノエルが喜んでいるようだ。ありがとうな」
「あ……あぁ……ノエルというのか?」
「そうです。色々と悩んだんですけど、優しい響きの名前がいいなって思って。優しい子に育ってくれるようにそう名付けました」

 私が持っていた赤い花をルナに差し出すと、ノエルはキャッキャと笑っていた。

「…………ノエルか……良い名前だ」

 花を渡したのに、ノエルは尚も私の方へ手を伸ばした。

「セージ、お前が気に入ったようだな。手を握ってやってくれ」
「わ……私が触れても良いのか……?」
「当然だ。さぁ」

 タージェンに後ろから押され、私はノエルに近寄った。
 私の中には、葛藤があった。
 まだ赤子の無害なうちなら殺すのはたやすい。右の袖の中に鋭い刃物を忍ばせていた。近づいた瞬間に取り出して首を切り落とすこともできたはずだ。
 しかし、ノエルが私の差し出した右手の人差し指を弱い力で握って、笑ってくれた時にとうに殺意は失せていた。

 ――まったく……私も甘くなったものだ……

「いいか、ノエル。お前は正しい力の使い方を知る必要がある。父さんと母さんを困らせるなよ。わかったか?」
「おいおい、セージ。生まれて数日の赤ん坊がそんなこと解る訳ないだろ?」
「そうね、少し気が早いわ。ふふふ、セージはせっかちね」

 そう言っていた両親の言葉とは裏腹に、ノエルは笑いながら、握っていた私の指をもう少し力を込めて握った。
 それが私には「解ったよ」と言っているように感じたのだ――――



 ◆◆◆



【異界 5年前】

「あの子無垢な笑顔を見ていると、危険分子だなどということは些細な事だと思う。ずっと見張る意味でも傍に置いて育ててきたが、いつしか見張るのではなく見守っていたよ。誰よりも優しい子だ」

 セージは思い出に浸りながらそうしみじみと魔王に告げた。

「育てているから贔屓ひいきをしているのではないか? 三賢者ともあろう者が……」
「馬鹿を言うな。私の感が鈍っているとでも言いたげだな」

 魔王は呆れながらも、そこまで言うのならと丸め込まれるような仕方のない感覚がした。
 イヴリーンの父と融合したときに得た“愛情”というものを理解した。その愛情を、セージはノエルに向けているということが解った。

「違うのか?」

 茶化すようにそう言うと、セージは口を「へ」の字に曲げて納得がいかないような表情を見せた。

「ふん、いずれあの子を見る時が来たら私の判断が間違っていなかったと解るだろう」
「お前にそこまで言わしめるものならば、私が見定めよう」

 吐き捨てて去るセージの後ろ姿を見た時に、以前よりも胸を張っているように見えた。

 ――セージめ……誇らしげにしおって……

 魔王は最期のセージの姿を記憶に焼き付けた。


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