罪状は【零】

毒の徒華

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第4章 奈落の果て

第93話 魔王

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「(緊急……! リゾン……魔王……呼ぶ……翼人……穢れた血……!!)」

 大声でそんなことを言っていた。
 他の魔族たちは動揺して騒めいていた。声が被って何を言っているのか解らなったが、おそらく大体言っていることくらいは察しが付く。

「(父上……呼ぶ……? ……理解)」

 リゾンは僕の身体を繋ぐ鎖を切り離し、翼のベルトも爪で切り裂いた。

「戻ったら続きをしよう。たっぷりな……」

 そう言ってリゾンは僕の髪を指で弄び、僕に背を向けた。
 リゾンと、彼と一緒に入ってきた魔族たちは僕らを一瞥して出て行った。小鬼が僕らの枷を外し、元々着ていた服を渡してきた。
 無言で服を着て、先ほどのリゾンの暴挙に対して怒りや悔しさや悲しみを抱くと、僕は服をギュッと握りしめた。
 その様子を見ていたガーネットの辛そうな顔を見て、僕は心が痛くなる。

「ガーネット……ごめん。痛かったよね」
「…………どうして殺さなかった?」
「どうしてって……」
「あんなことをされて! どうしてすぐに殺さなかったかと聞いているんだ!?」

 首を掴まれて、ガーネットの鋭い爪が食い込んだ。

「誠意を見せたら協力してくれるって……」
「あんな言葉を信じたのか馬鹿者!!」
「……ごめん…………」

 罰の悪そうな顔をする他に、僕ができることはなかった。

「お前は……私の……私の……」
「……?」
「――――ちっ……もういい! 行くぞ!」

「私の」の後に言葉が続くようだったが、それを言わずに突飛ばすように僕から手を離す。ガーネットは先に部屋から出て行ってしまった。

「(行く……魔王……前)」

 小鬼がそう言うと、僕は頷いて同じく部屋から出て行った。もうこんな部屋には戻ってきたくないと思いながらガーネットの後を追いかけた。



 ◆◆◆



 僕はガーネットと共にリゾンの後をついていった。
 他の魔族は僕たちが下手なことをしないように目を光らせている。気を抜いたら食い殺されそうだ。
 しばらくそのまま歩いて行って何度も豪華な扉を開いた。
 重い扉が幾重にも重なり、豪華な装飾を施しているものもいくつもある。手先が器用で造形に長けた魔族がいるらしい。魔術で作ったのか、手作業で作ったのかは定かではないがとても美しかった。
 各魔族の像が扉の前に置いてあったり、知性の高い生き物というのは人間や魔女、魔族も考えることは大差ないらしい。

 ――ガーネット、怒ってるよね……

 先を歩き、振り返るそぶりのないガーネットの金髪を見つめると、後ろめたい気持ちになる。

 ――いつもガーネットを怒らせてばっかり……

 いつも冷静な装いだが先ほどの怒りは、ラブラドライトがアナベルに玩具にされているのを見た時のようだった。

 ――無事だったんだし……いざとなったら僕だって抵抗したのに……あんなに怒らなくてもいいじゃない

 そう文句の一つも言いたかったが、そこまで憤るということは真剣に僕の心配をしてくれていたからだと思うと言えなかった。
 考えている内に、魔王の間の前にたどり着いた。
 魔王と対峙してもどうなるか解らなかった。
 ここで話が通らなかったら、僕たちだけでどうにかするしかない。そもそも、ここから帰ることすらできるかどうか解らない。

 最後の大扉をくぐったら大きな広間にはいた。
 かなり大きな身体にいくつもの顔を持っている。
 獅子の顔、死神のような顔、そして中央にヒゲを蓄えた吸血鬼族の顔。身体は獅子、硬い鱗が身体についている。大蛇の尾、大きな蝙蝠の翼が一対。
 手足には鋭い爪。もはや何の種族なのか解らなかった。

 ――リゾンは吸血鬼なのに……どういうことだ……

 てっきり魔王も吸血鬼なのだと思っていた。
 僕とガーネットは小鬼に連れられて魔王の御前までの道を歩いた。
 大広間になっていて、一番奥に魔王がいる。その道中にはあらゆる魔族が集結していて、道を歩く僕らを睨みつけていた。途中で飛びかかられるのではないかとも考えて恐ろしいと思っていたが、無事に魔王の御前に到着する。
 間近で見ると物凄い威圧感だ。
 その身体の一部を一なぎされただけで、一瞬でちりと化されそうで恐怖を感じる。
 ガーネットもさすがに黙って魔王を見つめていた。魔王に向かって啖呵を切るかと冷や冷やしていたが、立場をわきまえているようだ。

「……その片側の三翼、タージェンの娘というのは間違いではないようだな。魔女と翼人の混血の遺児よ」

 低く、響き渡るその声に僕は気圧された。
 魔王が向こうの言葉を話せることに少し驚いた。

「父のことをご存じなのですか?」
「あぁ、奴とは古い知人であった。あれほどの魔族が魔女に殺されたと耳にしたときは、耳を疑ったものよ」

 威圧感はあるが、リゾンや他の魔族より話しを解ってくれそうで、僕は少しほっとした。

「して、タージェンの忘れ形見よ。何故異界にきたのだ」

 僕は深呼吸して慎重に答えた。
 言葉を間違えてはいけない。ここで下手なことを言ったら、何もかもが始まる前から終わってしまう。

「……最初の魔女のイヴリーンがこちらの世界を作ったように、もう一つ世界を作って全ての魔女をそこに隔離して閉じ込め、無力化したい。なので、イヴリーンが使った術式を教えてもらうために異界にきました」

 恐れ多くも魔王にそう告げると、ガーネットの固唾を飲みこむ音だけがやけに僕の耳に聞こえた。



 ◆◆◆



【シャーロット 現在】

「しっかし……ノエルも大胆なこと考えるよな。本当に新しい世界なんか作れんのか?」

 クロエが木にもたれながら、何かを必死に書いているシャーロットに向かってぼやいた。

「イヴリーンはやってのけました。ノエルも可能だと考えたのでしょう」
「それで、術式を知ってるであろう魔王のとこに行くなんて滅茶苦茶だぜ。ほんとに魔王が術式なんか知ってんのかよ」
「知っているはずです。魔族の中には絶対的な記憶力を持つ者がいますから、一度見たら忘れることがありません。その魔族と魔王は融合しているはずです」
「魔王の儀……だったか。各種族の最強のヤツが全部融合して魔王になるんだろ? それはやべえよな。だが、イヴリーンがどうこうなったときは恐ろしく前だぜ? 世代交代でもしてんじゃねぇのか」
「世代交代という概念はありません。絶対的な自我としてそれはあり続けます。記憶は常に引き継がれますし」
「でもよ……イヴリーンの使ったその術式、なんでこっちに残ってねぇんだ?」
「使った後にイヴリーンが永久に破棄してしまいましたからね……」

 クロエは異界への魔術式をぼんやりと見て、ノエルの帰りをずっと待っていた。心配で気が気ではなかったが、自分が行くこともできずモヤモヤとする。

 ――結局俺は、いつも待ってるしかできない

 寄りかかっている木から身体を離し、シャーロットの近くに寄る。

「さっきから何必死に地面に書いてんだ?」
「これは――――」


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