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第4章 奈落の果て
第66話 愛する方法
しおりを挟む【ノエルの主】
愛する方法なんて、誰も教えてくれなかった。
教えられたのは痛み、苦しみ、争い、恐怖、憤怒。
それだけだ。
俺を育てた魔女は、俺に鞭をふるい、武器を持たせ、人間同士での殺し合いをさせて弄び、無理やり魔女の興じで交尾させられ、そして飽きたり壊れたりしたら捨てられる。
そんな中、自分が生きて行くには従うしかなかった。
例えどんな非道なことでも。
――仕方がなかった……
そうして、そうすることが当たり前になっていた。
誰かを傷つけなければ自分は生きて行けない。それが当然になって、俺は大人になった。
俺が育った町は『色欲』の町だ。色欲の罪名の魔女が町の長をしていた。
親は子と、兄は妹と、弟は姉と、女は女と、男は男と、人は動物と、昼も夜もなく、淫らな行為に耽り続けた。
堕落した生活をむさぼり続けた。
だからこそ、人間は反旗を翻し、魔女たちを打ち倒すことができた。
それも、俺が指揮をとらなければ成しえなかった。
人間のほとんどは奴隷として飼いならされていて、自分の生活を受け入れていたからだ。奴隷としての気質が染みこみ切っていて、魔女に逆らおうなどと思う人間はいなかった。
堕落した魔女たちは結託した人間たちの猛攻で城は落ちた。落ちた城の中で、何人も実験に使われていた人間がいたが、何人も正気を失っていたのを覚えている。
その城の奥、一番奥。
厳重に閉ざされていた扉の一番奥の、得体のしれない気味の悪い動物のようなものや、ボロボロの魔族も檻に入れられていた。
――まるで地獄の底のようだった
その更なる奥。
そこで、俺はあいつを見つけた。
ただの人間だと俺は思ったし、そう信じて疑う余地もなかった。
なんだってこんなところに、鎖やらなにやらでぐるぐる巻きにされている少女がいるのかと不思議には思ったが、どこからどう見ても俺にはただの少女にしか見えなかった。
ぼろ雑巾みたいになって、あまりに酷い状態のあいつを俺は連れ帰ったのは、ただの気まぐれだったはずなのに、生活しているうちにいつの間にか俺にとって特別な存在になっていた。
しかし、俺は愛し方が解らなかった。
今も解らない。
――抱くことと、愛することは違うのか……?
もっと大切にするべきだと町の医師に言われたが、他の奴隷だった人間と俺は育ち方が全く違う。
愛し方が解らないのに、愛するということがどういうことなのかもわからないのに、あいつにどう接していいか解らなかった。
俺の中にあるどうしようもない怒りや、屈辱感、そして何度も何度も教え込まれた相手を傷つける為の術は、容赦なくあいつを心身ともに傷つけ続けた。
町の人間たちとも俺は今も馴染めていない。
魔女に育てられた子供の中でも特別な存在だった俺と、その他大勢との中に隔たりがあることも理解していた。
接し方や愛し方が解らない俺は、町のはじき者となるのも当然の摂理。
多額の報酬だけを与えられ、独りで生きろと言われたようなものだ。
それでも……家に帰ればあいつがいた。
――それが俺の心の支えだった……
いつでも、誰が俺を裏切ろうとあいつだけは俺を裏切らなかった。
あいつは俺がすべてだった。
俺以外に何もない女だったはずだった。
俺がいないと何もできない、俺以外に何もない、俺だけの女だったはずだった。
――なのに……
あいつは体のいい言い訳をして出て行こうとした。
吸血鬼はあいつに恩があると言っていた。俺はあいつの何もかもを知っていると思っていたのに、俺の知らないあいつの姿が許せなかったんだ。
それに、あいつは魔女だった。しかも相当に力の強い魔女。
吸血鬼を従え、龍を従え、他の罪名持ちの魔女を殺すほどの力を持ち、他の男にも言い寄られ、心を許すような素振りを俺に見せた。
こんなに酷く裏切られた気持ちになったのは初めてだった。
それがガキみたいな嫉妬の感情だったとしても、その感情をコントロールすることは俺にはできなかった。できたらどんなに良かっただろうか。
散々俺が傷つけた後、あいつがどんなに俺のことで懸命に戦ってくれたのか知った。
――俺は知らなかった
あいつが町を守ってくれていたから、俺たちが2年もの間平和に暮らせていたことを俺は知らなかった。
あいつがどれだけ酷い実験をされていたか俺は知らなかった。
あいつが何度も大切な者を奪われてきたことを俺は知らなかった。
だから俺を失うことが、どれほどあいつにとって恐ろしいと思っていたか知らなかった。
寿命が違う俺のことを悩み、悲しんでいたことを俺は知らなかった。
――俺は何も知らなかった
あいつが俺をどれだけ大切に思っていたのかも、信じることができなかった。
「…………」
夜も更けて、吸血鬼以外は全員眠りについた。
あいつは今俺の目の前で目を閉じたまま、静かに寝息を立てている。服はそこかしこに血がついていて、ボロボロになっていた。
それでも肌には傷一つなく、傷跡も残っていない。地下で屍に食いちぎられていた箇所もすっかり元通りになっている。
いつも俺は何もできないままだ。助けたいと願っても、自分の力ではどうすることもできない。
守っていたはずの俺が、守られていたなんて考えたくなかった。
髪もボサボサで、血の赤なのか、元の髪の色なのか解らない。眠っている姿はやはり普通の女にしか見えない。
相変わらず白い龍はあいつの頭の横で身体を丸めて寄り添っている。
「あの白い髪の魔女に、お前がもしかしたら二度と目覚めなくなるかもしれないって言われたぜ」
あいつは答えない。
「そんなの嘘だよな? お前、最強の魔女なんだろ……?」
あいつは答えない。
「お前……また俺を置いていくのか……?」
あいつは答えない。
「お前は……いつも……俺の言いつけ守らないよな…………」
あいつは答えない。
「何か言えよ………なぁ……」
答えが返ってくるわけがないと解っていながらも、俺はそう問いかけ続ける。
尚も安らかな寝息を立て眠っているあいつは、答えない。
もう二度と答えないかもしれない。
何度後悔しても何も生まれない。でも、どうすればよかったのか俺には解らない。
そして、目覚めたとしてもやはり俺にはどうしたらいいか解らない。
――それでも、俺のそばに置いておきたい。
どんなに傷つけても、どんなにつらい想いをさせても、俺のものだ。
ずっと。
ずっと…………
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