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第3章 渇き
第38話 幻覚の魔術
しおりを挟む【ノエルのいる部屋】
僕は十字架の磔台に厳重に拘束されていた。
最初はシャーロットを捜して、なんとか説得して隠密に済ませるはずだった。
しかしそんな甘い考えは勿論果たせるわけもない。
できれば寝ているときにこっそり治療してもらって、帰ってもらうという作戦はいとも簡単に崩れ去った。
それに比較したらあまりにも酷い状況だ。僕は何もないやたらに広い部屋で、両手両足を拘束魔術と物理的なロープで縛られているのだから。
ロープ自体は無意味だ。問題はそのロープに拘束の魔術がかけられていることだ。ピクリとも手を動かすことができない。
「ご主人様……大丈夫かな……」
心配しても仕方ない。
かといって縛られている状態じゃ何もできない。時間が長く感じる。
不安を感じているときは尚更そうだ。
ウィーン……
扉が開いて、複数人の魔女が入ってくる。
知っている顔はエマとフルーレティだけで、小さい魔女ややたらと露出が多い魔女、色っぽい魔女など目で追いきれない人数が入ってきて、何人もが僕を見世物のように見つめた。
そして最後にこの町から逃げようとしたときに立ちふさがった男の魔女が顔を見せる。相変わらず服らしいものは腰に巻いた布一枚だ。
真っ先に僕の前にやってきたのはその男の魔女だ。一番に足早に入ってきて僕の前に立つ。
「よぉ、やっと会えたな。この前は話をすることもできなかった」
やけに興奮した様子で僕の前で話し出す。
「当たり前だ。僕を殺そうとした」
「……お前を?」
「そうだ。契約している吸血鬼を殺そうとした。一歩違えば僕も死ぬところだった」
契約しているといった直後、魔女たちはザワザワと騒めき出した。
「“契約”をしているのか?」
「そうだ。傷つけるな。彼は僕の眷属だ」
そう言うと、男の魔女は先ほどまでの笑顔とは別に、苦い顔をして苛立ち始めたようだった。
「それで? お前の奴隷を治療するって?」
「…………」
「どうして危険を犯してまで人間なんか……そんなに大切なのか?」
「話すことはない」
冷たく言い放つと、男は更に眉間にしわを寄せて渋い顔をした。それも少しの間、すぐに男は笑顔になる。
僕は気味が悪いと感じた。
「クロエ様、ゲルダ様がお呼びです」
「……あぁ、すぐいく」
クロエと呼ばれた男の魔女は僕の方を再度見る。何故僕をそんなに見つめるのか僕には解らなかった。
「この赤い髪の子がゲルダ様ご執心のノエル? 肌が白くて綺麗ねぇ」
色っぽい魔女が一人近づいてきて、僕の髪の毛を手ですくって弄ぶ。
特別なローブから全員が罪名持ちの魔女だとすぐに理解した。
「全員罪名持ちか……」
「そうだ。下手に抵抗するなよ? 翼をゲルダがいただいたら、身体の方は俺がもらうぞ。綺麗な顔と身体しているだろ?」
クロエが、僕の身体をご主人様が僕にするような手つきで触ってくる。
髪の毛も身体もベタベタ触られて本当に気持ちが悪い。
「気安く触るな……罪人どもが」
「あーら、気が強いのね? でも罪名持ち以上にあなたは罪深いわ」
「クロエ様、ドーラ、抵抗しない誓約をしているとはいえ危険よ。迂闊に近づかないで。クロエ様はゲルダ様のところへお急ぎを」
「……わかった。お前ら、傷つけるんじゃないぞ。ノエル、お前とあとで2人きりで話がある」
最後に僕にだけ聞こえるような声量でそう言って、足早にクロエは部屋から出て行った。
何度も僕の方を確認しながら。
「……ただの罪名もちの魔女が、一体僕に何の用なの?」
僕がうんざりしながら魔女たちに聞くと
「ゲルダ様に差し出す前に、少し話をしようと思って」
「……話すことなんてない」
「あたしたちはあるのよ。アビゲイルが逃がした魔族はどこにいるの?」
「アビゲイル? 誰のこと?」
「あぁ……知らないのね。でも知らなくてもいいわ。逃げた魔族はどこにいるの? 質問に答えなさい」
「もう異界に帰した」
「異界に? ……そう、あなた、異界の扉を開けられたのね」
――何人いる……?
