30 / 191
第3章 渇き
第29話 嫉妬の愛情
しおりを挟む僕は再び冷たい床に身体を投げ出した。
動くのも億劫だ。
考えることもろくにできない。
何もしたくない。
完全に無気力だった。
そんな僕の元に、足音が近づいてくるのが解った。
檻の前に現れたのはリサだ。よく暇なときは僕の檻の前にきていつも一方的に話している。
僕はいつも黙って聞いているだけだった。
「ねぇ、そろそろあたしのものになってよ。あたし、あっちの技術は保証するわよ」
リサの話はいつも何を言っているのか解らない。
「ノエルは拷問されているときしか声を出さないのね。あたしはあなたの味方なのよ? ねぇ、たまには声をきかせて? あなたのお願いなら、ある程度聞いてあげるわよ?」
別にお願いなんてなかった。
鎖の冷たい感触だけが僕にとっては現実だった。
「それにしても交配実験なんて……あなた、酷い目にあわされるわよ? まだ魔女としても子供くらいなのに」
コウハイがなんなのか、聞いておかないといけないような気もした。
これからなにをされるのかなんて僕には興味のないことだったけれど、僕のことだけではなく、吸血鬼族のこともあった為、僕は重い口をなんとか開き、声を出した。
「コウハイって……なに?」
実験のときに叫ぶ声で喉が潰れてしまっているのか、声は酷くかすれていることに気が付いた。
「!」
リサは驚いたようで目を大きく見開いて僕の方を見た。
「やっとあたしと話してくれた! 嬉しいわノエル!」
僕の質問を無視してリサは目を輝かせて僕の方を見ている。僕は再びやっとの思いで内を開いた。
「……答えて」
歓喜に震えるリサを他所に、僕は冷静に質問をした。
「交配っていうのは、子供を作るってことよ」
「子供……? 血を混ぜると子供ができるの……?」
「血を混ぜる……? まぁ、間違ってないというか……」
リサはニヤリと笑いながら僕の方を再び舐めるように見つめた。
「でもあんな吸血鬼の子供なんてあなたに相応しくないわ。あなたに相応しいのはあたしよ。ねぇ、あたしのものになるならここから出してあげるわ。あたしとここから出て二人で暮らしましょう?」
「……あの吸血鬼はどうなるの?」
「吸血鬼? あぁ、アレね。苦労して捕まえたみたいだし、しばらく実験で使われるんじゃないの?」
実験に使われるという言葉を聞いて、僕は自分がされたことを思い出した。
殺される寸前まで痛めつけられ、内臓を抉りだされ、皮膚を剥がれ、炎で炙られ、翼の羽をむしられ、そのたびに僕は治癒魔術で再生させられた。
それをまだ若い彼が体験するかと思うと、僕は壊れていない少しの心が痛んだ気がした。
「…………助けてあげて」
かすれた声でリサにそう懇願すると、リサは先ほどまでの歓喜の表情が急に曇る。
「……どうして?」
リサの声色が急に変わった。
まるで怒っているような声だった。
「あたしに対しては全然興味なさそうなのに、あんな吸血鬼のことが気になるの!?」
ガシャン!
檻の格子をねじ切らんばかりの力で掴み、僕に対してまくし立てる。
急な豹変ぶりに僕は恐怖すら感じた。
「許さないわ。あんなものに心を砕くなんて!」
リサは怒った様子で僕の檻から離れていった。
僕は一時的に訪れたその安堵に包まれ、冷たい床に横たわり眠ろうとした。子供ができるなんて言われても、何もピンとこないが大きな実験なのだろう。
しかし、どうしてあんなにリサは嫌がっていたのだろうか。
そんなことを考えていた矢先、すさまじい叫び声で僕は目を覚ました。
女の声ではない。
男の声だ。
――さっきの吸血鬼の……?
僕は鎖に動きを制限されながらもジャラジャラと前へ進もうとした。
その最中、またすさまじい叫び声と魔女たちの声が聞こえた。
「リサ! それは実験に使うのよ! やめなさい!」
「うるさい! あたしに指図しないで!」
その言葉で、僕は自分のせいで彼が酷い目になっていると解った。
力を使うのは拘束魔術で抑えられている。
僕は身が千切れるような痛みを感じたが拘束魔術を破壊した。僕の身体に巻いている鎖も、拘束衣もボロボロと僕から零れ落ちた。
ほぼ裸同然になってしまったが、それに構っている場合ではなく僕は叫び声のする方へ走り、その光景を目に焼き付けた。
そこに見えたのは大量の血だった。
吸血鬼族の身体からとめどなく血が溢れだし、辺り一帯が血の海になってしまっている。
それを見た僕はざわざわと自分の胸の中にどす黒い感情が巣食ったのを感じた。
ゆっくりとその吸血鬼に歩いて寄って行く僕に気づいた魔女は、僕を見るなり恐怖に叫び声を上げた。
「きゃあああああああ! ノエルがッ……!!」
気づいていなかった魔女たちも一斉に僕の方を見る。
その表情はどれもこれも恐怖に歪んでいた。
僕はそのとき思い出した。
母さんや父さんが殺された血の海、育ててくれた翼人が殺されたときの血の海。
そこで僕の恐怖感や酷い憎悪を思い出す。
「なにやってんのよ! 早く拘束して! できなければ殺しなさい!」
誰かがそう叫ぶと全員が魔術式を構築した。
あらゆる魔術が僕を目掛けて飛んでくるが、僕はそれを一なぎで一掃した。その衝撃で魔術と魔女と同じく屋根までもが一瞬で破壊され、吹き飛び、崩壊する。
すさまじい音が城中に響き渡っただろう。
「うぅ……」
僕が近寄ると吸血鬼はまだ生きていた。
「……――――して……」
「……」
「……ろ…………て…………」
「………………」
血まみれの吸血鬼は、僕に消えそうな声でそう求めてくる。
「た……の…………む…………」
涙がにじんで視界が歪んだ。
僕が首を横に振って嫌だと意思を伝えると、吸血鬼も涙を流す。美しい青い瞳をしており、そこからあふれる涙がやけに美しく見えた。
「ノエルゥウウウウ!! あたしを差し置いてどうしてそんなヤツ気にするのよ!」
先ほどの衝撃を耐えきったリサとロゼッタが残っていたようだ。
吹き曝しになってしまった為、外の風が土煙を払い二人の姿を明確に映し出した。
嫉妬心をむき出しにして僕にそう怒鳴っているリサの表情は、服に似つかわしくないまるで童話に出てくる鬼のような表情であった。
リサが手に持っていた鞭を僕と後ろの吸血鬼に向けて振るう。
バチン!!!
まるで抉られるような痛みが僕の左肩に走った。
あまりの痛みに僕はそのまま蹲って、打たれた肩を押さえた。触れるとぬるりとした感触がして、出血しているということを理解する。
「ノエル、どうして解ってくれないの? あたしはあなたを愛しているの。あなたを救えるのはあたしだけなのよ!?」
バチン! バチンバチン!!
音がするのと同時に身体中、先ほどの抉られる痛みが身体に走る。
痛みで魔術式の構築に集中できない。
暫くして鞭の猛攻が収まると、僕はいつも通り血まみれになっていた。僕の身体中にできた傷から血液が滲み、服もボロボロに裂けてしまっている。
「はぁ……はぁ……」
リサが息を切らしている中、ロゼッタが僕の方にゆっくりと近づいてきた。
僕を拘束する為だろうか、それとも後ろの吸血鬼の生死を確認する為だろうか。痛みに耐え続ける思考の裏側で冷静に僕はそう考える。
――もうだめだ。痛い……
自分の身体を抱きしめてうずくまって恐怖や痛みに耐えようと、心を再び閉ざそうとした。
――こんな現実、なくなってしまえばいいのに……
そう考えている矢先、ロゼッタが僕の真隣に立った。
それすらも心を閉ざそうとしている僕にはどうでもいいことだった。
しかし――――
シャッ……!
「……きゃっ!?」
何か空気を切るような音と、ロゼッタの悲鳴が聞こえて僕は顔をあげた。
すると後ろで死にかけていた吸血鬼が鋭い爪でロゼッタの腕をひっかいたようだった。
「……………僕に……触る……な…………はぁ……はぁ……」
吸血鬼はゼイゼイと息を切らしながらも、なんとか立ち上がって魔女と向かい合う。
その様子をみて僕は戸惑った。
――どうしてこんな状況で立ち向かおうとするの……?
「死にぞこないの吸血鬼が!!」
ロゼッタが水の魔術式を組み、それを吸血鬼に向けて放つ。
水の刃が吸血鬼の首を落とすかと思われたが、それは叶わなかった。
「……?」
僕が咄嗟にその水の刃を風の刃で弾き飛ばした。吸血鬼は僕の方を不思議そうな顔で見てくる。
自分の隠している翼を解放すると、その白い三枚の翼は光を反射して輝いた。
「!」
それをみた吸血鬼は驚いた表情をする。
背を向けていたから僕はその様子は解らなかった。
炎の魔術式で、辺り一帯を一掃しようと両手をリサとロゼッタに向ける。
リサは悔しそうな表情を見せたが、背を向けて逃げ出した。
ロゼッタは水の盾を構築し、防御体制に入る。
僕が炎を撃つと、ロゼッタの水の防御壁はたちどころに蒸発し、ロゼッタは炎に包まれた。
「きゃぁあああっ!!」
ふり返って吸血鬼の方を向くと、改めて見てもやはり酷い怪我でもう助からないことは明白だった。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜
川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。
前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。
恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。
だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。
そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。
「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」
レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。
実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。
女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。
過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。
二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる