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第3章 渇き
第61話 氷の花
しおりを挟む何かが倒れている姿が見えた。それに、複数人の影が目に入る。何より血の匂いがした瞬間、背筋が凍りつく。
「あら、やっとおでましよ」
「ノエル……逃げなさい……」
完全に扉が開ききった後、僕はその光景に言葉を失った。
「無駄よ。逃がさないわ」
そこには僕が3歳のときに両親を殺したゲルダという魔女と、そのほかの大勢の魔女がその部屋にいた。
セージは床に倒れ、体中怪我だらけで床には血しぶきがとんでいる。
一番出血がひどいのは背中の部分だ。
翼をむしり取られた痕があり、そのむしり取られた翼は当然その辺りに転がっていた。
白い翼が血まみれになり真っ赤に染まっている。
「その手に持っているものはなに? ……氷の花? あなた本当に造形魔術が下手ね?」
ガシャンッ……
氷の花束を落とした。氷の花は粉々に砕ける。
僕は何も考えられずにセージに駆け寄った。周りの魔女なんて僕には見えていなかった。僕の目に映っているのは倒れているセージの姿だけだ。
「セージ……セージ……!!」
僕はセージの傷を氷で塞いだ。出血が酷かったが一時的にそれは収まった。
「逃げなさい……私に構わず……」
「セージ……ごめんなさい……」
「お前が悪い訳じゃない……」
そう言って僕の頭を撫でてくれた。溢れてきた涙がセージに落ちる。
「私こそ……ずっと拘束してすまなかった……な……」
「うっ……うぅ……」
僕が泣き始めると、周囲の魔女たちは笑い始めた。指をさして、お腹を抱えて、高笑いをしている。
その声を聞いていて、絶望的な悲しみがやがてとめどない怒りに変わった。
ゲルダを睨みつける僕の目からは、深紅の雫が流れ出す。
すると、周りの物がガタガタと震えて空中に浮き始め、その状態に気づいた魔女たちは笑うのをやめて警戒し始めた。
僕に向かって魔女たちは魔術式を展開したが、ロウソク立てが瞬時にその魔女へ飛んでいき、腕を串刺しにして魔術を阻止する。
他の魔女も僕を攻撃しようとするが、ことごとく周りの物が飛んでいきそれを妨害した。ドロドロとした黒い液体が僕の周りに生成され、ゴボゴボと音を立てて高温で沸騰している。
「ノエル……駄目だ……」
セージの言葉は聞こえず、ただ僕には魔女の悲鳴が聞こえていた。
ドロドロしたその黒いものが魔女にまとわりつくと、身体を融解させ、その溶けた身体を取り込み、よりその量が増えていく。
床に垂れたその液体は何もかもを溶かし尽くし、床も溶けてしまった。
ゲルダの容赦ない魔術が僕に浴びせられるが、そのどれもが僕に到達せずに黒いドロドロに吸収され、エネルギー変換でドロドロはさらに増えていった。
「くっ……やっぱり化け物ね……」
ゲルダに向かってその液体を仕向けるとゲルダは慌てて防御壁を構築したが、包み込むようにその液体が侵食し、黒い球ができあがる。
僕はゲルダから目を離し、周りの魔女全員の移動能力を奪った後で、ゆっくりとその魔女たち一人ひとりその液体で脚の方から飲み込んでいく。
「嫌……助けて……いやぁああああああああああ!!」
脚の方からゆっくりと、皮膚から筋肉、神経、骨をゆっくりと侵食していく。肉が変に焼けた匂いがすると、吐き始める魔女もいた。
ゲルダは徐々に防御壁を溶かされ、ジリジリとその球体は小さくなっていく。
「ごめんなさい……ごめんなさい、逆らえないのよ……殺さないで」
その声は僕には届かない。
懇願する魔女に向かって僕は容赦なく手を向けた。
辺りの金属が変異し、それが鋭利になって次々とその魔女の急所を外して突き刺さる。
「キャァアアアアアア――――」
