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第3章 渇き
第60話 冬に咲く花
しおりを挟む【4年前】
その日は、特別な日だった。
セージはいつも難しい本を一日中読んで過ごしている。
僕も同じようにずっと本を読んで生活していた。異界の言葉で書かれている本も、セージに教えてもらって少し読めるようになってきた。
それでも異界の言葉は複雑で難しく、なかなか覚えられない。
そんな生活ばかりに耐えていたが、僕はその日はどうしても外に出たいと思っていた。
「ねぇセージ、今日は外に出てもいい?」
「近頃は外に出たいと言わなかったのに、どうしたんだ」
「別に……ちょっと外に出たいだけ」
本当は、本ばかり読んでいるセージにもっと外の世界を直に見てほしいと思っていた。
魔女に狙われているのは理解していたし、僕も不要な外出は避けていたが、その分の鬱憤《うっぷん》はたまる一方だ。
「以前、大きな音がしたのを慌てて見に行ったときにあの小僧を見つけてきただろう。あの一件で懲りたと思っていたが?」
「……僕はあの時から成長したし、子供じゃないんだからその話はしないでよ」
「外に出る必要はない。資材もそろっているし、食料も今は心配ない」
「そうじゃなくて……」
「ノエル」
セージは読んでいる本をパタリと閉じた。
そしていつになく真面目な表情でこちらを見つめてくる。
「外は危ない。お前は出る必要はないんだ。何度も言わせないでくれ」
その投げやりなセージの態度に、僕は日ごろの鬱憤が爆発したのも無理はない。
「少し外に出るだけだよ! セージはどうしていつもそうなの!?」
「お前はまだ子供だ。私の言っていることが今は解らなくても、いずれ解る。あれだけ本を読んでいるなら、解るだろう。魔女除けを張っている家の中以外は危険だ」
「僕だってもう魔女除けを張れるよ! 子供じゃない!」
「ふふ、そうか? 未だに兎一匹を捌《さば》くのも躊躇《ためら》っているのにか?」
「そ、それは……」
「お前の魔女除けはまだまだだ。もっと精進してからにしなさい」
「……もう、いい。セージの許可なんかいらない!」
僕は家から慌てて飛び出した。
後ろから僕を呼ぶ声が聞こえたが、僕は無理に飛び出してしまった。
そんな僕を追いかけるでもなく、セージはため息を吐きながら窓の外を見た。
外は雪が降りだしている。その曇った白い外に、逃げるように走っている僕の赤い髪が揺れているのをセージは見つめた。
「まったく……困った。…………過保護にしすぎだろうか」
セージは小さくつぶやいた。
◆◆◆
沢山の本を読んできたけれど、僕は外の世界のことは何も解らなかった。
花の絵を見ても香りは解らず、食べ物の写真を見ても味は解らず、風景を見ても温度は解らない。
僕は外の世界にずっと憧れていた。
安全だとはいえ、ずっと隔離されていても生きている心地がしなかった。
雪が降ってきて、外はシン……と冷え込んだ。僕の肌に雪が落ちると、それは解けて水になって流れ落ちる。
僕が読んだ本の中で『誕生日』というのを祝う風習が過去にあったという記述を見た。
暦《こよみ》という概念がほとんどない今はそんなものはないけれど、僕がセージに拾われたときのことは覚えている。
雪が降っているのに、周りは火の海で熱く、雪も一瞬で蒸発していった。
日の長さや高さ、夜の長さで時期は解る。
僕はそれを計算し、今日が僕がセージに拾われてから丁度15年という節目の日であった。
だから今日、セージに何かあげたいと僕は考えていた。
誕生日には何か贈り物を相手にして祝うらしい。
――なのに、セージはいつもと同じで全然外に出してくれない……
僕は冬に咲く花を本で読んで知っていた。
その花はこの辺りに咲く花で、雪のように白い花。
小さな花びらは雪の結晶のように美しく、月明かりが反射するとそれはもう輝いて見えて美しいそうだ。香りもよく、甘美な香りがするらしい。
僕はその花を探していた。
しかし、その花は見つからず時間ばかりが悪戯《いたずら》に過ぎていく。
花を探している最中、僕はどうやってセージに謝ろうかと考えていた。
――僕はセージの本を破いたときも結局謝れなかったっけ……
今日はセージにきちんと謝ろう。
育ててくれた恩を感じていた僕は、せめてセージに喜んでもらいたかった。
雪が積もり始め、その白い花を見つけるのは時間と共に困難になっていった。もう日が暮れ始めた頃、僕は諦めて帰ろうかと雪の中に自分の身体を投げた。
――あぁ、何もあげられなかったな……帰ってセージに謝ろう……
その代わり、僕は自分の魔術で氷の花束を作った。
それがあまりうまくいかず、まるで子供が作ったような酷い出来栄えになってしまう。
僕はやはり造形魔術は向いていない。無理やりに氷の花びらを作って、それを花にしようとしてもうまくくっつかない。
――溶けてなくなってしまうけれど、花の命をいたずらに摘んでしまうより、いいのかな……
僕は前向きにそう考えた。
破壊する魔術ばかり上達して、セージはあまり嬉しそうじゃなかった。
僕が魔術を使うこと自体、セージは良い顔をしない。
セージは翼人なのに、まるで人間のような生活をしている。僕も同じように生活していた。
火をおこすのにも一苦労だし、食べ物をとるのも、水をくむのも。水なんて大気中の水分を魔術で操れば簡単に生成できるのに、あえて大変な方法をとって生活している。
僕も花を探すのに雪を全部溶かしてしまえば簡単だったかもしれない。
セージは「苦労して手に入れるから意味がある」と言っていたが、僕にはその感覚は良く解らなかった。
――はぁ……寒いな……
セージの家に着くころにはすっかり暗くなってしまっていた。家にはもう光がついている。
僕は怒られる覚悟を胸に、家の扉を開いた。
扉をあけると美味しそうな料理の匂いがして僕は安堵する。奥から物音がするのが聞こえた。
「セージ……」
言い訳を一つ一つ考えながらも、僕は一歩ずつ部屋の奥へと歩く。それからゆっくり扉に手をかけて開こうと引き始める。
「セージ、あのね……僕――――」
扉を開けている途中、僕は異常を感じ取った。
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