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第3章 渇き
第48話 クロエの秘密2
しおりを挟む【少女と老人の会話】
「セージ、あの男の子ゲルダのところの魔女だよ。解ってるでしょう。相当魔力も強いし危険だよ」
「まだ子供だ。それに、男の魔女がどんな扱いを受けるのか……私は知っている」
「そんなことどうでもいいよ。ゲルダにばれたら僕らは殺される」
「ノエル、いけないよ。危険分子だからって排除するなんて」
「セージ……セージだって人間じゃなくて翼人だってバレたら殺されちゃう!」
「大丈夫。翼は隠してある」
「でも……」
「ノエル、いいかい。簡単に殺すなんて決断をしてはいけない。存在そのものが罪だなんてことはあり得ない。ノエルだって同じ立場なんだから解るだろう?」
「…………うん」
「いい子だ。しかし、万が一があったらいけない。名前は名乗ってはいけないよ」
「解った」
◆◆◆
それから数日経ったが、少女は相変わらず俺に冷たかった。
俺が近づくと露骨に距離を取ろうとするし、話しかけてもそっけない返事しか返ってこない。
「なぁ……セージ。僕嫌われてるのかな」
「はっはっは、彼女は気難しいだけだ。最近は年頃なのか私にも扱いが難しい」
「……あんなに冷たくする女は、僕は初めてだよ」
「…………城でどんな扱いを受けているか、推測はできる。つらい目に遭っただろう」
「アレは何なんだ? 僕にはどうしてあんなことをするのか解らないし……それに、気持ちが悪い」
「そうだな……」
セージは難しい表情をして、少し考えこんだ。
「君は子供がどうやってできるか知っているか?」
「子供? いや、知らない」
「君がしている行為……いや、させられている行為は、子供を作るための行為だ」
「子供を……作る?」
「そうだ。男女というのは一対になって初めて子供ができる。女だけでは子供は出来ないんだ。だから男が必要になる。だから魔女たちに君は必要とされている。いずれ魔女たちは君を連れ戻しに来るだろう」
その言葉を聞いて、俺は言葉を失って冷や汗が出てきた。
また呼吸が早くなる。
「はぁはぁはぁはぁ……!」
「落ち着きなさい」
紙袋を俺の口に当てて、ゆっくりと呼吸をするように言われ、ゆっくりと呼吸をしてその息苦しさは収まった。
それでも俺はそのときのことは忘れられない。
内臓の奥の方から手が生えてきて、自分の内臓をぐちゃぐちゃにかき混ぜられているような感覚だった。
「無理するな。ここにはそんな魔女はいない。彼女は君をそんな風に扱ったりしないし、もう無理にそんなことをする必要はない。本当なら、好きになった相手と自然とそういう行為をするものだ」
「俺はもう誰ともあんなことしたくない」
「まぁ……いずれそうなればわかることだ」
セージの言葉で俺は落ち着いた。しかし夜眠るときにうなされたり、他の魔女が俺を捕まえにくるという恐怖心で眠れない状態が続いた。
ある日俺が眠れずにいるところに少女が現れた。俺のベッドの横に積まれていた本を手に取って目で追っている。
彼女が本から視線を外した後、俺と目が合う。
「なんだ、まだ起きてたの」
「お前もだろ……」
「僕はまだすることがあるからいいの。早く寝て」
相変わらず素っ気ない態度だったが、逆に俺はその態度にホッとした。
俺に優しくしない、俺を求めてこない女はホッとする。
そのとき、俺は初めて『その感覚』に襲われた。
少女の薄い身体から見える白い綺麗な肌、他の魔女の思い出される日焼けした名残のシミが残る汚い肌ではない。
傍にいてもわざとらしいキツイ甘い香りはせずに、石鹸の香りがわずかにするだけ。
顔もキツイ化粧をしているわけではない素の顔。
たるんでいない細い身体。
少女が遠ざかろうとすると、俺は咄嗟に彼女の腕を掴んだ。
「な、何?」
「あ……いや……」
やけに握った手が熱い。
「離してよ。痛い」
乱暴に彼女が手を振り払い、足早に俺の部屋から出て行った。
俺は自分のその感覚が解らなかった。解らなかったが、やけに身体が熱い。
アレがやけに熱い。自分の感覚が解らないまま、それでも頭に他の魔女たちにされた行為がよぎるとソレは漸く収まった。
俺はその日の夜は眠れなかった。
◆◆◆
それから俺は彼女を見かける度に目で追ってしまうようになった。
しかし、話しかけようとしても何を話しかけたらいいか解らなかった。今までは悪態をつくこともできたが、今はそうもできない。
「セージ、僕……セージの言ったことが解ったような気がする」
「私の言ったこと? 何のことだろう?」
「その……好きな人とするものだってこと」
「そうか…………待て、まさか彼女のことを?」
「そうなんだ、僕、彼女とならしたいって気持ちが――――」
バンッ!
セージが急に机をたたいて立ち上がった。
いつも穏やかなセージが急にすごい剣幕で立ち上がったのを見て、俺は不意をつかれて呆気にとられた。
「駄目だ!!」
今まで聞いたこともないような声量で、セージがそう言った。
驚いて俺は身体をビクリと硬直させる。
「…………あぁ、すまない。しかし、それは駄目だ」
「……どうして?」
「子供がすることではないからだ! 彼女には早すぎる。それにお前のような――――」
「セージ? どうしたの?」
そこに彼女が心配そうに現れた。それを見て、俺はドキリとする。柱の陰から少し体を乗り出しながら不安げに俺たちを見ていた。
長い赤い髪が肩からスルリと滑り落ちるところや、彼女の着ている服から見える白い肌がやけに艶めかしいことなどに俺は目が釘付けになった。
「なんでもない。すまないな。大したことじゃない」
「でもセージが大きい声を出すなんて……」
「本当に何でもないんだ。もう話も終わった。そうだな?」
セージは俺の方をきつく睨み、ゆっくりと彼女の方へと歩いていった。
◆◆◆
俺は不意に「ノエル」という名前を思い出した。
彼女の名前を知らない俺は、それを確かめずにはいられなかった。
「なぁ、名前を教えてほしい」
「嫌だ」
頑なにそう言う彼女に、俺は意地悪心が働いた。
「…………ノエルって名前、知ってるか?」
彼女は黙って俺の方を見つめた。
「いや、知らない」
「城の魔女がノエルっていうのを捕まえようと躍起になってるんだ。もしかしてお前のことじゃないのか?」
「僕だったら、お前はどうするの?」
そう切り替えされて、俺は言葉に詰まった。
ゲルダの怒りに歪んだ顔を思い出すと、彼女がもしノエルなら彼女は殺されてしまうのではないかと考えた。
――嫌だ
「別に、どうもしない」
「……何故?」
「僕にはノエルなんてどうでもいい。他の魔女は探していたけれど」
「…………僕はノエルじゃない」
「じゃあ名前は?」
「……しつこいと嫌われるよ……いや、最初から嫌いだけど」
やはり彼女は名前を教えてはくれなかった。
しかし、彼女がノエルではないと答えてくれたことだけは嬉しかった。いつか城に戻ることになっても、彼女を連れて帰ろう。
セージも一緒に。
それがどれだけ甘い考えだったのか、俺は後に知ることになる。
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