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第3章 渇き
第58話 死が二人を別つまで
しおりを挟む神話のような物語の中では、龍という生き物は炎を吐くらしい。
僕はそんなこと信じられないでいた。
口の中の粘膜が人間と同じたんぱく質だとしたら、その熱でたんぱく質は変性してしまう。
口から毒を飛ばす爬虫類がいることは知っているが、仮に可燃性の何かを高速で吐きながら、歯かなにかが火付け役になっているとしても、やはり耐えられる構造でなければ口内を火傷してしまうだろう。
ボンバルディア・ビートルという名前の昆虫は、腹部に二種類の化学物質を蓄積することができ、脅威を感じるとそれを噴射するらしい。
噴射されるときは百度を子終える高温のガスになり、身の危険をそれで守ると言われている。
そうだ、龍は口から火を吐いたりしない。
しかしそれは物理的な話であって、魔術的な話ではない。
僕はキャンゼルが自分の折れた脚の骨を再現している間、何層もの壁を作り上げていた。キャンゼルが再現するのに必要だった時間は2秒。
それでも防御壁はいくら作っても足りない程であった。龍は爆炎からゲルダとクロエを翼を広げて守った。
守りながらも龍は攻撃へ転じ、鋭い爪と強力な力で、防御壁を破壊する。
「扉を開けて、行け!」
キャンゼルは扉までたどり着き、僕の方を振り返った。
「ノーラ!」
「早く行け!」
キャンゼルは不安げに僕の方を見つめ、そして部屋から脱出した。
僕はそれを確認して、自分の退路を確かめる。
確かめた後に、龍が暴れて部屋の扉を叩き壊してしまった。
――まずい……
僕はこんな状況なのに思わず笑ってしまった。
ここしばらく、マズイことにしかなってない。
いつも予想外の出来事ばかり。
もう少しいい立ち回りができたら良かったのだろうか。
久々にゲルダと対面した。その顔を見ると、嫌でも色々なことを思い出す。
――キャンゼルを助けに戻ったのは間違いだったか……
僕は後ろの壁を魔術でこじ開けた。
城が崩れようと僕には関係ない。
――でもリサは?
生き埋めになってしまうかもしれない。
いや、リサなら自分で出てくる気にになれば出てこられるはず。
――こんなときでも他人の心配してる……
僕は激しく攻防が続く中、こじ開けた穴から出ようとした。視線を穴に一瞬向けたのが、僕の間違いだった。
鋭い針が飛んできて、僕の脚を貫いた。
「あぁっ……!」
僕は崩れて膝をついた。
それがまた間違いだった。
自分の怪我で気を取られている内に、僕は首を腕で後ろから締め上げられる形になる。
僕を後ろから締め上げているのはクロエだ。
「放せっ……!」
「しっ。ノエル、そのまま防御壁を作り続けろ。話がある」
◆◆◆
【ガーネット一行】
ガーネットたちは先に城の外に出ることに成功していた。
キャンゼルを助けたらすぐに合流するという話だったが、ノエルはなかなか戻ってこない。シャーロットにノエルの主、ラブラドライト、アビゲイルを抱えているガーネットは同行できなかった。
離れたら誰も守る者がいなくなってしまう。
「なんで一人で行かせたんだ!?」
「……少しは自分で考えろ」
ガーネットは心底嫌そうに答えた。
「なんであんなか細い女一人に行かせたんだ!」
偉そうに言うノエルの主に対し、ガーネットは限界にきていた苛立ちが爆発する。
胸ぐらを掴み上げ、城の外壁にノエルの主を打ち付けた。
茂みに隠れているとはいえ新緑の色に彼らの金髪や銀髪は目立ってしまう。
「貴様は何様なのだ? ご主人様か? 私たちの中で一番無力なのは貴様だ。貴様がノエルの奴隷ならどれほど納得がいくか解らない。何の役にも立たない上に、脚を引っ張る真似までするなど、ノエルに命を受けていなければ切り裂いて殺しているところだ」
「ガーネット、落ち着いてください」
シャーロットが小声でガーネットを止めようとする。しかし両者とも口火を切って罵り合いを始めてしまう。
「てめぇ、あいつに恩があるとか言ってたな? なんであいつと契約したんだよ。てめぇは飛行船の中で『助けられた』って言ってたよな? てめぇはあいつのお情けで生きてるだけだろうが。大して役に立たねぇ下級魔族が」
「貴様……! ……ノエルは貴様を選ばない。貴様を見限り、私と生き続ける。死が二人を別つまでな」
「あいつは俺が死んだら後を追うって言ってんだろ」
「本当にそう言えるか? ノエルの甘さをずっと見てきたが、あいつは他人の命が関わればお前を見失い他の命を助けようとする。今もそうだ。だから貴様よりも私を選ぶだろう」
「お前なんか選ばない」
笑っていたノエルの主の表情は、真剣な表情に変わっていった。
ガーネットはそれに気づかないわけがない。ガーネットはノエルの主から手を放した。
「現実を受け入れろ」
「お前こそ死んだ弟をいつまでも人形みてぇに持ち歩くな」
ガーネットは流石にカッとなり、ノエルの主を殴ろうと腕を振り上げた。しかしその直後にガーネットの脚に痛みが走り、出血した。
何かに貫かれたような痛み。
ノエルの身に何かあった証拠だ。
「ノエルが危ない……」
ガーネットがそうつぶやくと、ノエルの主は血の気が引いたような顔をする。
「俺が行く。ここに居ろ」
「馬鹿を言うな。貴様は役に立たん」
「お前よりは役に立つ」
ノエルの主はガーネットが制止するのを振り切り、城の中へと戻って行った。
「チッ……これだから愚かな生き物は嫌いなのだ……ここで待っていろ。一歩も動くな」
シャーロットにそう命じてガーネットはノエルの主を追いかけた。
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