74 / 191
第4章 奈落の果て
第73話 ただ、側にいられたら良かったのに
しおりを挟むシャーロットが言っている意味が、解らなかった。いや、解らないわけじゃない。解りたくなかった。信じたくなかった。
そんなことあり得ない。
そんなわけない。
そんなこと、あるはずないんだ。
そんなわけないそんなわけないそんなわけない。
ぐるぐると理解と不可解と否定が混じってうずまいていく。
「シャ……シャーロット……冗談だよね……? 僕の……こと……か……からかって……」
僕は鼓動が早まった。
自分の鼓動がうるさい。嫌な汗をじっとりと感じた。
僕は定まらない目でご主人様の部屋の方を見た。今も尚、咳き込んでいる様子が扉越しに聞こえてくる。
「……もうかなり重症の魔力中毒です……実験施設や街で以前、同じ症状の人を見たことがあります……人間だけが発症する奇病は度々報告がありましたが、最近魔力中毒は解明され――――」
頭に、何も入ってこない。自分だけ、時間軸に取り残されているような感覚だ。
「俺も見た事あるぜ。街はずれにいた廃人の奴隷も魔力中毒の果てだったろ」
「ええ……彼らは手の施しようのない人々でした……」
街のはずれにいた人々は、皆廃人となっていた。
精神が錯乱し、狂気に蝕まれていた。疫病に侵されていたように見えたのは、あれは魔力中毒によるものだったのだろうか……――――
「僕が……これ以上傍にいたら…………死んじゃうの……?」
聞きたくないのに、僕は聞かずにはいられなかった。
だって、いままでだってずっとそばにいた。
一緒にいた。
そんなはずない。
何かの間違いだ……――――――――
けして僕は理解力がない訳ではないし、どちらかと言えば子供のころから物分かりのいい方だったはずだ。
どうして自分がこんなにも今の状況を理解できないのか、理解ができない。
「……徐々に状態は悪化し、最終的に昏睡状態になり、そのまま息を引き取るでしょう」
きがつけば、涙が溢れてきていた。
涙が頬を伝ってぽたりぽたりと落ちていく感覚だけが鮮明だった。
――そんな……そんなこと……僕はただ、傍にいたかっただけなのに……
ただそばに置いてほしかっただけなのに。
僕の居場所になってほしかっただけなのに。
彼が幸せならそれでいいって思っていたのに、いつの間にか僕はこんなに我儘になってしまった。欲張りになってしまった。
強欲の罪に対する罰なのだろうか。
人間が定める罪というものは、けして許されてはならない事柄なのだろうか。
「そんな……そんなこと…………じゃあ、ある程度の距離を保って……とかは?」
代替案を彼女に提案するが、シャーロットは首を横に振る。
「……それがあなたに可能なのですか? 仮に一日に一回、数十分程度の接触でも症状は悪化していくでしょう。他でもないあなたの魔力だからこそ」
そう言われた僕は尚更現実を受け入れられなかった。
ずっとご主人様の傍にいて、ずっとこんな力なんていらないって思っていた。
破壊する力なんて何の役にも立たない。
魔女の力も、翼人の翼もいらないから、普通の人間になりたいと僕はずっと思っていたのに。
「ご主人様……ッ……」
僕はひたすらに涙が溢れてきた。僕の肩をクロエが触れようとしたが、ガーネットがそれを阻む。僕の隣にいたガーネットの腕を掴んで強く握った。
強く握ったと言っても、僕の肉体の力なんて大したことはない。
その精一杯の力でガーネットに縋るようにしがみつくと、彼は困った様子だったがそのまま手を振り払う事なくただ僕が落ち着くまで待っていてくれた。
彼を失う恐怖も辛さも何もかも受け入れられなかった。
◆◆◆
どれほど僕は泣いていたのだろう。
もう何もかもがどうでもよくなっていた。
彼がいない世界なんて、ないのと同じ。お願いだからもう奪わないで。
これ以上奪われたら壊れてしまう。
――違う
違う違う違う。
――僕がこの世を壊してしまう
ガーネットもシャーロットも、クロエさえも泣いている僕に何も言ってこなかった。
僕は、どうするべきか解っていた。
解っていても、それを実行するのはあまりにも残酷だった。
「……ご主人様……うぅ……うっ……」
何度目か解らない呼び声に、返事があった。
「…………何泣いてんだ。バーカ」
ご主人様の声が聞こえた。
僕が泣きながらご主人様の方を見ると、彼はこっちを見ていた。
口の周りの血を乱暴に腕で拭うと、口の周りの血が霞む。
「お前はどこにもいかないだろ? 俺もお前を手放す気はねぇ」
いつも通りのご主人様だった。
それを見て僕はもっと涙が止まらなくなり、下を向いて泣いていた。
これが最後に交わす言葉になると思うと、喉元で言葉がつかえて何も言えなかった。
