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第3章 渇き
第52話 青い目の吸血鬼
しおりを挟むさすがにそれは可哀想だと僕は思った。
このままここでそのままにしてしまっていいのか考えてしまう。
「…………」
リサは僕を欲しいがために吸血鬼を傷つけ、殺そうとした。恐ろしい嫉妬と憤怒の魔女だ。
それを許すことは難しい。
結果として僕はガーネットの弟と子供を作る実験は免れた。しかし結果としてラブラドライトは死んでしまった。
それが許されるかどうかといえば、許されない。
しかし、実際に殺したのはロゼッタだ。リサじゃない。
そう複雑に考えている内に、僕は気になるものを見つけた。
金色の綺麗な髪がやけに目につく。
それはやけに見覚えのあるものだった。
顔は縫い痕や変色で元の顔と大分異なっているが、それを見た時に僕はヒヤッとした。首のところは外科的な治療で丁寧に縫われている。
唇をめくろうと触ると冷たい感触がして、少し硬いと感じた。唇の下には鋭い牙がならんでいた。
「この吸血鬼は?」
「あぁ、それは貴重な吸血鬼なの。死んじゃったから廃棄予定だったけど、私のしもべにしたわ」
「しもべ?」
「ええ」
アナベルが魔術式を発動させると、吸血鬼はその武骨な台から上半身を起こし、目を開いた。
勘違いであってくれと願ったが、その吸血鬼の美しい青い色をみればそれはもう確信に変わった。
――この吸血鬼の死体……ガーネットの弟の……
「珍しいのよ。青い目の吸血鬼」
まるで操られている姿は生きているように滑らかに動いた。しかし瞬きもしなければ、どこを見ているかどうかも解らない。
「あー……この吸血鬼は僕がもらっていく」
「え? なんでよ!? あたしのお気に入りよ?」
「だから、その……えーと……――」
ガシャン!
ドンドン!!
部屋の外が何やら騒がしくなって僕とアナベルは扉の方へ急いだ。
物凄く嫌な予感がした。
◆◆◆
【アビゲイルがいる部屋】
ノエルがアナベルと共に別の部屋に消えてから、シャーロットは泣きながら狼狽していた。
一方妹の方は悲しそうな顔をして、その肉塊をゆっくりと動かして姉のシャーロットに近づいていった。
何本も何本もある腕がシャーロットに触れようと手を伸ばす。
「お姉ちゃん……ごめんなさい………」
「そんな……こんなのって……ひどすぎるわ……」
シャーロットがしゃがみ込んで嘔吐し始めたのは、流石にガーネットも見るに堪えなかった。
「お姉ちゃん、泣かないで?」
自分も泣いているのに、アビゲイルはシャーロットを慰め続けた。
よほど妹の方がしっかりしているように見える。
「時間がないんだ、すぐにやれ。ノエルとあのアホの魔女が時間稼ぎをしているのもいつまで持つかわからない」
ガーネットに急かされてシャーロットはアビゲイルの身体の様子を見た。
泣きながら歪んだ視界で自分の妹と肉の塊の境目を懸命に探す。
「どこがアビゲイルの細胞なのか解らない……無理です……」
「ここで妹が死ぬのと、多少乱暴にでも助かるのだったらどっちがいいのだ。このまま放っておいたら間違いなく、この魔女の意識は肉塊に捕えられて失われてしまう」
ガーネットがそう言うと、アビゲイルは恐怖に顔を引きつらせ、姉に縋(すが)った。
ずっと怖い想いをしながらも耐えてきたのだろう。その感情が堰を切ったようにあふれ出す。
「うっぅ……お姉ちゃん……助けて…………」
アビゲイルにそう言われ、シャーロットは涙を袖で拭い、アビゲイルの状態を魔術式を構築して確認し始めた。
ひどく残酷な光景だが、ガーネットとノエルの主は黙ってそれを見ていた。
「うっ……っ…………解りました。やってみます」
シャーロットは精密な魔術式を展開し、その肉塊から少しずつアビゲイルを分離し始めた。
アビゲイルの上半身は胸の上まで肉塊の中に埋まってしまっていたが、徐々に身体が肉塊から分離を始め、彼女の華奢で幼い身体が肉塊から出てきているようだった。
足や手がゆっくりと分離し始める。
「いいぞ、その調子だ」
泣きながらそれでも着実に分離をしていった。
施し始めてから数分経ち、もうほぼ分離が済んでいたが、胸の部分――――つまり、心臓の部分はまだ分離できていない。
他の部位とは異なり、物凄く複雑に融合してしまっているようだった。
心臓部分の分離を始めた時、アビゲイルに変化があった。
「おねえ……ちゃん……なん、か……変……あっ……あぁああ…………!」
アビゲイルと同化している肉塊の手足の方が不気味に動き出し、アビゲイルの頭を沢山の手が掴み、内側へと引き込んでいこうとしていた。
「なんだ……!? まずい、引き込まれるぞ!」
肉塊の部分がジタバタと暴れ始め、机やその上に置いてあった怪しげな機材などがなぎ倒されて床に叩きつけられた。
ガーネットは抵抗される間もなくノエルの主を抱え、暴れまわっている肉塊に押しつぶされないように逃げる。
「何事だ!?」
そこにノエルが現れた。
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