罪状は【零】

毒の徒華

文字の大きさ
上 下
72 / 191
第4章 奈落の果て

第71話 幸せな旅

しおりを挟む



「イヴリーンの伝説はおとぎ話ではない。実話だ。私はあちらの世界にいた頃から生きている。翼人という魔族だ」

 自身の翼を羽ばたかせるとその翼のはばたきをルナは目を輝かせてみていた。私にとっては珍しくもない翼をそんな風に羨望の眼差しで見つめられるとなんだか歯がゆい気持ちになる。

「いいなー! 私、ずっと空を飛んでみたいって思ってたんです」

 無邪気にそう言ってはしゃぐルナを見て、タージェンは毒気を抜かれたような顔をしている。
 敵意がなくなった様子を見て、私はタージェンの身体を拘束しているダイヤモンドを砕いて自由を与えた。

「……この荒くれ者の六枚の翼がある者はタージェンと言う。こっちの魔女はルナだ。それで……タージェン、単刀直入に言うが私はずっとあちらの世界に戻る方法を研究していた。最近、私がよくいなくなるのはあちらの世界に行っているからだ。そこでルナと出逢った。魔女にも色々いるが……ルナは私たちの敵ではない」
「あぁ……そう……みたいだな」

 私は少し落ち着いた様子の2人に、両方の世界の話をし始めた。
 2人は互いに信じられないような顔をして、私に対して質問攻めにしてきたのは言うまでもない。
 まだ話の途中であったが、ルナが途中で随分と具合が悪そうになったことを私は見逃さなかった。呼吸が乱れ、息苦しそうに胸を押さえている。

「ルナ、こちらの環境は魔女には身体に毒だ。長くはいられないだろう。無理せず戻るといい」
「やっぱり……ですかね。肌もビリビリして……」

 自分の肌をさすりながら、ルナは苦笑いをしてみせる。身体からは冷や汗が噴き出ているし、顔色もいつもの桜色の血色のいい皮膚が白くなってしまっている。

「そうだろう……空間移動をした負荷もあったしな。タージェン、ルナを向こうの世界に送ってやってくれ」

 突然指名されて驚いたタージェンはルナと私の方を交互に見て動揺する。

「わ、私がか?」
「あぁ、向こうの世界を少し見てくるといい。ルナはあまり無理するな。タージェンは向こうの世界の言葉で話してやれ。解るだろう」

 2人を追い立てるように異界の扉を開き、追い払うように背中を押して扉に押しこむ。
 両者の性格からして、殺し合いになるようなことはないだろう。悪くてもタージェンがルナに対して敵意を向けるだろうが、ルナを守るという行為は必要なさそうだ。
 タージェンは複雑そうな表情をしていたが、別段嫌がるそぶりは見せなかった。任されたことに責任を持つ性格であるし、ルナが悪いものかそうでないかくらいは判断できる。

「ルナ、異界の扉のことは他の魔女には絶対に言ってはいけない。また争いになってしまうから。扉は長く開けてはおかない。2人とも解っているな」
「もちろんです。でも、もし私が女王になったら…………」

 念押しをする私に向かって、ルナは胸に手を当てながら苦しそうに
 それでも笑顔で

「一緒に暮らせる世界にしていきたいですね」

 そう言って、異界との扉をくぐって姿を消した。

 後姿を見送ると私は、呆然とその状態のまま立ちすくしていた。
 そのルナの言葉のあまりの重さに似つかわしくない、とてつもなく広大な夢物語だと解っていながらもルナならできるような予感がした。

 そこからしばらく、ルナと私とタージェンは世界に秘密で世界を行き来していた。
 少しずつタージェンもルナも打ち解けていった。
 言葉の壁は2人には全く無いようだった。
 両者とも驚くほどに相手の言葉を理解し、学習し、使い分けていた。しいて言うなら、タージェンの方が少し多く勉強が必要だった程度だ。
 タージェンも向こうの世界を好むようになり、3人で向こうの世界を歩くこともあり、向こうの世界の様子を知ることができた。
 言葉も魔族の言葉を使うことが減り、向こうの世界の言葉で会話することが殆どになった。
 異界にはない美しい世界をタージェンは知って、まるで夢を見ているようだと話していた。
 ルナは人間と魔女の争いから徐々に身を引いて、我々と過ごす時間が増えていったことは気づいていたが、2人が恋仲になっていたことまでは私は気づかなかった。



 ◆◆◆



【5年前 セージ】

 私が最後まで話し終わると、ノエルは聞いていたが私の膝の上で眠そうにしていた。
 眠そうにしているノエルを抱きかかえると、ベッドまで運ぶ。
 横に寝かせて毛布をかけてやると、私の手を弱々しく握ったまま眠りについたようだ。
 その様子を見て微笑ましい気持ちになった私は、暫くノエルの隣に座ってそのまま暫く手を握られたまま見つめていた。
 手から伝わる柔らかで暖かな感触は生まれた当時のなつかしさを感じる。
 生まれて数日後のノエルの手は小さく、柔らかく、生命の脈動を感じ、感動を覚えた。
 そしてそれは今も私の目の前で存在している。

「一時はどうなるかと思ったが、お前が良い子に育ってくれてよかった」

 本当に私は安堵して、ゆっくりとノエルが起きないように手を放す。
 ノエルは眠りの中、幸せな旅をしていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

処理中です...