罪状は【零】

毒の徒華

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第3章 渇き

第34話 魔女の心臓

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 魔女同士の誓約書は、お互いの血を使って誓いの言葉を記入する。
 そしてその記入する紙……いや、布は、この世の魔女の全てを記録している母体『魔女の心臓』の皮膚を剥がしてなめしている特別なものだ。
 魔女はこれに署名すれば絶対的に服従するほかない。

 ――……その母体はその昔に壊されてその魔術はこの世にもう存在しないと聞いていたが……まだ存在していたとは……

「こんないにしえの魔術を使おうなんて、ゲルダも正気じゃない。僕のもう半翼を移植なんかしたらどうなるか解って言っているの? 今ですら僕の半翼でおかしくなっているんでしょう?」
「そうよ。あなたの力に嫉妬して、魅せられて、自分に移植なんかしたから毎日強すぎる魔力に苦しんでいるわ。もう半翼を移植したら力に耐え切れずに暴走して死ぬかもしれないわね」

 別にゲルダがどうなろうとこいつらはどうでもいいのか。
 所詮は恐怖支配であって、脅威が僕とゲルダの共倒れになれば自分たちが助かるだろうという思惑なのかもしれない。

「力に耐えきって完全体になったらどうするの?」
「……逆らわないだけよ」

 人間や魔族を奴隷にしている魔女も、最高位の魔女の奴隷みたいな生活をしているのか。

「一生そうやってゲルダの奴隷として生きていけばいい。笑えるね」
「御託はいいから早く署名しなさい」

 僕は気に食わなかったが、フルーレティが手渡してくる魔女の心臓の皮を渋々と受け取った。
 署名する内容に目を通しはじめる。

 ・シャーロットによりノエルの希望する奴隷を治療完了した場合、ノエルはその身体の全てを魔女ゲルダに捧げること
 ・その際に一切の抵抗をしないこと
 ・ノエルが誓約を破った際にはノエルの提示した条件全てを無に帰し、奴隷、およびノエル本人は即座に死亡するものとする

 簡潔だが確かに要点をついている。
 これに逆らったらご主人様は死ぬ。
 勿論僕の答えは最初から決まっている。ご主人様が助かるなら僕はどうなっても構わない。
 僕が提示する要件を、僕は自分の血を使って書き始めた。

 ・僕(ノエル)が希望する奴隷の治療を完了した場合、僕(ノエル)の身体の全てをゲルダに捧げることを誓う
 ・僕(ノエル)がゲルダに身体を全て捧げることを誓うにあたり、今後署名後より一切例外なく、全ての魔女は私の希望する者たちへの危害は一切どのような形であっても加えてはならない。与えた場合は即座に全ての魔女は死亡するものとする。

 内容はなるべく簡潔に書いた。
 僕は自身の血を指先から出し、その布に書き込んだ。魔女の血に反応をしてその皮でできた布は文字が焼き付く。
 僕はご主人様のことを考えるさ中、ガーネットのことを考えていた。
 僕が死んでしまったら当然彼も死んでしまう。僕は吸血鬼との約束を二度も破ることになってしまうのだ。
 その心の痛みはあれど、それでも僕はご主人様を助けたい気持ちには代えられなかった。
 お互いの誓約書をお互いが確認した。僕は先ほどフルーレティに渡されたものを手に持ち、フルーレティは僕が書いたものを手に持った。

「内容は確認した。これでいいでしょう」
「じゃあ同時に署名を」

 僕らは互いにそれを署名し、それを交換し確認した。
 僕はフルーレティの署名がしてあるのを確認した。僕の条件には『全ての魔女』という文を使ったから、この場合フルーレティが署名をしているが全部の魔女が対応している。
 全ての魔女を一度に支配する強力な魔術だ。

 これでご主人様が危害を加えられることはなくなった。
 僕は深呼吸した後に、ご主人様とガーネットを閉じ込めているものを破壊した。けしてご主人様を傷つけないようにできるだけ慎重に。
 全てを壊し現れたご主人様とガーネットを見た。ご主人様はきっと怒っていらっしゃるだろうと思っていたが、中から出てきたご主人様は怒ってはいないようだった。

「早速行くわよ。連れてきなさい」

 フルーレティがそう言って僕らから遠ざかる。

「これはどういうことだ。魔女を皆殺しにしたのではないのか」

 ご主人様よりもガーネットの方が余程狼狽(ろうばい)している。

「……してない。取引をした」
「正気か!? 目当ての魔女以外皆殺しにしたらよいではないか」

 ガーネットに正気かどうか聞かれるのは何度目なのだろう。
 確かにシャーロット以外を皆殺しにしたらいいのかもしれないが、恐怖で支配してシャーロットが本当にご主人様を治してくれるのか疑問が残る。
 ご主人様を治したら、自分が殺されると思えばきっと治療はしないはずだ。

「どんな取引なのか言え!」
「……ごめん、後で言う。大丈夫。ガーネット心配しないで」

 僕が死んだら、ガーネットまで死んでしまう。そんなことを言ったらガーネットはここで暴れるだろう。
 ガーネットの約束を守ってあげられなかった。

 ――ごめん

 心の中でそう彼に謝罪した。
 ガーネットは不服そうな顔をしたが、それ以上は聞いてこなかった。
 僕はご主人様を説得することができるだろうか。抵抗されたら……強引にでも連れていかないといけない。

「ご主人様……僕からの最初で最後のお願いになります。何も聞かずに僕と一緒に来てください。魔女にお身体の治療をさせます。身の安全は……――――」
「お前、ふざけてるわけ?」

 ご主人様は険しい表情で僕を睨みつけた。
 僕は言い訳もできず、気まずくて視線をそらす。

「俺がなんで怒っているか解るか?」
「……心当たりがありすぎて……申し上げるには時間が足りません」
「そうだな。そうだが、一番俺が怒っていることは何か解るか?」

 その問いは、苦手だ。いつも苦手だった。
 でも、今回ははっきりとわかる。

「…………僕が、魔女だってことを黙って騙していたこと……です」

 言葉が詰まってなかなか出てこなかった。
 言いたくなかったことを、僕は声を振り絞って伝えた。

「お前、なんで解んないの?」

 更に強い口調で僕を冷たく責める声に、僕は余計に身体を縮ませた。
 駄目だ。
 魔女にこんなところを見られたら主従関係が解ってしまう。
 できるだけ毅然と振舞わないといけないのに、どうしても毅然とした態度などできるわけがなかった。

 ――魔女だってことを黙っていたことに対して怒っている訳じゃない……?

「おい、喧嘩している場合ではないだろう」

 ガーネットがご主人様を止めようとする。

「うるせえよ、黙っていろ」

 僕はご主人様の目が見られなかった。
 僕のことをどんな目で見ているのか見たくなかったから。

「お前、本当に俺のこと何にも解ってねぇよな」
「え……」

 僕がご主人様のお顔を見ようとしたら、ご主人様は僕とすれ違った。

「もういい、さっさと済ませるぞ。早く来い」

 ご主人様が魔女の方に恐れも知らずに向かっていくのを見て、僕はご主人様を追いかけた。


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