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第2章 絶対的な力
第26話 許容
しおりを挟むもう時間の感覚がない。
何時間そうしているのか、太陽の傾きで時間は解るが、そんなことを把握する気持ちには到底なれなかった。
どれだけ涙を流したら、この涙は収まってくれるのだろう。
頭も痛いし、視界は霞んでいる。
喉も痛い。
まともに考えられない。
――もう顔も見たくない!
その言葉が僕の中で反響して離れてくれない。
愛している人にそんなことを言われたら、傷ついて当たり前だ。
命がけで魔女を探しに出たのに、僕はご主人様のこと本気で愛しているからこそ、捜しに行ったのに。
少し顧みられなかったくらいで、僕はご主人様に酷いことを言ってしまった。
嫌われて当然だ。
当然だと、解ってはいたけど……それでも涙は止まらなかった。
「おい、いつまで泣いているつもりだ」
僕は膝を抱えて下を向いたままだった。
振り返る気力もなかった。
「はぁ……これだから子供は」
「…………」
反論する気にもならない。
僕は子供だ。
こうしてうずくまっていればご主人様が来てくれるかもしれないなんて考えていた。
「言い過ぎた」「ごめんな」「一緒に帰ろう」「旅の話を聞かせてくれよ」「一緒に食事しよう」
そんな言葉を僕は期待していた。
「どうするんだ」
「……考えてる」
「いつ答えが出るんだ?」
いつもよりもガーネットの言葉には棘は見当たらなかった。
きっと彼なりに慰めてくれているんだろう。
呆れているだけかもしれないが。
「お前がしっかりしないと、私が魔女に復讐できないだろうが」
「……ごめん」
「ふん、別に時間は沢山ある。私とお前は契約を交わしたんだからな」
僕の隣に腰を下ろし、ガーネットは僕が見ている先と同じ方向を見つめた。別に目新しい物など何もない、木々が生い茂っているだけだ。
僕とガーネットはこれから長い間ずっと一緒だ。
ガーネットが魔女に復讐し終わるまでずっと。いや、それ以上にもっと先まで。どちらかが死ぬまでずっと。
それは人間の寿命よりもずっとずっと長い。
僕がずっと返事もせずに黙っていると
「……お前は…………」
ガーネットの方が長い沈黙に耐えかねたのか、その沈黙をさいて語り掛けてきた。
「あれだけの魔力を持っていながら、こんな小さい町で人間のフリをして暮らしている。愚かとしか言いようがない。正気の沙汰とは思えないな」
また同じようにガーネットは僕に嫌味を言い始めた。
慰めるのが下手にもほどがあるだろう。
その棘のない詰る言葉に、僕もようやく重い口を開いた。
「ガーネットは……僕のこと殺したい? 契約をしていなかったら殺してる?」
「…………私ではお前を殺せないだろう」
情けなさそうに、ガーネットは自分の手を爪でカリカリとひっかきながらそう言った。
「そうじゃなくて、殺したいか、殺したくないかだよ。僕はガーネットの大嫌いな魔女なんだから……殺したいだろうと思って……さ」
今の僕にはなにもない。
こうして隣にいて、解り合いたいと思っている相手にまで拒絶されるなら、本当に僕は生まれてこなかったら良かったのだろう。
そう思って諦めよう。
僕がガーネットに期待している言葉を待っていると、彼は少しの沈黙の後に答えた。
「別にお前は……殺したいとは思わない」
そう言われたとき、耳を疑った。
あれほど僕のことを軽蔑した目で見ていた彼を知っているからだ。それに別に仲良くなるようなできごともなかった。
「……どうして?」
その疑問を呈さずにはいられない。
「お前は、やはり他の魔女とは違うと解った。魔女は憎いが、お前はお前だ。私と出逢ったときを覚えているだろう? お前は、手負いの私を殺すことなど容易かったはずだ。他の魔族など、瞬きをする間に塵にできた。なのにお前はそうしなかった。そうした方が、お前にとっては圧倒的に都合が良かったにも関わらずだ」
僕はガーネットが話すその言葉を黙って聞いていた。
ガーネットの赤い眼は隠れていて見えないが、金色の髪がフードから風になびくたびに髪の毛の間からときおり見えた。その目はまっすぐ前を向いていた。
日陰とはいえ、昼間は吸血鬼にとってはツライはずだ。肌をしっかりとローブで隠している。
「契約というものがどういうものか、私は詳しくは解らない。しかし、あれほどの力があるお前にとって利点はないはずだ。私が傷つけばお前も傷つく。あの男の魔女と闘ったときにお前の腕も怪我をしただろう」
「防御壁が間に合わなかった。ごめん」
「……お前、正気か? あんなもの、避けられなかった私の落ち度だ。お前が謝ることじゃない。私はお前に守ってもらってばかりだが、私も異界では吸血鬼族の中でも屈指の男だ。……それでもお前の方が強いのは事実」
そんな風に考えてくれているなんて、僕は知らなかった。
そんなふうに素直に僕のことを褒めることがあるなんて。と、耳を疑った。
「つまり……私と契約しても、お前になんら利点はないのに、お前は私を助ける為に契約した。私は…………死にたくなかった。今となっては………………」
黙ってしまったガーネットの顔を覗き込むように僕は見た。
ガーネットは僕の目と目が合うと、気まずそうに逸らす。
「感謝……している」
何一つ自信がなかった僕に、その言葉が溶けていった。
自分の存在を肯定された気がした。今までずっと虐げられ続けてきた僕に、こうやって感謝してくれたことが嬉しかった。
目頭がまた熱くなる。
――……こんな僕も生きていていいのかな…?