「そいつ嘘ついてんだ。俺のこと治してなんかいねぇ……ゴホッ……ゴホッ……」
シャーロットは目を背けた。僕も泣いていて言葉が出せない。
もしそうならどれだけいいだろうか。
「……いつまでそんな吸血鬼にしがみついてんだ。俺以外を触るなって言っただろ」
ご主人様は僕に近づいてきて抱きしめてくれた。ガーネットを掴んでいた手を放し、ご主人様の服をギュッと強く握った。
いつものご主人様の匂いがした。僕は息が詰まって頭が痛くなってくる。
「つーかお前、俺に包み隠さずに言えよな。お前が……魔女だって俺は気にしてねぇよ。魔女でも人間でも、お前はお前だろ?」
『魔女だって気にしない』という言葉が突き刺さった。
深く突き刺さって胸が痛く苦しくなる。
ずっと魔女だって解ったらそばに置いてくれなくなるんじゃないかって思ってた。身体が治ったら僕のこと要らなくなっちゃうんじゃないかって思ってた。
その不安を払しょくすると同時に、この不条理が殺意を露わにして深く僕を突き刺す。
僕が魔女じゃなかったら傍にいられたのに。
――僕が魔女だから傍にいられないのに……
「町の連中がお前のこと……怖がっても、俺がお前を守ってやる」
それ以上言わないでください。
それ以上は余計に辛くなってしまうだけだから。
言葉に出してそう言いたいのに、苦しくて言葉が詰まって言えない。言いたいことが雪崩のように急き立てるのに、その言葉は不規則でうまく表現できない。
激しく感情ばかりが打ち付けるばかりで、それがどれほど苦しいか、文字通り言葉にすることは出来ない。
「……ご主人様……」
やっとの思いで僕は口を開けた。やはり声が震えてうまく話せない。
「なんだ?」
「……僕は……ご主人様なしでは……生きて……いけません」
そうとぎれとぎれに言うと、ご主人様は安堵したような様子で軽く息を吐き出した。
「なんだよ今更、解っている」
「僕は……あなたが……あなたが…………大好きです……」
「……あぁ、解ってる」
「っ……うぅ……ッ……ご主人様…………一緒にいられて幸せでした」
ご主人様の顔は見られない。しかし、不穏な空気を彼が感じ取ったのは解った。
「“でした”ってなんだよ……おい。これからもお前は……俺の……」
「僕のこと、あのとき……助けてくれて……あ……ありがとうございました……」
少し、ご主人様の声が焦り始める。
僕ら以外の三人はただ黙って僕の言葉を聞いていた。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください。
アーエル
ファンタジー
旧題:私は『聖女ではない』ですか。そうですか。帰ることも出来ませんか。じゃあ『勝手にする』ので放っといて下さい。
【 聖女?そんなもん知るか。報復?復讐?しますよ。当たり前でしょう?当然の権利です! 】
地震を知らせるアラームがなると同時に知らない世界の床に座り込んでいた。
同じ状況の少女と共に。
そして現れた『オレ様』な青年が、この国の第二王子!?
怯える少女と睨みつける私。
オレ様王子は少女を『聖女』として選び、私の存在を拒否して城から追い出した。
だったら『勝手にする』から放っておいて!
同時公開
☆カクヨム さん
✻アルファポリスさんにて書籍化されました🎉
タイトルは【 私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください 】です。
そして番外編もはじめました。
相変わらず不定期です。
皆さんのおかげです。
本当にありがとうございます🙇💕
これからもよろしくお願いします。
外れスキル「トレース」が、修行をしたら壊れ性能になった~あれもこれもコピーで成り上がる~
うみ
ファンタジー
港で荷物の上げ下ろしをしてささやかに暮らしていたウィレムは、大商会のぼんくら息子に絡まれていた少女を救ったことで仕事を干され、街から出るしか道が無くなる。
魔の森で一人サバイバル生活をしながら、レベルとスキル熟練度を上げたウィレムだったが、外れスキル「トレース」がとんでもないスキルに変貌したのだった。
どんな動作でも記憶し、実行できるように進化したトレーススキルは、他のスキルの必殺技でさえ記憶し実行することができてしまうのだ。
三年の月日が経ち、修行を終えたウィレムのレベルは熟練冒険者を凌ぐほどになっていた。
街に戻り冒険者として名声を稼ぎながら、彼は仕事を首にされてから決意していたことを実行に移す。
それは、自分を追い出した奴らを見返し、街一番まで成り上がる――ということだった。
※なろうにも投稿してます。
※間違えた話を投稿してしまいました!
