罪状は【零】

毒の徒華

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第3章 渇き

第30話 罪状は憤怒

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「……ごめん……」
「はぁ……はぁ……たの……みがあ……る……」

 傷口を押さえて僕に何か頼みをしようとしている彼に、僕は近づいて耳を彼の口に近づけた。

「なに……?」
「僕……の兄弟…………を…………たすけ――――」

 目の前が赤くなり、ゴトリとその吸血鬼の頭が床に転がった。

 思考が停止する。

 青い瞳は開いたまま、金色の艶のある髪がみるみる血で赤く染まって行く。

「……あんたも……殺してやるわ……」

 ロゼッタの声がした。
 彼女は酷い火傷を右手に負いながらもほぼ無事であった。
 僕は振り返ることができなかった。その吸血鬼の落ちた首をみて、僕は自分が何をされてきたのかが脳裏によよみがえる。
 その理不尽に激しい怒りがとめどなく湧いてくる。
 それは自分でも抑えきれないものになり、自分の意思とは関係なく大きな魔術式を構築した。

「ロゼッタ! 逃げなさい!」

 かけつけたフルーレティは拘束魔術をすぐさま展開する。
 僕の身体はギリギリと締め付けられ、酷い苦痛が僕を襲い掛かる。
 それでも魔術式はなくならない。
 僕は首がむしりとられるのではないかという痛みを無視して、僕は後ろにいたロゼッタを振り返って見た。
 僕の目じりに頭から垂れてきた血液が伝い、まるで血の涙を流しているように見えただろう。
 そして魔術式は暴走した。
 その暴走した魔術式はロゼッタの顔半分をかすめる。

「ぎゃあっ!!?」

 黒い炎がロゼッタの顔を焼いたのが見えた。
 転げまわっているロゼッタの姿を最後に、僕は気を失った。



 ◆◆◆



【数日後】

「ロゼッタ様……お部屋からでてきませんね」
「仕方ないわよ……あんな酷いお顔になられて……美しいお顔でしたのに」

 そう下位の魔女が声を潜めて話している中、ロゼッタは自分の部屋に閉じこもって出てこようとしなかった。
 ロゼッタは何度も何度も鏡の前を行き来していた。いくつもいくつも部屋にあった鏡はどれもこれもが叩き割られている。
 それでもロゼッタは汗をびっしょりとかきながら、時間を置いて鏡の破片を覗き込んだ。
 何度見てもそこには顔の半分は醜く爛れてしまっている自分の顔があった。

「嘘よ!!」

 ガシャン!!

 半ば閉じ込められているシャーロットは狼狽し、なんと声をかけていいか解らなくなっていた。

「シャーロット! どうして元に戻らないの!? 手を抜いてるんじゃないでしょうね!?」
「ロゼッタ……それは、戻らないです……呪いが強すぎて……」

 申し訳なさそうにそう言うシャーロットに、ロゼッタは掴みかかって鏡の破片が散らばる床に組み伏せた。

「ふざけないで! 治す方法を教えなさい!!」
「無理です……ゲルダ様の身体の爛れも……治せないものですから……」
「嘘よ!!」

 ガシャン!!

 ロゼッタは素手で床の上に散らばる鏡の破片を乱暴に弾き飛ばした。
 指に傷がつき、そこから赤い血液がドロドロと流れ出す。

「嘘よ……」

 血まみれの手で爛れた顔を覆い隠し、泣き始めるロゼッタにシャーロットはかける言葉を失っていた。
 永遠に消えない呪いが彼女の顔に焼き付いた。
 ロゼッタはノエルを心の底から怨み、何度も殺そうとしたがそのたびにゲルダに阻まれる日々が続いた。

 手に負えないロゼッタに手を焼き、やがてロゼッタには内緒で別の魔女の町にノエルは移動させられることになる。
 その町の魔女が実験に使いたいとの希望を、ゲルダは許したからだ。
 それをロゼッタに知らされることは永遠になかった。

