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第4章 奈落の果て
第82話 魔女を呪う魔族の呪い
しおりを挟むクロエやガーネットに声が聞こえない程度の距離まできた。
「この辺でいいかな……」
「あの……なんでしょう? オンナの悩みとは……」
「あのさ……えっと、オンナの悩みは嘘なんだけど……魔女の血液って飲みすぎると具体的にどうなるのか解る……?」
「え……あ……そうですね……そういった事例は少なく、具体的なことは言えませんが……正気を失い、ただの化け物に成り果てると聞いたことがあります」
嫌な予感が的中し僕は眉間にシワを寄せる。
そんな気はしていたが、やはりそうかと僕は一瞬彼女から目をそらし、また視線を戻す。
「それって……飲まない期間があったとしても、総合的な摂取量で決まるのかな……」
「……ノエル、魔女の血がどうして呪われているか知っていますか?」
「確か……イヴリーンが魔族を裏切ったから、その魔族たちの怨嗟が魔女に呪いをかけた……って話だっけ」
「そうです。その魔女への怨嗟が魔女の遺伝子に呪詛のように刻み込まれている為に、魔女の血や肉は魔族にとって正気を奪い、攻撃性を誘発する因子となると考えられています」
「…………」
「こういうのも変ですが……魔女は何かしらの疾患を持つ者が多いんです。それは身体的なものであったり、精神的なものであったりしますが、治癒魔術では治らないものです」
「…………」
そう言えば確かにその傾向があるような気がした。
あまり気にとめていなかったが、思い返すと確かに精神的に脆弱な面が目立つ。ロゼッタ等は外因性だと思うが、潜在的に因子がないとあぁはならない。
リサもそうだ。
リサはとてもじゃないが出会ったときから僕への異様な執着は正気とは言えなかった。
「ゲルダやロゼッタの皮膚のことを覚えていますか?」
「あぁ……ロゼッタって顔に爛れがあった魔女か……」
「あの爛れは、あなたの強い呪いによるものなんです。魔女を呪う魔族の呪いです」
「呪い?」
呪いというとなんだか抽象的で理解がすぐにできなかった。
「あの……覚えていらっしゃるか解りませんが……あなたが城でゲルダと対峙していたとき、途中から人が変わったかのように残酷になったとクロエからききました。そのときの記憶はありますか?」
「いや……覚えていない」
「そうなんですね……精神的に抑圧して健忘してしまったのか……原因は解りませんが、魔族の血の関係も否定はできません。正気を失い、残酷になるのは魔女の血液で魔族が正気を失うということも因果関係として無関係とも思えないのですが……そもそも魔女と魔族の混血は理論的には可能であっても自我を保つには相当な知性と理性が必要なはずです」
シャーロットは研究者気質なのか、普段は無口なのによく話すなと僕は思いながら聞いていた。
「あ……ごめんなさい。つい研究に熱が入ってしまって……」
「いや、大切なことだと思うよ」
シャーロットは僕がそう言うとはにかみながらも嬉しそうな様子だった。
「……ガーネットが心配なんだ……助けるために契約したとはいえ、どうなってしまうのかと不安になる」
「吸血鬼族ですからね……でも、あなたは混血なので純潔の魔女とは違います。正直、なんとも言えないです……それでも……魔女で詳細なデータが取れた件が一件だけあります」
「え、契約自体が珍しい上に破綻しがちなのに……教えて」
僕が聞くと、シャーロットは辺りを見渡し始めた。何をしているのかと思ったが、シャーロットが僕の方に近づいてきた。
「耳を貸してください」
「え? うん」
聞かれたらマズイ話のようだ。
僕はその聞かれたらマズイ話に耳を貸した。
◆◆◆
小声で耳打ちするシャーロットの話を聞いていて、僕は唖然とする以外の反応をできなかった。
あまりにも酷すぎる話で吐き気さえ催してくる。
さきほど食べたウサギの肉が喉元まで出かかるが、僕は吐かないように口元を押さえた。
「他言無用でお願いします」
「あぁ……そうだね……」
誰かに話す気にもならなければ、思い出すだけで吐きそうになる話だ。
到底誰かに言う気にならない。
「シャーロット……頼みがあるんだけど、いいかな」
「……なんでしょう」
僕はシャーロットがしたように小声で彼女に耳打ちした。
僕が話し終わるとシャーロットは一度僕から離れ、考える素振りを見せる。
「……不可能ではないと考えています」
「僕も、シャーロットの精密な魔術なら可能だと思っている」
「しかし、術式の完成が間に合うかどうか……」
「やってくれ。頼む」
「……解りました。ノエルも命を張るのですから、私も私の家系にかけてやってみせます」
そう言ったシャーロットは、いつも後ろでおどおどとしてる彼女ではなかった。
紆余曲折あったけれど、シャーロットを助けて良かった。
シャーロットを助けに行かなければ何事もなかったかのような日常を僕は過ごしていたのかもしれない。ご主人様に魔女だと知られてしまったけれど、それでも受け入れようとしてくれた彼の思いは僕の支えだった。
離れることになってしまったが、結果としてご主人様の命を助けることができたんだ。
自分にそう言い聞かせるが、二度と会えない辛さは身を裂く思いだった。
「戻ろうか」
「はい」
僕らはガーネットの元へと帰ると、クロエが起きていた。
クロエは笑っていたが、ガーネットはまた険しい表情をしている。また喧嘩していたのだろうか。
なんでこう、いつも喧嘩になってしまうのだろうと僕は悩みの種に水を与える。
いつかその悩みの種から芽が出て、花が咲き、実を宿せばさらなる悩みの種を産むのだろうかと漠然としたことを考える。
「ガーネット、大丈夫……?」
「……問題ない」
「そう。じゃあ異界の扉を書くからちょっと待っていて」
「あぁ…………」
僕が木の棒で異界に続く魔法陣を地面に書き始めると、クロエが僕の近くにやってくる。
「なぁ、俺は本当にお前と行けないのか?」
「行けない。昨日話したでしょう?」
「でもよ……」
「……気持ちは嬉しいけど、シャーロットとアビゲイルと馬を守っていてほしい。クロエにしか頼めないことなんだ」
「じゃあ……一つ頼みがある」
僕は書く手を止めて、クロエを見た。いつものようにヘラヘラしている表情ではなく、真面目な表情をしていた。
「なに?」
「キスさせてくれ」
「なっ……はぁ!?」
不意をつかれた僕は、驚いて持っていた細い木の棒を折ってしまった。手元は見ていないがバキッという乾いた音が聞こえたので折れたことは分かる。
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