現在修正中です。
まもののおいしゃさん
陰陽@2作品コミカライズと書籍化準備中
ファンタジー
まもののおいしゃさん〜役立たずと追い出されたオッサン冒険者、豊富な魔物の知識を活かし世界で唯一の魔物専門医として娘とのんびりスローライフを楽しんでいるのでもう放っておいてくれませんか〜
長年Sランクパーティー獣の檻に所属していたテイマーのアスガルドは、より深いダンジョンに潜るのに、足手まといと切り捨てられる。
失意の中故郷に戻ると、娘と村の人たちが優しく出迎えてくれたが、村は魔物の被害に苦しんでいた。
貧乏な村には、ギルドに魔物討伐を依頼する金もない。
──って、いやいや、それ、討伐しなくとも、何とかなるぞ?
魔物と人の共存方法の提案、6次産業の商品を次々と開発し、貧乏だった村は潤っていく。
噂を聞きつけた他の地域からも、どんどん声がかかり、民衆は「魔物を守れ!討伐よりも共存を!」と言い出した。
魔物を狩れなくなった冒険者たちは次々と廃業を余儀なくされ、ついには王宮から声がかかる。
いやいや、娘とのんびり暮らせれば充分なんで、もう放っておいてくれませんか?
※魔物は有名なものより、オリジナルなことが多いです。
一切バトルしませんが、そういうのが
お好きな方に読んでいただけると
嬉しいです。
はぁ?とりあえず寝てていい?
夕凪
ファンタジー
嫌いな両親と同級生から逃げて、アメリカ留学をした帰り道。帰国中の飛行機が事故を起こし、日本の女子高生だった私は墜落死した。特に未練もなかったが、強いて言えば、大好きなもふもふと一緒に暮らしたかった。しかし何故か、剣と魔法の異世界で、貴族の子として転生していた。しかも男の子で。今世の両親はとてもやさしくいい人たちで、さらには前世にはいなかった兄弟がいた。せっかくだから思いっきり、もふもふと戯れたい!惰眠を貪りたい!のんびり自由に生きたい!そう思っていたが、5歳の時に行われる判定の儀という、魔法属性を調べた日を境に、幸せな日常が崩れ去っていった・・・。その後、名を変え別の人物として、相棒のもふもふと共に旅に出る。相棒のもふもふであるズィーリオスの為の旅が、次第に自分自身の未来に深く関わっていき、仲間と共に逃れられない運命の荒波に飲み込まれていく。
※第二章は全体的に説明回が多いです。
<<<小説家になろうにて先行投稿しています>>>
異世界で買った奴隷が強すぎるので説明求む!
夜間救急事務受付
ファンタジー
仕事中、気がつくと知らない世界にいた 佐藤 惣一郎(サトウ ソウイチロウ)
安く買った、視力の悪い奴隷の少女に、瓶の底の様な分厚いメガネを与えると
めちゃめちゃ強かった!
気軽に読めるので、暇つぶしに是非!
涙あり、笑いあり
シリアスなおとぼけ冒険譚!
異世界ラブ冒険ファンタジー!
神による異世界転生〜転生した私の異世界ライフ〜
シュガーコクーン
ファンタジー
女神のうっかりで死んでしまったOLが一人。そのOLは、女神によって幼女に戻って異世界転生させてもらうことに。
その幼女の新たな名前はリティア。リティアの繰り広げる異世界ファンタジーが今始まる!
「こんな話をいれて欲しい!」そんな要望も是非下さい!出来る限り書きたいと思います。
素人のつたない作品ですが、よければリティアの異世界ライフをお楽しみ下さい╰(*´︶`*)╯
旧題「神による異世界転生〜転生幼女の異世界ライフ〜」
現在、小説家になろうでこの作品のリメイクを連載しています!そちらも是非覗いてみてください。
あなたに愛や恋は求めません
灰銀猫
恋愛
婚約者と姉が自分に隠れて逢瀬を繰り返していると気付いたイルーゼ。
婚約者を諫めるも聞く耳を持たず、父に訴えても聞き流されるばかり。
このままでは不実な婚約者と結婚させられ、最悪姉に操を捧げると言い出しかねない。
婚約者を見限った彼女は、二人の逢瀬を両親に突きつける。
貴族なら愛や恋よりも義務を優先すべきと考える主人公が、自分の場所を求めて奮闘する話です。
R15は保険、タグは追加する可能性があります。
ふんわり設定のご都合主義の話なので、広いお心でお読みください。
24.3.1 女性向けHOTランキングで1位になりました。ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる