65 / 191
第3章 渇き
第64話 救いの手
しおりを挟む僕はガーネットとクロエ、シャーロットが自分を凝視していることに気づいていたが、何も言わなかった。
他の魔女が殺すのと、僕が殺すのは結果としては同じなのに、僕がやったほうがずっと恐ろしいものを見るような目で見られる。
何百人殺している魔女を恐れるのと、何百人殺している魔女一人殺すのは、意味が違うのだろうか。
殺しは殺しだ。
一も百も変わらない。一か、零かだ。
「ノエル、もうすぐ街の端だ」
街の外れまでなんとかやってくると、僕は頭がぼんやりしたままでクラクラしていた。
ガーネットの回復力が落ちてきたのか、魔力の使い過ぎで身体が痛い。
その痛みもガーネットは解ってくれていたはずだが、僕に特別言葉をかけてくることはなかった。
あまり僕の血液を与えるわけにはいかない。ガーネットの身体に毒になってしまう。現に城ではガーネットの目が血走ったり、牙の更なる鋭利化などの副作用が目立っていた。
必要以上に与え過ぎた。
今は血を欲しがるそぶりもなく、ただ黙って弟とご主人様を運んでくれている。
街はずれにきて、ここからどうやって町へ帰ろうかと僕はさえない頭で考えていた。
「どうやってここから移動する? まさか徒歩ではあるまい」
「何も考えてなかった……抜け出せるとも思ってなかったし」
「なっ……ノエル、死ぬ気だったのか!?」
「…………まぁ、そうかもね」
色々言いたいことがある様子だったが、気の抜けた僕に何も言おうとしなかった。
「なんだよ、逃げる算段考えてなかったのか?」
「うるさい。必死で闘っている間に帰りの手段なんて考えていられるか」
「悪かったよ、そんなに怒るなって。シャーロットがいるんだ、即興で馬を改造して――」
「駄目だ」
「じゃあどうするん――――」
生命を弄ぶような真似はできない……と考えていたときだった。後方から大きな爆発音が聞こえて一気に視界が明るくなる。
ドォオオオオオオオオオオオオオオン!!!
後方で爆発が起こる。
凄い熱量と爆風で、僕らの後ろから熱風が吹き抜けた。
再び空へ飛んでいった一線は雲を切り裂いて
「なに!?」
全員が振り返ると、街の一部が燃えていた。
何が起こったのか理解が及ばない内に、城から間髪入れずに高濃度の魔力のレーザーが四方八方に飛んでいるのが見えた。
「ゲルダ……街ごと全部吹き飛ばす気だな」
「ここにいるとマズイ。もう走るしかない。走れるか?」
身体が痛いし、なにより疲れているがそんなことを言っている場合ではなかった。
「走るよ」
僕は無差別に飛んでくるレーザーに対して魔術璧を構築した。
しかしそのレーザーの威力が凄まじく、一度それが魔術璧の端をかすめただけで粉々になってしまう。
街の人たちや魔女たちの悲鳴がそこかしこで聞こえてくるが、それも城から撃ってきているレーザーはおかまいなしだった。狙いがでたらめであったがために僕らは生きているだけに過ぎなかった。
「皆殺しにしてまで僕を殺したいのか……」
何重にも魔術璧を重ねて防ごうとしたが、一撃当たるたびに脆くも崩れ去って僕はその衝撃で後方に吹っ飛ばされた。
受け身は取れるが力が入らない。
――駄目だ……疲れ過ぎていてもうどうにもならない……
そう諦めかけたとき、街の外の遠くから白いものが近づいてきているのが見えた。
「ノエルー!!」
聞き覚えのある声だ。
物凄い速さで、あのときのキメラ馬とレインが目の前に現れた。
「レイン!?」
「乗って!」
僕は言われるがまま馬に乗った。ガーネットもご主人様とラブラドライトを乗せ、シャーロットとアビゲイルも乗る。
定員が過剰であったが、馬の負荷を今は考えている場合ではない。普通の馬よりも少し大きい馬であったことが幸いだった。
「俺は?」
「自分で走れ!」
クロエは馬に乗れなかった。
クロエが乗らなくとも明らかに定員を超えているが、馬はそれでも速度を緩めることなく街から急激に離れていく。
――もう少し、もう少しでご主人様の病が治る……
シャーロットがいる。
妹も助けられた。
後は治療してもらうだけだ。
その希望だけで、僕は全力で防御璧を構築してゲルダが打ってきている魔術を防いだ。
「全員捕まってろ……!」
何度も高エネルギーのレーザーを、全力の防御壁で何度も弾く。
遠ざかるほどにレーザーの威力が落ちてきたけれど、それでも疲弊している僕には防ぐのがやっとだった。
馬は瞬く間に街から遠ざかり、レーザーの届かないところへと連れて行ってくれた。
あっという間の出来事だった。
「ノエル、やりましたね。逃げ切りました!」
シャーロットは僕を後ろから抱きしめるようにし、嬉しそうに声を震わせて言った。よほど嬉しかったのだろう。
