罪状は【零】

毒の徒華

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第4章 奈落の果て

第98話 溜息と紛う

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【異界 5年前】

「ほう、随分珍しい客人がきたと門番が騒いでいたと思ったら、久しいな。セージ」

 長い白い髭と髪をゆったりと揺らしながら、白い翼一対二翼を携えてた老人が魔王の前に現れた。

「あぁ、今日は話があってきた」
「なんだ?」
「……魔王よ、お前と2人きりで話がしたい。他の者を払ってくれないか」

 魔王が小鬼に指示すると大広間には魔王とセージだけが残った。
 牙の長い吸血鬼の顔が話を始める。

「かしこまって、どうしたのだ?」
「タージェンとルナの間に子供が生まれたんだ。驚いた。聡明な子で、魔術の質もずば抜けてる」

 魔王についているすべての顔が目を細めてセージを見つめた。

「翼人と魔女の間に子供が? 奇形児ではないのか」
「あぁ、天才的な魔術の才能の魔女のおかげなのか、あるいは魔女を許した魔族の血のおかげか……それは定かではないがな」
「ほう……」
「……強すぎる力を持っている。道を過ったら殺そうと思っていた」

 セージの鋭い声に、魔王も緊張が走った。
 だがその後のやわらかい笑顔と声に、その緊張は解かれることになる。

「しかしとてもいい子に育ったよ」

 子供の自慢をしているようにも聞こえた魔王は、殺すとかどうとかの話とは酷くギャップがあり、気が抜けた。

「なんだ、生まれて間もないのかと思ったらずいぶん経っているようだな」
「なに、我々の生きてきた時間に比べたら瞬く間だろう。……魔女に両親を殺され、片方の翼をむしり取られてな。今は私がかくまっている」
「……それで? ここへ来た本当の目的はなんだ?」

 凄惨な過去を背負った子供を、セージが育てているという事だけは魔王は理解した。
 少し間を置いた後に、セージは再び真剣な表情で次の言葉を言う。

「……もし、ここへきたら助けてやってほしい」

 真剣な頼みだったが、魔王にとっては軽率に受け入れられない申し出であった。なにせ、セージが何かあったら殺そうと考えているほどの危険因子だ。
 助けるかどうかは未来のことであり、すぐに判断はできない。

「……保証しかねるな」
「そう言うな」
「翼人の中でもひと際賢かったお前が子供を甘やかす等、笑えるぞ」

 魔王にそう言われたセージは「ほっほっほ」と笑いながら自分の髭を撫でる。

「まぁ、こちらにくることなどないことを祈るがな」
「それだけの力があるのならば、危険分子になると捉えるが?」
「私も一時はそう考えていたが……――――」

 セージはゆっくりと過去の話を魔王の前で語り始める。



 ◆◆◆



【セージ 23年前】

 異界から逃れた私は、研究にばかりに夢中になっていた。遠い昔に世界を隔てられて以来ずっと憧れ続けた世界だ。
 猛烈な熱気や、骨も凍るほどの冷気、近づくだけで死に至らしめられる毒の沼などではない。
 穏やかな世界に私は呼吸をすることすら嬉しく思っていた。
 小鳥のさえずりを聞いたり、清楚な花が咲き乱れるのを見たり、小動物が平和にじゃれあっているのを見たりしていると、今までのことが全て嘘だったかのように感じる。
 しかし、私を突如として現実に引き戻す出来事があった。

