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第3章 渇き
第45話 恐怖の目
しおりを挟む「早くなさい! ゲルダ様に殺されるわよ!!」
「レティ……めちゃくちゃ言わないでよ。ゲルダに殺されるか、今ここでノエルに殺されるかの違いしかないじゃない」
「口論している場合ではないわ!」
「もう魔術式を使えないあなたに何ができるの!?」
僕はその言い争いの中考えていた。
僕がここから出たことが知れたら、シャーロットの妹がどこにいるのか解らないが、シャーロットが寝返ったと知られれば妹とやらも危ないだろう。
「ノエル、今全員仕留めておくべきだ」
ガーネットが小声で僕に耳打ちする。
確かにそうするのが一番だと僕は理解している。それでも僕は『殺す』という行為はしたくない。
セージが僕に教えてくれた。僕は破壊するだけの存在ではないということを。
その生き方は、そう簡単に変えることができない。
「あぁ、解っているけど……」
「何を迷っているんだ」
「……普通、殺すって行為は躊躇われるべき行為なんだよ」
「いまさら何を言っているんだ!? 何人も手にかけてきただろう。さっきも」
「それでも殺しを好んだことは一度だってない」
僕がガーネットとそう言い合っている内にフルーレティは完全にしびれを切らしていた。
「シャーロット! あなたも妹がどうなってもいいの!!?」
シャーロットはビクリと身体を震わせて、僕の服の裾をギュッと握った。
「こんなことをしたら、妹は確実に殺されるわよ。ノエルに助けてもらおうと思っているの? そんなことできないわ。ここは魔女の総本山よ。いくら化け物でもそんなことできるわけない」
両腕がない状態にも関わらず、フルーレティは雄弁にシャーロットを説得しようとする。
シャーロットも迷っているようで、右往左往としていた。
「その外道はゲルダ様に殺されるのよ……あたしたちから逃げられない!」
そう激しく言うフルーレティに気を取られていたが、一人の魔女が僕らに向かって魔術式を展開した。
一瞬の出来事で、その炎に僕は反応が遅れた。
――しまった……!
その炎は僕ら全員を飲み込むように、部屋の半分を焼き尽くす勢いだ。
咄嗟のことだったがガーネットが瞬時に反応し、僕らを抱えて半ば突飛ばすかのように炎を回避する。勢いよく硬い大理石に身体を打ち付ける形になり、鈍いけれど強い痛みを感じる。
回避し損ねた炎はガーネットの身体を焼いた。
ガーネットは着ていたローブを破り脱ぎ捨てた。燃え移った炎は瞬く間にローブを焼き尽くす。
「ぐぁっ……」
僕の身体も同じように焼け、吐きそうになるほどの痛みを感じた。
突飛ばされたときに身体を打った時よりもずっと激しい痛みに襲われる。
僕はその傷みで自覚した。
殺さなければ僕が殺されるということ。
僕だけじゃない、ガーネットも、シャーロットも。
最愛の人ですら。
僕はしっかりと目を開き、現実を見据えた。手を魔女に向けた。
それに気づいた他の魔女たちも気づいて魔術を展開する。様々な魔術が部屋の真ん中でぶつかり合う。あらゆる物理法則が入り混じるが、僕はそのどのエネルギーも相殺した。
そして凝縮されたエネルギーの塊を任意の方向に一気に飛ばした。
シュンッ…
その音と同時に部屋にいた僕とシャーロットとキャンゼル以外の魔女の首が全て吹き飛ぶ。後ろの大理石にまでそのエネルギーは及んでいた。
そして僕はまた一つ自覚する。
僕は殺そうとすれば、こんなふうに容易く殺せてしまう程の力があるということも。
「きゃぁあああああああっ!!!」
「…………!!」
次々に魔女たちは倒れ、首と胴体が離れた異様な物体が転がった。
そこかしこで血の池が出来上がる。
おびただしい血の量だ。鉄の匂いでクラクラする。
僕は他の魔女が死んだことを確認した上、ご主人様を真っ先に確認した。
こんな状況なのに、いや、こんな状況だからこそだろうか、涙が出てきた。
「ご主人様、大丈夫ですか。お怪我はされていませんか」
まくし立てるように僕が言うと、ご主人様は僕を見た。
彼の両腕は一度はあげられたが、行き場を失い右往左往とする。僕の身体の様子を見て、何か言いたげで、それでも何もいえないといった様子だ。