叫び声をあげた口から、黒い液体を流し込むと魔女の口はドロドロになって溶けてやがて声を出せなくなった。
それもそうだ。
もう絶命しているのだから。
僕は残った魔女に声もかけず、次々と残酷な方法で殺していった。
そのときの僕の表情は無表情で目を見開き、血の涙を流し続けている。目はどこも見ていない。
「痛い……痛いわ……」
魔女の身体に手をかけて、鉄の刃を生成してゆっくりと皮膚をはぎ取っていった。
その度に絶叫が部屋に響く。
わき目もふらず、僕はただ意味もなく目の前の魔女の皮膚や肉を切り刻み、剥ぎ取り、むしり取ってく。
「殺して……もう殺して……もう……キャアあアアああアあアアああッ!」
ゲルダ以外の魔女を殺し終わって、黒い液体がそれらを飲み込むと魔女の遺体も血液も何もかもが呑み込まれて蒸発した。
嫌な匂いだけが残り、僕はゲルダの方にゆっくりと向き直ってその様子を確かめる。黒い液体に包まれてブクブクと泡を立てていた。
手を突き出して開いていた手を、握りつぶすように閉じて拳を作るとその黒いドロドロした液体は凝縮し始めた。
中から必死に抵抗しているゲルダの様子が手に取るように分かる。
「ノエル……私の話を……聞きなさい」
セージの声がぼんやりと聞こえてきて、僕はセージの方を見た。
そこでやっと、家の天井までもが崩れ去り、外の雪が部屋の中に降り注いでいることに気が付いた。
「セージ……?」
「ノエル、いけないよ……そんなふうに力を使っては……いけない」
「僕……何してたの……?」
「覚えて……いないのか?」
僕は何も覚えていなかった。
セージがそう言うと、僕はなんだかとんでもないことをしてしまったような気がした。
先ほどまでいた魔女たちはどこにもいない。
黒い液体がそこら中に飛び散っているのが見えた。
自分が何をしたのか解らなかったけれど、恐ろしいことをしてしまったと僕は怖くなる。
「……セージ……死なないで……」
怒りが悲しみに変わると、目から流れ出る液体が紅から透明なものに変わった。
「花を作ってくれたんだろう……? 嬉しいよ……」
セージは溶け続けている歪な氷の花を握りしめていた。握りしめていた部分が解け、その花は折れて粉々になって水になった。
水に血が混じり、赤くなっていく。
「僕が言いつけを守って家にいたら……! こんなことには……っ」
「いいんだ……私がお前をずっと閉じ込めてしまっていた……もっと外に出られる生活がそのうちできるように……なる……こんな残酷なことをしなくても済むように……な」
セージはそう言って涙を流す。
「ノエルには……こんなことしてほしくないんだ……こんな残酷なことはしてほしくない……傷つけるより、殺すよりも……解り合える方法を探すんだ……」
「セージ……っ、どうしたら……いいの……セージがいないと、僕……何もできないよ……もっと色々教えてくれないと、僕はまだ子供だから……」
僕が泣きながらそう言うと、セージは弱い笑顔を浮かべた。
「お前は……もう立派な大人だ……」
そう言って笑顔のままセージは目を閉じた。
僕はセージの身体の傷の状態や、心拍などを確認していて、心臓の鼓動がどんどん小さくなっていくのを感じた。
「セージ……?」
セージの上に雪が降り積もっていたのを払いながら、冷たいセージを細い腕で必死に抱き上げた。
「セージ、目を開けてよ……セージ……」
もう二度と、セージは目を開けなかった。
死がセージを迎えに来たのだということを、僕は受け入れられなくてセージの身体をゆすり続けた。
涙がとめどなく流れてくる。
冷たい雪と僕の涙が混じる。
「お別れは済んだかしら?」
僕は後ろから頭部を殴られて、気を失った。
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