5人……7人……8人……
会話をしながら人数を数えるが、数えたところで意味はない。
やはり魔女はどれもこれも同じような顔に見える。特に目立った特徴もない。
そういえば顔に唯一特徴のある魔女がいないことに気づく。
「なぜゲルダやロゼッタがこない? 僕を喉から手が出る程殺したがっていただろう」
「口の減らない規格外ね……質問しているのは私よ」
「…………質問には答えたでしょ? 異界に帰した。随分体に負担をかけていたようだった。こちらに長く置けばどうなるかくらいは解ってるはずなのに」
「知っているわ。気にとめる必要なんかないでしょう? でも、少し気がかりなの。白い龍の子供がいなかったかしら?」
白い竜と言われて真っ先にレインのことを思い出した。僕の予想は間違いではなく、レインのことだろう。
あるいは別に白い龍の子供がいるなら違うだろうけれど。
「白い龍は見ていない」
「そう。貴重な龍族だったのに。ゲルダ様は大層お怒りだったわ」
「なぜ今更魔族をどうこうしようとする? 大昔世界を別ったほどだったのに。どうして今更彼らに干渉するんだ」
「それはイヴリーンがしたことよ。私たちには関係ないわ」
僕と話をしていた魔女も、僕もお互いが呆れたような顔をして息を短く吐き出した。
「別に、やり方に口をはさむ筋合いはないけれど、魔女のやり方は大嫌い」
「そんな口をきいていられるのも今のうちよ」
ドーラと呼ばれた魔女は他の魔女に目配せをしたら、他の魔女は僕に背を向けた。
本当に僕から逃げた魔族のことを聞きたいだけだったのだろうか。あるいは怖いもの見たさでだろうか。
本当に学習しない連中だと僕は思った。
好き勝手なことを言って魔女たちは出ていった。しかし、小さい魔女と、さっき僕の髪を触った魔女が残った。
「…………まだ何か用?」
「あなたに興味があるの。まだ時間があるわ」
「ド……ドーラ…………わ、わわわわわ……わたしに話さささささ……させ……て」
小さい魔女がおどおどしながらいう。よく見るとカエルみたいな顔をしている。
お世辞にも綺麗とは言い難い。
吃音症のようだ。
「あらキャンディス、珍しいわね」
「こ、ここここ、こ…………こんな……こんな人間に、欲情してノコノコ……く、……くくくくく……くるような間抜け……な魔女……クロエに相応しくない」
この小さい魔女はあの変な男が好きなのか。
クロエ……とかいうあの男も大変だろう。こんな魔女の“相手”までしないといけないのだから。
「あ……あんな不細工の……家畜に……現を抜かすなんて――」
キャンディスがそう言った瞬間、僕は一気に頭に血が上ったのを感じた。
「おい……口を慎め」
僕がキャンディスに向けて威嚇をすると、何もしていないのに空気がビリッと緊張する。
「お前、今なんて言った……? あの人を悪く言うな」
僕は殺気立った。
その場にいた二人はそれを感じ取っただろう。
「僕のことは何とでも言ってもいい。でも彼のことを悪く言ったら許さない……殺す」
そのチビでブスの吃音症の魔女は、ドーラの後ろに隠れてビクビクしている。
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そう言われて、キャンディスは僕の前に出てきた。
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ドーラと呼ばれた魔女が魔術式を展開する。
少しすると、そこにあるはずのないものが見え始めた。
――幻覚の魔術か……
そう解っていても、僕の記憶の奥底にある記憶を再現しているようで、抵抗できない。
そこには父と母がいて、幼い僕がそこにいた。
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