「俺は……大丈夫だ。でも、お前……」
「僕は大丈夫です……ガーネット、ありがとう。大丈夫……?」
自分の身体の痛みは解っていたけれど、ガーネットも右肩から背中にかけて酷い火傷をしている。
着ていたローブは火が移った後に脱ぎ捨てたとはいえ、それでも浅い傷ではない。
シャーロットは治そうと魔術式を展開したが、僕がそれを牽制した。
「私は平気だ」
「嘘はよくないよ。僕の血を飲んで」
手首を差し出すと、ガーネットは僕の手首に咬みついた。相変わらずこの痛みには馴れず、顔をしかめる。
「何をしているこんなときに!?」
「彼に僕の血を飲ませて回復させます」
「なに……?」
「契約のお話はしましたね。彼に僕の血液を与えることによって怪我をたちどころに回復させることができるんです。あまり……こういうことはしたくないのですが……」
話をしている内に、僕とガーネットの傷はみるみる塞がり、元通りになった。
ご主人様はこの様子を見ていられないようで目を背ける。目を背けられると、ますます自分が酷い化け物のように感じた。
見た目は人間に近くても、僕は人間じゃない。
魔女として生きてきたが、魔女ですらない。
僕は一体何なんだろう。
僕は現実を遠く感じたが、頭を横に振った。
自分の身体に魔女の血がついていることを思い出す。
僕は適当な転がっている魔女の法衣を脱がせ、その血まみれの法衣を纏った。ベタベタしていて気持ちが悪い。
「ここから出よう。別の魔女が来たら厄介だ」
水の術式で等身大の水の塊を構築し、その水に振動を加えてお湯にした。その中に自分が入る。暖かく優しい感触に包まれるが、僕はそのお湯を回転させて自分についた血液を全て洗い落とした。
みるみる内に水が赤く染まって行くが、その血液だけを下にふるい落とし、お湯で服の血液を完全に落とし、服や髪にまとわりついた血を洗い流す。
びしょびしょの身体から表面についている水だけを操って一気に自分から分離させると、僕の身体と法衣は完全に乾いた。
髪の毛をまとめ、法衣の中にしまう。フードを深くかぶれば誰なのか解らないだろう。
「い、妹を……! 助けてくれるんですよね……?」
僕の悪行を見て、シャーロットは恐怖に震えていたが、それでも僕に助けを求めてきた。
「助けに行くよ」
「この状況でそんなことを言っている場合か!?」
「ガーネット、いいんだ。助けに行く。放っておけない」
「何を世迷言を!? 死にたいのかノエル!?」
「言ったでしょう。シャーロットの気の散る状況じゃ、治療させられない」
「治療がどうのこうのと言っている場合か!? 死ぬか生きるかの選択だ。どのみちこの魔女は寝返ったのだ。私たちに従うしかない」
「寝返ったって証明する者はみんな死んだでしょう」
「ならばそこの血まみれの魔女に証言させればいいだろう!」
ガーネットは怯えて震えているキャンゼルを指さしながら語気を荒げる。
「……ノーラ……」
ぐちゃぐちゃに涙や血で濡れ、尚且つ暴行による腫れや痣で、キャンゼルがどんな顔をしていたか僕に葉思い出せなかった。
「こいつはまだ使える。僕が逃げ出しているとばれたら何もかもおしまいだから。キャンゼル、生きたいなら頼みがある」
「な……なんでもするわ」
――まただ
いや、いつもだ。
その怯えた目。僕を恐れる目。
そういう目を、ご主人様にされたくないと心の底から思う。
「僕がここから逃げたと思われると困る。だからキャンゼルには僕の姿を再現してもらってここにいてほしい。僕が対魔術の魔術式をかけるから、もし他の魔女が拷問をしようとしても反射でその魔女にあたるし、僕の魔術式でキャンゼルは守られる。事が済んだら助けに来るからここで僕のふりをして待っていてくれ」
あらかじめ来るであろう質問に全て適応したことを言った。
ガーネットとご主人様は何も言わないで黙っていた。彼らの為に僕は他の魔女の法衣を脱がせ、同じように血を洗い流した。
「シャーロット、傷を簡単に治してやってくれないか。簡単にでいい」
「解ったわ……」
シャーロットにキャンゼルの酷い怪我を簡単に治してもらっている間に、僕は周りの魔女の遺体を原子レベルに分解した。
その原子が再び自身の引き合う相手と結合して各々の物質に変化する。
それを部屋の大理石の隙間に無理やり詰め込む。