 ロゼッタが知ったのは、ノエルの所在が解らなくなった後だった。



 ◆◆◆



【現在】

「ロゼッタ……気を付けて。私の腕を一瞬で吹っ飛ばしたんだから」
「解っているわ……許さない。絶対に殺すわ」

 片目を髪の毛で隠している魔女が、僕の方を見て不敵な笑みを浮かべているのが見えた。
 隣には町で見た地味な魔女がいた。腕は吹き飛ばしたはずだったが、完全に元通りになっている。シャーロットが治したのだろうか。
 しかしそんなことは僕にはどうでもよかった。
 とにかくご主人様を探した。
 町の人たちは捕虜となって跪かされている。その中に、ご主人様がいないかどうか僕は目を凝らす。

「無視してんじゃないわよ!!」

 水の弾丸が飛んできた。僕は咄嗟にそれを魔術壁で防御する。

「ちっ……こざかしいわね」

 町の人たちは僕が魔術壁をはったことでざわめき始める。

「おい、今……魔術を使わなかったか?」
「魔族を連れているわ……!」
「あいつ魔女だったのか!?」
「前からおかしい奴だとは思っていたが魔女だったとは……」

 ガーネットと話していて、受け入れてくれる存在もいると少しの夢を見られたのだろうが、現実はこうだ。
 僕を見る彼ら目はまるで蔑んでいるようにも、怯えているようにも、怒っているようにも見えた。

「なーに? あんた魔女だって隠して暮らしていた訳!? あははははは笑っちゃう!! この穢れた血のバケモノが! 人間と混じって仲良く暮らしてたっての!!? あははははははは!!! きゃははははははははは!!!!」

 ロゼッタと呼ばれた魔女は僕のことを指さして笑った。
 お腹を抱えてあざけるように。

「何故ここが解ったの……」
「間抜けな魔女ね。追跡魔術を魔族にかけられているとも気づかずに」

 僕は振り返り、ガーネットのローブの端の方に意識を集中した。するとうっすらと解らない程度に弱い魔術式が組まれているのを見つけ、その魔術式をすぐさま僕は破壊した。

「……こんなマネして……こざかしいのはお前らの方だ……」
「魔女からも疎まれているあんたが人間としてうまく生きられるわけないのよ! あんたが守ってきたこの町全部壊してやるわ! 殺してやるわ!! あははははは」

 僕がずっと守ってきた町。
 ご主人様が暮らす町。
 僕が初めてご主人様と会った町……――――

「やめて……やめてよ……」

 もうおしまいだ。
 僕が魔女だとバレてしまった。ご主人様にもばれてしまう。
 もう二度と僕に笑いかけてくれない。
 もう二度と僕に触れてくれない。
 そう考える度、僕は頭が痛くなった。

「聞くな、正気を保て!」
「そうだよ、ノエル! ノエルはノエルなんだから!」

 ガーネットとレインの声がするが、言葉が頭の中で処理できない。
 魔女を見る目だ。
 目だ。
 怯えた目。
 さげすむ目。

 ――ずっとずっと隠していたのに……やはり僕は人間としては生きられないんだ……

「あんたみたいなオカシイのが普通の生活できると思ってんじゃないわよ!!」

「そんなことはない」

 ――え……

 声のする方を見たら、ガネルさんが立ち上がって魔女に向かって反論していた。足が震えているのか、いつもよりも力なく見えた。
 それでも懸命にロゼッタに向かって話をしようとする。

「その子はとてもいい子だ。いつも一生懸命で――――……」

 パァン!!!

 あまりにも一瞬のできごとで、僕はただ成す術もなく立ちすくしていた。
 ガネルさんの頭が吹き飛び、身体がそのまま崩れ落ちて血しぶきを上げる。

「家畜があたしたち魔女に気安く口答えしてんじゃないわよ」
「きゃぁああああ!!」
「ガネルさん!!」
「なんてこと……もう終わりだ……!」

 騒々しいざわめきも、僕には聞こえなかった。
 時間が止まったように静かに感じた。
 僕に赤い果実をくれたガネルさんの優しい笑顔が思い出される。


 ――もう一つ持って行っていいよ。けがを早く直さないとね――


 涙が溢れた事を自覚する間すらなかった。


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