罪状は【零】

毒の徒華

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第4章 奈落の果て

第95話 背中合わせ

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 魔王様が協力してくれると言ってくれてから、一晩が経った。正確には12時間程度経ったと言った方がいいだろう。
 異界では日の移り変わりなど解りはしない。
 僕があの後、入浴を済ませて倒れ込むようにベッドに入ってから、そのくらいの時間が経過したと、ガーネットが教えてくれた。
 僕はベッドのやわらかい感覚に溺れるように眠っていたようだ。ガーネットも同じ部屋で休んだらしいが、眠れなかったらしい。
 ガーネットも疲れていたはずなのにどうしたのだろう。



 ◆◆◆



【ノエル 12時間前】

 僕らは魔王城の大浴場に案内してもらった。小鬼に替わりの着替えを用意してもらい、血の付いた法衣を洗ってもらうことにした。
 大浴場につくと、魔王様が裕に入れるほどの大きな浴場であった。深さもかなりのものだったが、浅い部分もあり、僕らでも入れそうだった。

「入ろうか、ガーネット」
「わ……私は別にいい」

 一緒にお風呂に入るのが恥ずかしいのだろうか。動揺しているような素振りが伺えた。

「第一、どうして一緒に入る必要があるのだ? 別々に入ればよかろう」
「だって、どうせここには魔王様以外来ない訳だし、交代で入ってたら時間かかるし……」

 そう言うも、ガーネットは入りたくないという態度で拒み続ける。

「リゾンに捕まった時、僕の裸見たでしょ?」
「……見ていない」
「僕は……ガーネットの身体……見ちゃった……」
「なっ……!!!」

 その後の「この馬鹿者が」「変態魔女め」「お前のような子供の身体などどうということはない」「私の身体を見ようなどとは頭が高いぞ」などの罵倒の言葉を待っていたが、予想以上に動揺しているようでガーネットは何も言えなくなってしまっていた。

「冗談だよ。正直、よく見えなかったけど……身体中にあるんでしょ? その傷痕。見られたくないよね」

 上半身だけでも物凄い傷痕だらけなのに、脚の方もきっとひどい傷痕が残っているのだろう。
 誰にだって見られたくないものはある。

「でもお風呂は入らないと駄目。僕はあっち向いてるから、ガーネットはそっち向いて入って」

 僕が法衣に手をかけて脱ぎ始める。

「ば、馬鹿者! 急に脱ぎ始めるな!」

 くるりと僕とは反対側を向いて、脱いでいる僕を見ないようにしてくれた。

 ――何恥ずかしがってるのやら……

 僕は服を脱ぎ終わると、良いことを思いついた。

「ガーネット、こっちむいてみて」
「……何故だ」
「いいから、大丈夫だって」

 なかなか僕の方を向いてくれなかったが、僕がせがむと観念したようにガーネットがこちらを向く。
 すると血色の悪いガーネットは少しだけ顔が紅潮しているように見えた。

「ほらね、大丈夫でしょ?」

 僕は自分の翼でクルリと身体を巻いて、胸や性器が見えないようにした。
 それでもガーネットはすぐさま目を逸らす。

「もう……早くお風呂済ませて戻ろうよ。僕、もう眠いんだから……」

 そそくさと大きな湯舟からお湯をくみ出し、そして布で身体をゆっくりと洗う。その温かい感覚がやけに久しぶりな気がした。旅に出てからは水で簡単に汚れを洗い流す程度は時折していたが、お風呂にゆっくりと入る機会がなかったからだ。
 ガーネットの方を見ていなかったが、ガーネットも服を脱いで身体を洗おうとしている音が聞こえる。

「見るんじゃないぞ」
「解ってるよ」

 僕らは身体を洗い終えて、背中を向け合って湯舟の浅瀬に浸かった。疲れがお湯に溶けていくような気持のいい感覚がする。

 ちゃぷん……

 時折互いが動く音が、液体の音として聞こえる程度で会話はない。
 人間は『裸の付き合い』というものがあって、裸で腹を割って話すと打ち解けるという文化があるようだった。
 僕はご主人様と一緒にお風呂に入っても、何も打ち明けることができなかったということを考えると、暗い気持ちになる。

 ――うまくいくのかな……うまくいっても……僕はもうご主人様に会えない……

 レインと交信したときに聞いた彼の声を思い出すと、胸がズキリと痛んだ。別れ際の言葉の全てが鮮明に思い出されると、僕は涙をこらえることができなかった。
 声を殺して涙を流した。
 ガーネットに気づかれないようにしているつもりだったが、彼は僕の異変にすぐに気づいてしまった。

「ノエル?」

 呼び声が聞こえて、僕はハッとして冷静に息を吐き出す。

「……なに?」

 できるだけ普通に、声が震えないように、できるだけいつもどおりの声で言ったつもりだった。

「…………いや、私は先に出ているから好きなだけ入っていろ。扉の外で待っている」
「……もう少し入っていたら? 中々入れないよ。魔王様の浴場なんて」

 それも本心ではあった。嘘をついているわけではない。
 なのに、ガーネットはすぐに別の意味に気が付いた。

「……私に傍にいてほしいならそう言え」

 そう言われたら、僕は一度は引いていた涙が再び溢れてきた。
 我慢していた声が漏れてしまう。

「うっ……うぅ……ガーネットのバカッ……っ……!」
「………………」

 ジャブジャブと水を切って歩くような音が背後から聞こえてきた。その音が止まると、僕は背中にトン……と暖かい感触がした。

「馬鹿はお前だろう」

 さっきまで少し遠かったガーネットの声が、真後ろから聞こえた。
 ガーネットは僕が野営地でしたように、背中を合わせて座り、よりかかるように軽く僕に体重を預けた。僕も同じように彼によりかかる。
 その状態で僕は泣いた。膝を抱えて泣いていた。
 ガーネットは何を言うでもなく、ただ僕のそばにいてくれた。


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