まるで何事もなかったかのような状態になり、整然とした部屋になっていた。
ふと、ご主人様の部屋やセージの部屋を掃除していた時のことを思い出す。
魔術を使わずに手でひとつひとつ掃除していくのは大変だったのに、それが嘘のようだと感じる。
「準備はできた? 僕の姿を再現してみて」
キャンゼルは僕の姿を自分に再現した。ゆっくりとキャンゼルの姿から鏡のように自分の姿になる。服もそのままだった。
「どう? これでいいかしら?」
「話すとばれるから黙っていて」
僕はキャンゼルを簡易拘束魔法で簡単に拘束しているふりをした。
この程度の魔術ならキャンゼルでもほどけるだろう。そして念入りに反射と防御の魔術式を掛けた。露骨にかけるとすぐに見破られてしまうのでなるべく気づかれない程度にした。
「必ず助けに来てね……ノーラ」
「……僕の名前はノエルだよ」
そう言ってシャーロットたちの方を向き直った。
全員で一緒に行くのはリスクが伴う。それでも置いていくわけにもいかない。僕は自分の爪をかじりながら考えた。
「もういいだろう。行くぞ」
「あぁ……でも、この人数で移動するのは目立つ。法衣を着ても、男の魔女は数えるほどしかいない。まして罪名持ちのローブを着ている男はあのゲルダのおかかえの男しかいないだろうから」
「まさか、こんなところに置いていくつもりか!?」
「今考えてる」
僕が焦りと苛立ちを隠せずにいると、魔女の死体が転がっていた場所を見て思いついた。
「幻覚魔術だ。幻覚魔術の応用で、僕らをその辺の魔女に見せるんだ。魔女除けの術式みたいなものだ」
僕が思いつくまま魔女除けの術式を少し変化させた魔術式を構築し、ガーネットの方を見ると目が合う。
「ガーネット、こっちへ来て」
「…………それは、安全なのか?」
「焦ってる割には随分弱腰だね?」
チッ……と舌打ちをしながら僕の近くによってくる。
「大丈夫だから、きて」
「信じるぞ、ノエル」
「あぁ、大丈夫」
ガーネットは目を閉じ、僕の魔術式を受け入れた。
すると、ガーネットは金色の長髪の美しい女性の姿に見えるようになった。肩甲骨付近まである金髪が揺れると、彼の赤い瞳に少しかかる。どこかのお姫様のようだった。
「どうなった?」
声にまでは変化はないので、その美しい容姿からは似つかわしくない声に感じる。
「えっと……綺麗だよ」
「き、気色悪いことを言うな」
そう言いながらも、恥じらう女性の姿をしている彼は素直に美しいと思った。
口が裂けてもそんなことは言えないのだが。
「凄い……光の屈折を応用する難しい魔術なのに……」
シャーロットが変貌を遂げたガーネットをよく見る。ガーネットは観察されているのは不愉快そうだったが、自分の目にも自分の姿が女性に見えているのだろう。
僕は同じ魔術式を構築して、ずっと黙っていたご主人様の方を見る。
「ご主人様、来ていただけますか……?」
腕組みをして寄りかかってた彼は、物怖じもせずにやってくる。
その態度に、逆に僕がおどおどとしてしまう。
「いいですか?」
「早くしろ」
「……はい」
僕はご主人様に魔術をかけた。
すると彼は銀色の髪と、白い肌の美しい女性になった。細身で、慎重の高い切れ目の美人。
胸も大きく大人の女性という容姿だ。
あまりの美しさに僕だけではなく他も言葉を失う。
「これでいいだろう。いくぞ」
「あ……はい」
僕は法衣を二人に渡した。その法衣に二人は袖を通した。どこからどう見ても美しい魔女だ。しかし目立ってしまうのはよくない。罪名持ちとなれば限られた魔女だ。
ご主人様の銀色の艶やかな髪が、彼が一歩動くたびに揺れる。とはいえこれは実体がある訳じゃない。その長い髪に触れようと手を伸ばしても、実体はなく空をかくだけだ。
僕は魔女の牢獄から助けられたのがこのような女性でも、こうなったのだろうかと考えた。
同じように慕い、命がけでシャーロットを求めて魔女の街まで行ったりしただろうか。
これは恋心なのだろうか、それとも別の何かなのだろうか。
いくら考えても解らない。
この部屋から出てシャーロットの妹を助けに行かなければならない。迷いは捨てて、大きく息を吐き出し、僕は扉に向き直った。
勝負はここからだ。
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