罪状は【零】

毒の徒華

文字の大きさ
上 下
33 / 191
第3章 渇き

第32話 取引

しおりを挟む



「お前……?」

 その声は、僕の脳を麻痺させるような気がした。
 身体の奥から脳に突き抜けるような嫌な感じが込み上げてきて、僕の思考を奪う。

「……おい、連れてきたぞ」

 ガーネットは何やら気まずそうな声で僕にそう告げてくる。
 僕は振り返りたくなかったが、ゆっくりと振り返った。
 ガーネットと一緒にいるご主人様が目に入る。解ってはいたが、その姿に言葉が出てこない。
 動揺しているご主人様の顔を見ると、先ほど「顔も見たくない」と言われたことを鮮明に思い出す。

「お前…………魔女……なのか? その翼は……」
「…………………」

 なんて答えていいか解らなかった。
 ただ、言葉を探して口を開こうとすると目頭が熱くなって涙が溢れた。

 僕はバケモノで穢れた血だから。

 そう言葉にならない苦痛が涙として頬を伝っていく。

「……っ」

 ――あぁ、泣いている場合じゃない。まだ魔女がいる。全員始末しないと……

 僕は向き直ってロゼッタの方を向いた。
 思い出の何もかもが歪んでいく。楽しかった日々も、全てがにじむインクのように塗りつぶされて行く。
 ロゼッタを見据えなければならないのに視界が涙で歪んでいて前が見えない。

「穢れた血の化け物が……やっぱりあんたは災厄よ。『始まりの魔女』のイヴリーンと同じ。タチの悪い最低最悪の魔女……!!」
「…………そんなこと解ってる」

 僕はありとあらゆる魔術式を構築した。

「もう逃げられないよ。これでお前は死ぬ」

 そして僕はそれをロゼッタに向けて放った。

 ドォン!!!

 ものすごい音と、砂煙が立ち上った。

 ご主人様に言い逃れをするつもりはなかった。したところで弁解できるつもりもない。
 僕が魔女ですらないこと、人間とは到底呼べないものであることを僕から説明することはしたくなかった。そんなのあまりにも残酷すぎる。

「おい……」

 ご主人様が近づいてこようとする音が聞こえた。

 信じられない気持ちに支配される。

 僕が魔女だって解ったのに、それでも僕に近づこうとするなんて。まるでいつものように、僕のことを人間だと思っているかのように。

 ――なんで? なんで僕に近づこうとするんですか……?

 咄嗟に出た言葉は、その不信感への恐怖がにじんでいた。

「……来ないでください」

 僕の声は震えていた。
 砂煙が辺り一面包み込む。
 このまま消えてしまいたい。
 ご主人様にこんな姿を見られて、僕はもうこれからどうやって生きていったらいいか解らなかった。

「気持ち悪いって……思っておいででしょう。僕は魔女でもない。でも魔族でもない。まして人間なんかじゃない」

 そう告白する言葉が自分を深く傷つける。
 震える声で懸命にそう伝えると、胸が潰れそうだった。

「ずっと……騙していて、ごめんなさい」

 僕の眼から幾度も流れた涙は頬を伝って流れ落ちた。
 今、ご主人様がどんな顔をしているのか恐ろしくて振り返れない。
 僕は砂煙を風の魔術式で払った。
 砂煙が去って視界が晴れたそこにあったのは見るも無惨なロゼッタの姿――――

 ではなく、複数人の魔女。下位の魔女ではないことは見て分かる。
 僕の魔術は相殺されてロゼッタは生きていた。

「あーら、ロゼッタ。随分酷いありさまじゃない?」
「うるさい……シャーロットのところに早く連れていきなさい……」

 逃げようとしているロゼッタを僕は涙を拭って見据えた。

 ――逃がさない……ここで見せしめにしてやる。二度とこんなふざけた真似はさせない……

「ガーネット、そのまま彼から離れないで」
「ちっ……」

 ガーネットは不服そうに舌打ちをする。

「おい、ふざけるな。話を聞け!」

 僕はご主人様とガーネットを木の檻で覆った。
 そしてその上から分厚い氷で覆い、さらに土でも覆う。
 そうして大きな分厚い檻が出来上がった。生半可な魔術で吹き飛ぶようなものではない。
 きっと中でご主人様は僕に対して暴言を吐いているということは容易に想像できたが、僕は聞きたくなかった。
 どんな汚い言葉で、どんなに恐ろしく冷たい言葉で僕を咎めるのか想像するほど恐ろしく感じた。
 僕は全員八つ裂きにして吹き飛ばしてしまおうと思い、魔術式を構築し始めた。

「……待ちなさいよ。取引する気はない?」

 大きな水色のリボンを揺らしながら、フルーレティが僕にそう問いかける。

「…………取引って何?」
「あなた、シャーロットに用があるのでしょう?」

 僕はただの時間稼ぎかと思い、より精密で巨大な魔術式を話の最中にも構築し続けた。
 高エネルギーの一点集中の魔術式だ。これを放てば骨も残らない程の強力な破壊魔術式。

「それがなんなの……? くだらないことを言ったら即座に殺すよ」
「あなたが連れていた魔女のキャンゼルに聞いたのだけど、あなたのお気に入りのが病気なんですって?」

 シュンッ

 高エネルギーの光線がその魔女のリボンに穴をあける。しかしその魔女は顔色一つ変えずに淡々と僕に向かって話しかけてくる。

「図星なのね。シャーロットならどんな状態でも大体治せるから、その奴隷の病気も治せると思うわ。だからそれと引き換えにあなたがゲルダ様にその身を捧げるっていうのはどうかしら? 悪くないんじゃない? ずっと隠れていたあなたがわざわざ探しにくるなんて余程大切なのでしょう? 察するところ、あなたの後ろにいた人間がそうだと思ったけれど?」

 僕はその取引に心揺らいだ。

 ――ご主人様のお身体が治るなら……もう僕は自分なんてどうなったって構わない……

「魔女は嘘つきだから……本当に治してくれるか解らない。信用できない」
「なら、あなたが大人しくしていれば目の前でシャーロットに治療させましょう。それならいいでしょう? どうせあなたなら簡単に他の魔女を殺せる程の実力があるのだから」

 僕の構築している魔術式はどんどん複雑に、そして大きくなっていく。
 もしかしたら山の一つや二つは簡単に消し飛ばせるほどかもしれない。
 シャーロットの実力は解っている。
 いかなる傷もたちどころに治す治癒魔術を扱っている。しかし、病理に対する治癒魔術の腕は解らない。

「シャーロットの実力がどれくらいなのか解らない。そんな危険な賭けはできない」
「じゃあ見せてあげるわ。それまでその巨大な魔術を暴発させないようにしておくことね」

 リボンの魔女が他の魔女に目配せすると、後ろからシャーロットが現れた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

処理中です...