罪状は【零】

毒の徒華

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第4章 奈落の果て

第65話 烏合の集

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【ノエルの主人の家】

 その赤い髪は、燃えるような炎のような朱であり、血のように濃厚な紅であり、赤い果実のような艶やかな赤だ。
 瞳はもっと鮮やかな赤い色をしているが、今は瞼を閉じられていてそれは見受けられない。
 ベッドに横たえられているノエルの横には、ノエルの主がずっとつきっきりで見ていた。

 ノエルは1日経っても目を覚まさない。
 それを心配そうに見ている。
 レインは泣きながらずっとノエルの傍から離れない。

「いつまでそうやってノエルの横を陣取ってんだ」

 扉の横に身体をもたれながら、クロエはノエルの主にそう言う。

 ここには争いの火種が沢山ある。
 まず、ノエルの主は誰にも馴染まない上に傲慢であること。
 眷属の吸血鬼であるガーネットはプライドが高く、やはり誰にも馴染まない。
 男の魔女クロエは軽薄な態度で相手を挑発する。
 龍族の子供、レインは魔女を恐れ、吸血鬼とは嫌厭の仲である。
 この面子めんつで今まで殺し合いが始まらなかったのはノエルが各々の間に入って牽制していたからだ。
 この状態で争いが起きないわけがない。

「てめぇ、誰だよ」
「あぁ? ったく、助けてやったのにその態度か。ただの人間の分際で……」
「おい、やめろ」

 ガーネットがクロエの腕を掴み、部屋から強引に連れ出す。

「放せよ吸血鬼」

 バチッと電流が走り、ガーネットはクロエから手を放した。2人は睨み合いになり、見えない火花が散る。

「貴様は情報元だから生かしているに過ぎないのだぞ。身分をわきまえろ」
「生かしている? 俺を殺せるほど力ねぇだろ。冗談もほどほどにしておけ」

 ノエルが気絶した直後は全員一丸となって傷の手当や、食料の準備等していたのに、事が落ち着いて時間が経つといがみ合いが始まる。
 烏合うごうの衆とはそういうものだ。倒す敵が同じとはいえ、協調できるタイプじゃない。
 余裕がないときはわずかな結束を見せても、自分の利益を考えて争う。

「あ……あの、少し全員で話がしたいのですが……」

 シャーロットがビクビクしながらクロエやガーネットに尋ねる。

「ノエルの……ご主人様もよろしいですか? レインも……」
「……あぁ」

 レインは泣いていて話を聞いていない。
 シャーロットは恐る恐るレインを抱き上げようとするが、暴れてシャーロットの手は鋭い爪と鱗で傷ついた。

「痛っ……」
「ぼくのことは放っておいて! ぼくはノエルの傍から離れない!」

 レインはノエルの服に必死にしがみつく。
 しがみついた箇所の布が鋭い爪で切り裂かれると、ノエルの白い肌が姿を見せる。レインはノエルのぬくもりを確かめるように必死にノエルにしがみつく。

「放っておいてやれ……俺が剥がそうとしても絶対に離れようとしねぇ」

 そうして全員が木でできたテーブルを囲う様に全員が座る。
 クロエとシャーロット、ノエルの主、ガーネットだ。アビゲイルはまだ目覚めていない。
 日が落ちて暗い部屋に、蝋燭ろうそくの心許ない明かりだけが全員の姿をかろうじて照らしていた。

「異様な顔ぶれだな。男の魔女、治癒魔術の魔女、最強の魔女を飼ってる人間、契約を交わしている吸血鬼……奇々怪々ききかいかいだぜ」
「クロエ……茶化さないでください。ノエルがあの状態である以上、話しておかなければなりません……」
「その前に、俺の家にいるんだから俺に何もかも説明しろ。あいつのことも全部だ。全部話せ」

 ノエルの主は混乱しているのを表面に出さないまま、全員を睨んでそう言う。ノエルの主にとってはガーネット以外見たことがない顔ぶれだ。
 本当であれば家に入れないだろうが、自身は気絶していた内のことで拒否する間もない。目覚めた時は既に気絶してるノエルの周りにいた者たちを、わけもわからないまま受け入れるしかなかった。

「どこから話せばいいのだ。ノエルが魔女だというところからか?」
「あぁ? こいつ、ノエルを魔女だって知らなかったのか? ははははははっ! おいシャーロット、信じられるか? ははははは……くくくくく……っこいつ馬鹿だぜ」
「てめぇ!!」

 クロエの挑発にあっさり乗ったノエルの主は、クロエのシャツを掴み上げる。

「おい、話が進まないだろう。人間も魔女も冷静になれ」
「くたばりぞこないの無能吸血鬼が偉そうに。ノエルがいなければ何もできない雑魚が俺に向かって指示するな」
「貴様……誰に向かって口を……!」

 ガーネットもクロエに掴みかかった。
 蝋燭の炎が争う大気の流動に消えそうになりながら揺れている。
 シャーロットは何も言い出せず、なんとかその場を収めようと言葉を探すが、争いが激化していく中でたった1人取り残されて行った。
 話しどころではなく、何のまとまりもない。まるで各種族がいがみ合い、忌み嫌う今の世界がここに集約しているようだった。

「いい加減にしてよ!!」

 その争いを遮ったのは白い龍だ。
 先ほどまでノエルにしがみついて泣いていた子供の龍のその一喝に、3人は争いを辞めて龍を見た。
 レインはテーブルの上に飛び乗り、各々を鋭い眼光で見つめる。

「そんなんだからノエルがあんなふうになっちゃったんだよ!! ノエルが……ノエルがどんな想いで……全員を助けて……許したのか……そんなことも解らないの!!?」

 尚も泣きながら、レインは叫び続ける。

「ノエルは全員を助けたんでしょう!? どうして喧嘩ばっかりするの!? ノエルにつらい想いばかりさせないでよ!!!」

 そう言われ、全員がハッとしたような顔をして、クロエを掴んでいた手を二人は放した。

「ノエルが起きて……こんなの見たら悲しむよ!!」

 レインは再びノエルの傍へと飛んでいって闇に消えていった。
 残された4人は落ち着いて席に座り、反省したように顔を下へ向ける。

 何とも言えない気まずい沈黙があり、蝋燭の炎が静かに燃えていた。
 その沈黙を破ったのはシャーロットだった。震える声で話し始める。

「レインの言う通りです……命懸けで私たちを助けてくれた彼女の為に、一時休戦して助け合いましょう」

 3人は反省の色を各々見せていた。

「ノエルの主様、全てお話しましょう」

 シャーロットたちは互いの空白を埋めるように話を始めた。
 時折穏やかではない空気にもなったが、レインの一喝が効いたのか争いを始めようとはしなかった。


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