罪状は【零】

毒の徒華

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第4章 奈落の果て

第81話 女だけの話

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【ノエル一行】

 朝の日差しが暖かく僕の身体を照らした。その光がまぶしくて僕は目を覚ます。
 結構よく眠っていたようだ。
 ガーネットの方を見ると、彼は隣にいなかった。どこかへ行っているのだろうが、そう遠くへは行っていないだろう。シャーロットはまだ横になって眠っているようだ。

 ――あぁ……そういえば僕……何も食べてないな……水が飲みたい

 大気の水分を凝縮させて水を生成して自分の口から取り込んだ。

「……はぁ」

 僕が一息つくと、やけに現実が遠く感じた。
 なんでこうなってしまったのだろうか。
 魔力中毒なんて聞いたこともない。ご主人様は大丈夫だろうか。僕はくすぶっている焚き木の様子をぼんやり見ていた。

「私にも食事をさせろ」

 振り返るよりも早く、ガーネットは僕の首に咬みついた。拒否する間もなく痛みが走り、僕は硬直した。

「いっ――――……」

 ガーネットの牙が僕の首の頸動脈の辺りに食い込んで、そこから血が噴き出し吸われている感覚がした。かなり痛い。
 ガーネットの首にも当然のように咬み傷ができてガーネットの血が僕に垂れる。
 彼は痛くないのだろうかなどと一瞬脳裏によぎった。

「飲み過ぎだよ……」

 僕はなかなか離れないガーネットを軽く突き飛ばした。
 僕は牙が抜けて動脈からの出血が見込まれた為、首をすかさず抑えたが思ったよりも血液は出ず、すぐさまその傷も治った。
 ガーネットは僕の力ではよろけもせずに飄々ひょうひょうとしている。彼の首の傷を見るともう既に治っていた。

「お前の血は、他のものと比べ物にならない程に、甘美な味をしているな」

 ガーネットは舌なめずりしてギラギラした目で僕を見てくる。
 魔女の城で見たときの様子を思い出し、僕は酷く不安になった。

「飲みすぎると毒だって言ったでしょう。駄目だよ」
「これから異界に行くというのに、空腹では話にならない。……お前の傍にいるとろくに食事ができないのだから仕方がないだろう」

 確かに働かせてばかりで、あまり食事を与えてはいなかった。
 僕が食事に対してあまり積極的ではないので忘れていたのが正直なところだ。しかし、彼は僕の血だけでは生きていけない。なにか別の動物の血を用意しなければならないだろうか。

 そういえば、ふと思ったが僕は彼のことをよく知らない。
 何が好きだとか、異界ではいつも何をして過ごしていたのかとか、子供の頃どうだったとか。
 僕はご主人様のことを中心にしか物事を考えていなかったから、その点に関しては反省した。
 それに伴って昨日のご主人様のことがまるで悪い夢かのように期待したが、ここでこうしている以上、あれは夢ではなかったようだ。

「お前も食事をしろ。ほら、ウサギだ」

 ガーネットはウサギの死骸を僕に渡してきた。
 いつの間にと思いながらも魔術で死んでいるウサギを捌き始めると、血がほとんど残っていないことに気づく。
 チラッとガーネットを見ると、口元についた血液を指で拭って舐めとっていた。僕の血をそうしてると思うとやけにそれが艶かしく、僕は直視できずに目を泳がせた。
 なんだか落ち着かない。

 ――僕の血の依存症になってるんじゃないだろうか……

 そのことを異界に行く前にシャーロットに確認しておかないとならないとならない。もう捌かれて元は何の生き物だったのか解らないその肉を見ながら考えた。
 昨日シャーロットが作ってくれた木の食器に肉を一先ず置くと、僕はシャーロットの方へ歩み寄る。

「シャーロット、起きて」

 シャーロットを揺すって起こそうとしたが、なかなか起きようとしない。シャーロットもずっと疲れていたのだろう。深い眠りについているようだ。
 クロエの方を見ると、まだ眠っていた。能天気なやつだと少し呆れる。

「ノエル、奴はどうするのだ」

 その“奴”というのは、クロエのことだ。
 ガーネットは顎でクロエをさしながらそう言っている。

「……シャーロットと一緒に残ってもらう。護衛にはなるだろうから」
「裏切り者の可能性がある。女王付きの魔女だったのだろう?」
「…………じゃあ連れていく?」
「足手まといだ。それに、交渉を円滑に進めるのなら明らかにいない方がいい」

 どうやら彼の中で結論が出ているらしい。
 クロエを殺すかどうかという意味に捉えて間違いないだろう。

「……駄目だよガーネット。『疑わしきは罰せず』って言葉知らないの?」
「何を手ぬるいことを……」

 僕らが会話している最中、やっとシャーロットは目が覚めたようだ。

「おはようございます……」
「おはよう。食事をしたら僕は早々に異界に行く。食事にしよう」

 僕はウサギに魔術式をかけて炎で適当に焼いた。
 味付けするものはないが、そんな贅沢は言っていられない。
 僕はそのウサギだったものを食べた。本当に火を通しただけの肉だった。臭みがどうとかこうとか、そんなことどうでもいいことだ。
 ただ、ご主人様の手料理が食べられないことだけは、やはりいつまでも心残りに思ってしまう。
 そんなことを考え出すと僕はまた泣きそうになり、必死に考えないようにした。
 考えないようにすればするほどどうしても考えてしまう。

 ――あんなに泣いたのに、涙って枯れないんだな

 僕がただ肉を口に運び、作業のように食べているとシャーロットが不安そうに僕に尋ねてきた。

「私は……待っているだけでよいのでしょうか」
「あぁ、気にすることはない。異界なんて行ったら身体がボロボロになってしまうだろうから」
「あなたは平気なのですか……?」
「僕は半分魔族だし。多分ね」

 確信はなかった。
 しかし選択の余地もなく、僕以外に行ける者などいない。
 それに、僕以外が行ったところで勝算はないと考えていた。異界に行かないのでは僕らに勝算は全くない。
 しかし、異界に行けたとしても自分の考え通りに行く保証もどこにもない。
 危険だということだけは解っていた。

「……もし帰ってこなかったら……どうすればいいですか……?」
「僕が帰らなかったら、レインを異界に帰してくれないか。まだ子供の龍なんだ」
「あの白い龍のことですか?」
「あぁ。無邪気ないい子だよ」
「……解りました」
「あのさ……ちょっといいかなシャーロット。2人きりで」

 そう言うとガーネットは怪訝そうな顔をして僕の方を見つめた。

「ちょっと待っててガーネット、すぐに済むから」
「なぜ私を外して話をする必要がある? ここで話せばいいだろう」
「女だけで話したいの。いいでしょ? オンナの悩みなの。恥ずかしいからガーネットには聞かれたくない……」

 そう恥ずかし気に言われると、ガーネットは返す言葉は見当たらなかったようだ。

「……ふん、好きにしろ」
「ちょっと待ってて。こっちきてシャーロット」

 不思議そうな顔をするシャーロットを連れて、僕は夜営地の焚火から少し離れた森の中に行った。


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