そんな生き生きしたシャーロットの声は初めてきいた。
「ノエルー! ノエルー!! 会いたかったよ!」
レインは僕の腕の中に納まり、嬉しそうに身体を摺り寄せてくる。
鋭い爪や鱗が刺さって痛かったけれど、僕はレインを力なく撫でた。
巻いている包帯がまたところどころほどけてしまっている上に、汚れていることに気づく。きっと必死になって僕を探してくれたのだろう。
「レイン、ありがとう……」
「馬鹿トカゲ……助かった。だがノエルにすり寄るな。鱗が痛い」
「お前は降りろよ! インケンやろう!」
僕は喧嘩する二人のやりとりを笑いながら聞いていた。
こんな風にふざけているのも、ほんの数日前の話なのに物凄く前に感じる。
僕らはご主人様の家の近くまでやってきて、馬から降りて生き延びた事を噛みしめた。
「はぁ……はぁ……おい、ノエル。流石に早すぎるだろその馬」
「貴様、レーザーに打たれて死んでいればよかったものを」
「ノエルのペットは黙ってろ」
「ガーネット……喧嘩してないで、ご主人様を降ろして」
ガーネットは不満そうな顔をしながらもご主人様を降ろしてくれた。
僕は気絶している彼の肩を担ぎ、扉を開ける。
そこには何も変わっていない彼の家があった。少し僕が出た時よりも散らかっている気がする。
見慣れたご主人様の家を見るとなんだかホッとした。
「ご主人様……もう少しです……」
ご主人様の身体に傷がないかどうか確かめていた。そこかしこに血がついている。
これはご主人様の血だろうか。
――僕は、何をしてしまったんだろう……ガーネットも僕をなんだか気遣う素振りだし……
僕はご主人様をなんとかベッドに横にした。
目を覚ましてほしかったが、しかしどう声をかけていいかも考えていなかった。
「みんなありがとう。少し休んで。ここはご主人様の家だから」
「あぁ」
流石にみんな本当に疲れているようで、余裕もないようだった。
僕はご主人様のベッドの横の、自分がいつも眠っている場所に腰を下ろした。
「レイン本当にありがとう。どうして場所解ったの?」
「ノエルが連れ去られたって町の人に聞いたの。それで一緒に行った街の匂いが残っていたから」
無邪気に羽ばたくレインが、本当に愛しくなった。
「レイン……本当にありがとう」
僕はレインを抱きしめた。
小さな包帯だらけの身体。強く抱きしめたら折れてしまいそう。
「ぼくもノエルが無事でよかった」
「うん……」
そのまま僕はパタリと倒れ込んだ。
意識が急激に遠のく。
ガーネットとクロエ、レインが僕の名前を呼ぶ声がする。
――ご主人様にも、名前を呼んでほしいな……
まだ、一度も呼ばれたことはない。
そして、彼の名前を呼んだこともない。
僕は、彼の名前を知らない…………。
そのまま僕は気絶した。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜
本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」
王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。
偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。
……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。
それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。
いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。
チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。
……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。
3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~
紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。
※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。
※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。
※なろうにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる