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第3章 渇き
第59話 制約の解き方
しおりを挟む【ゲルダとノエルのいる部屋】
「長い話はできない。手短に言う」
僕は余談ならない状況で、クロエの話を聞くしかなった。少しでも抵抗したら僕はすぐさま殺される。
「お前がゲルダを殺すんだ」
「何?」
「俺はお前と一緒に行く」
僕は絶句してクロエの方を横目で見つめた。クロエはこんな状況なのにも関わらず、僕の身体に触れてくる。
僕が咄嗟にはねのけようとしたが、それを手で押さえ、後ろから抱きかかえるように腕を回された。
「何の真似だ……こんなときに」
「お前は俺を誤解している。今は時間がない。俺が連れ出してやる」
「……?」
クロエは僕を抱えたまま、僕があけた穴に入ろうとすると、それ以上クロエは進めなくなった。
いつの間にか植物がその隙間を覆っている。
「何してる……?」
僕は暴れている龍の相手をするので精いっぱいで、後ろの状況を詳しく確認することは出来なかった。
脚の怪我はもう治っていた。
治りが早い状態が持続している。
「出られないわよ」
激しい音の中に、ゲルダの声がかすかに聞こえた。
「クロエ、本当に悪い子ね」
「しまっ……」
クロエは植物に絡めとられて僕から離れた。
「ノエル!」
クロエに気を取られた一瞬の隙にまた僕は身体を銀の鋭い針で何か所も貫かれ、後ろの壁に縫い付けられた。
腕と、腹部、脚に何本も針が刺さる。
――痛い……
針を見るとまっすぐな針ではなく、薔薇のような返しの棘がついている。これではすぐには抜くことはできない。
「あぁっ……」
「ノエルッ……クソッ……抜けられない」
クロエが雷で植物を焼ききろうとするが、その植物には電流が伝わらず、クロエはなす術がない。
「……もうあなたはいらないわ。クロエ」
「はっ……俺がいないと魔女が絶滅に近づくぞ……」
「馬鹿なクロエ……あなたの精子を沢山保存してあるの。あなた本人がいなくてもいいのよ」
僕は龍に身体を掴まれ、縫い付けてある針から無理やりむしり取られた。僕の肉が針に引っ掛かり千切られる。
「あぁああああああああああああっ……!!」
「あなたの叫び声、聞くの久しぶりだわ」
身体の傷はまた瞬く間に塞がった。
「便利ね、それ。また実験したいけど……もう時間が無いの。すぐにでも翼をむしり取って殺すわ。翼を出しなさい」
僕は法衣をむしり取られ、背中の翼の模様の部分を龍はガリガリと爪でひっかいた。
模様になっているとはいえ、その部分を傷つけられると針で貫かれるよりも激痛が走る。
「あぁあああぁあぁああぁあああ……ッ!!!」
「ほら、早くしないと」
ガリガリと僕の身体をひっかく龍を、霞む視界で見ると僕に向かって憎しみの限りを向けていた。
――魔女なんて、大嫌いだよね。僕も、嫌いだよ……
僕は激痛の中、涙が出てきた。
それは痛みのせいなのか、なんとも言えない苦しみからくる反応だったのか、僕には解らない。
ゲルダに聞こえないように龍に向かって小声で言った。
異界の言葉は少ししか解らないけれど、彼らの言葉で
「(白い……子供……龍……生きている……自分……守る)」
そう言うと、その赤い龍のその黄色い目から雫が落ちた。
泣いているようだった。
龍は涙を流すことがあるのかと。それに、そんなに苦しい想いをしていることが僕にはわかった。
「(レイン……匂い……解った)」
――あぁ、だから僕らの匂いを嗅いでたのか……
僕はその無念さが解った。
赤い龍はギリギリと身体をよじり、僕を掴んでいる手を放した。
「何をしているの!?」
「ガァアアアアアアッ!!!」
赤い龍はゲルダに向かって鋭い爪を振るった。
ゲルダは剣山を生成し、その龍の爪を防ごうとするが、龍の鱗の方が固くゲルダを吹き飛ばした。
龍の身体の硬い鱗は裂け、血が噴き出しているのが見える。
――制約に背いた代償は……命……
龍は苦しそうに血を吐きながらも、それでもゲルダに向かって行こうとする。
「やめろ! 死んでしまう!!」
「もう手遅れよ」
水大量の水と冷気がその赤い龍を襲った。
血液が凍り、龍を水が包み込む。
僕が風の術式でその水を払い、炎を生成する。僕はなんとか龍を助けようとするが、制約を解除する方法が解らない。
「この期に及んで龍の心配? どうしちゃったのノエル? あなたは何十もの魔女をその力で残虐に殺戮したのを覚えていないの?」
「うるさい!!」
部屋の四方をぶち抜き、どこからでも逃げられるようにする。
「クロエ! 制約の解き方を教えろ!」
「そんなの……」
「早くしろ!!」
僕はゲルダから龍を守るが、その間も龍は出血し、苦しみ、うめき声をあげて血を吐いている。
「早く……! 龍が……死んでしまう!!」
また涙が出てきた。
どうして僕は初めて会った龍の為に泣いているのだろうか。訳が分からずとも涙は出てくる。
涙で視界が歪んで、また僕はゲルダの針を見逃した。その針が僕の頭に向かってまっすぐ飛んでくる。
それに気づいたときはもう遅かった。防御が間に合わない。
すると、その針がガキン! と音を立てて弾き飛ばされた。
「やっぱり、あたしがいないとダメね」
僕が涙を拭いながらその声のする方向を見ると、リサがいた。
ズルズルと大きな蛇の身体を引きずりながら現れる。
「どうして……」
「未練……かしらね」
ゲルダは容赦なく針をリサに向かって飛ばした。その針をリサは全て弾き飛ばした。反射神経が鋭敏で目がギラギラとしている。
口元に血液が付着している。
リサの身体がバキバキと変形し始め、蛇の鱗が龍の鱗のようになり硬化した。
「リサ……」
「あたしがゲルダを止めている間、逃げなさい」
「でも龍を制約から逃がしてあげないと……」
涙はまだ枯れない。僕の目からポロポロと零れる涙を、リサは鋭い爪が硬化した指ですくい、それを舐めた。
「制約を解くには、制約をかけた魔女の血が必要よ」
「……解った」
僕がゲルダを殺す気で刃の魔術を使用すると、ゲルダは龍を盾に使った。僕は慌ててその刃の軌道を逸らすが、それでも少しかすめてしまう。
「てめぇっ……!」
「あらあら、随分乱暴な口調で話すのね」
赤い龍はもう動けないようで、そこかしこに血を飛び散らせながら荒く息をしている。
それを見ると僕は涙が溢れだしてくる。
その悲しみはやがて怒りに感情が変貌していく。
「何を泣いているの? あなたは何度も大量殺戮をしたのよ。そんな残忍な魔女が何をいまさら。私と同じ穴の貉よ」
「僕はそんなことしていない!」
「健忘ね。あなたが覚えていないだけで、事実が変わることはないわ」
――過去―――――――――――――――――――――
「嫌……助けて……いやぁああああああああああ!!」
「ごめんなさい……ごめんなさい、逆らえないのよ……殺さないで」
「痛い……痛いわ……」
「殺して……もう殺して……もう……きゃあああああああッ!」
――現在―――――――――――――――――――――
「してないって言ってるだろ!!」
「ノエル、落ち着いて!」
爆炎が氷の壁を一瞬で蒸発させ、その蒸発させた蒸気が一瞬で氷の刃となって降り注ぎ、土の壁が氷を防ぎ、土から植物が伸びてきたのをまた爆炎が焼き払う。
床から針が次々と突き出してきて飛んでくるのを、空気の刃で薙ぎ払う。
「リサ、龍を避難させて!」
「今更何かを救ったところで、あなたが殺した数には届かないわ!」
「黙れ!! 非人道的な実験をしてシャーロットの妹を化け物にしただろう!?」
「あはははは、あなたが殺したそれぞれに家族がいたのよ? その家族と会わせてあげましょうか? あははははははは! 私とあなたは同じなのよ」
「違う!」
僕らが派手に暴れたせいで、そこら中で崩壊が起きている。
感情が怒りに支配されて正確な制御を失い、破壊が進む。僕は身体がまた痛み出した。疲労感で息が荒くなってくる。
「ほらほら、どうしたの? あぁ、そう言えばあなた、白い龍を見なかった?」
「知るかそんなこと!」
「その白い龍は貴重な龍だったのよ。鱗を一枚一枚剥がしたときのあの鳴き声、聞かせてあげたかったわ。ちょうどこんな感じの声だったかしら」
ゲルダは赤い龍の身体を切り裂いた。
血液が噴き出るのと同時に龍の叫び声がこだまする。
僕はこれ以上ないくらい目を見開いていた。
ブツリ……
自分の中で、何かが切れるような音がしたような気がした。
僕の赤い目から赤い涙が溢れだす。
すると、辺りの瓦礫がガタガタと揺れ始め、浮き始めた。
「あら……まずいことしちゃったかしら」
ゲルダがそうつぶやいた後、僕の意識はそこで途絶えた。
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