 私の元にルナとタージェンの2人がかしこまりやってきて、予想外のとんでもないことを言い出すまでになるとは私は微塵も考えていなかった。

「な……――――」

 2人から『とんでもないこと』を切り出されたとき、私は言葉を失わざるを得なかった。

「ほ……本気で言っているのか?」
「本気です」
「そんなこと……お前たち、自分たちが何を言っているのか本当に解っているのか?」

 私はあまりの動揺で手がわなわなと震えた。冷や汗すら出てくる。

「お前たちは魔女も人間も魔族も敵に回すことになるぞ……」
「それでも、私はタージェンと決めたんです」
「うまくいく勝算はあるのか?」
「はい」

 真剣な表情の2人を見て、私は何を言っても無駄だということが解った瞬間、それ以上何も言えなくなった。

「セージ、反対するのか……?」
「…………反対だ。だが、私が反対したところで聞くお前らではないだろう」
「セージは喜んでくれると思っていたんですが……」

 そうルナが残念そうな顔をしたとき、私は怒りのような感情に支配される。

「馬鹿者! 貴様らは事の重大さを全くわかっていない! どちらの世も見てみろ! お前たちが受け入れられるわけもない……! まして――――」

 言うべきかどうか、考える間もなく私は続きの言葉を言い放った。

「魔女と魔族の混血の子供が、どんな目に遭うのか少しは考えろ!!」

 声を荒げることなどずっとなかった私は、喉にやけつくような熱さを感じた。
 心臓が大きく、そして早く脈打ち、平等であるはずの時間がやけに長く遅く感じる。
 私たち3人の時間だけが止まってしまったかのようだ。

「ずっとお前たちだけの間で育てていくつもりか? 誰の目にも触れさせずにか? 魔女に見つかったらどうする? 魔族に見つかったらどうする? 人間に見つかったらどうするんだ!?」

 一度、せきを切ったその怒りはとどまらなかった。
 次から次へと叱責の言葉がとめどなく出てくる。2人の方を見ているはずなのに、2人の表情は私の目には見えなかった。
 怒りが私の正気を奪い、視界を奪い、喉をやけつく振動を大気へと放つ。

「お前たちはそれなりに歳を重ねていて受け入れられないことも解っているが、それでもどちらかの種族に戻れば帰る場所があるだろう。それでも、お前たちの子供はどこにも帰る場所もなければ、自分がなぜ受け入れられないのかすら解らないまま、どこまでも傷つくことになるんだぞ!」

 喉が痛い。
 こんなに声を張り上げるなんて、もう数十年もしていないことだった。

「人格形成に失敗した子供がどうなるか知っているか? 反社会的になり、他者を容易に傷つける者になりえる。それが女王候補と、翼人の中でも最も力のあるお前たちの子供はとてつもない強大な力を身につけるだろう。それを間違えないように使うことができるように指導できるか?」

 そして最後に、最も醜い言葉を私は吐いた。

「お前たちはこの世の全てを破壊する可能性があるものを作り出すつもりか!?」

 私の本音は、それだった。

 恐ろしいものができあがるのではないかという恐怖と懸念が勝る。もっともらしい言葉を連ねるが、この世を滅ぼすような力を持つものがあってはならない。

「最初の魔女のイヴリーンがいい例だ。そこから何も学ばなかったのかお前たちは!?」

 言いたいことを言い終えて、少し落ち着いたときにやっと私は2人の表情が見えた。
 ルナが声も出さず、涙を流していることに気づき、
 タージェンがルナの肩を強く抱きしめながら、怒りと悲しみの混在した感情をたぎらせていることにも気づいた。

「……危険だからって、なんでもかんでも排除していくのか?」

 声が震えているタージェンが、私に向かってそう言う。

「イヴリーンが魔族を排除したように、私たちの子供を排除するのか?」

 タージェンの声は、明らかに怒りに震えていた。

「イヴリーンから何も学ばなかったのはセージ、お前もだ!」

 そう言って、2人は出て行ってしまった。
 あまりにきつく言いすぎたと自分を責めても、だからといって言ってしまった心無い言葉が消えるわけでもない。
 あまりにも自分本位な考えだったのかもしれない。
 ルナの気持ちも、タージェンの気持ちも、それに生まれてくるであろう子供の気持ちも私は考えていなかった。

「…………でも、別に間違ったことを言ったわけではない。強い力には必ず対価がある」

 気持ちでどうにかなる問題じゃない。
 それでも、私は止めるわけでもなかったし、彼女たちに子供が生まれてほしくないわけでもなかった。
 タージェンは子供のころから知っているが、熱血で一族のことを懸命に考え、人望にも厚く、根は優しい。父親になったら立派な父親になるだろう。
 ルナとはそれほど長い付き合いでもないが、ルナは誰よりも優しい心を持っている上に、穏やかで何に対しても前向きで肯定的だ。器も大きい。そういう人格は母親に向いていると言える。
 ため息が混じりながらも、息を吐き出すと自分の息が白く色づいたのを知覚した。もう外は冬だ。部屋の中まで寒い。
 手に吐く息すら、ため息とまがう。


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