そう思うと、僕の渇いた心が優しさで満たされていくような気がした。
「お前はそういうところが甘い上に、正気じゃないのだ」
照れ隠しなのか、僕にそう言う。いつもより棘のない言葉だ。
ガーネットの言葉をただ聞いていた。
ガーネットなりに優しくしてくれているのは、きっと僕にしかわからないだろう。
「以前、翼人がいなくなって異界はどうなったかと私に聞いたな」
随分前に聞いたことを、僕自身忘れてしまっていた。
以前も家に帰れなかったときにガーネットにそう聞いたのを思い出す。
「翼人が魔女に悉く殺され、異界は力関係が崩れた。異界では各種族がそれぞれを牽制し、翼人、龍族、吸血鬼族が異界を仕切っていた。しかし、翼人が消えた後に龍族と吸血鬼族は争いを始めたのだ。他の魔族も自分たちが上になるために争い始めた。それが、私の最後の異界の記憶だ」
そういえば、ガーネットは魔女に召喚されてこちらにきたんだ。
直近の異界の様子はガーネットには解らないだろう。
「…………ガーネットは、いつからこっちにいるの?」
「……憶えていない。かなり前だ。魔女にこちらに強制的に召喚されてから、耐えがたい毎日だった……時間の感覚など崩壊していた」
「僕も……魔女に捕まってからずっと……時間が止まってるかと思った。家族を殺されて、育ててくれた翼人も殺されて……ひたすら実験台にされて…………つらいとか、苦しいとか、痛いとか……そんな気持ちすら失くしてた。生きてるのか死んでるのかすら解らなくなってた」
「それで? あの人間と会ったのか?」
「……うん。この町に僕が移送された後、ここの魔女と人間が争いだした。というよりは……人間の奇襲があった。そのとき、ご主人様が助けてくれた」
「人間の力など借りずとも、お前は本当は自力で逃げることもできたんじゃないか?」
「そうだね……抜け出そうなんて考えもしなかったけど……できたかもしれない」
「そんなものは『助けられた』などとは言わないだろう」
「えーと……魔女から助けられたというか……僕自身を救ってくれたというか……」
僕はどうガーネットに説明していいか解らない。
もごもごと僕はあれこれ考えていたが、結局上手い説明は出てこなかった。
「……お前は魔女が憎くないのか?」
「嫌いだけど……別に関わりたくはないし、どうこうしようって気持ちはないよ」
「そこが理解できない。何故憎しみがないんだ?」
「何故って……言われても……」
嫌な思い出は極力思い出さないようにしている。
それに憎んでも、殺しても、僕の大切な家族は戻ってこない。
憎み続けるだけ苦しいだけだ。
「お前には誇りはないのか? 自分をズタズタにした魔女を、どうして憎まずにいられる?」
「そうだな……僕が憎いと思う感情以上に、彼女たちは僕を憎んでる。記憶はないけど、暴走したときに何人も殺した。それに、今は僕には大切な人がいる。それを守るのが今の僕にできることだ。誇りよりも大切なことだと思う」
「正気か? 全く理解できない」
ガーネットは今を懸命に生きている。
僕のように誰かの為にとか、何かの為にとかっていう生き方ではない。生き方そのものが違うのだから、理解するのは難しいだろう。
「……ねぇ『好き』ってどういうことか解った?」
「……いや、解らない」
「いつか、きっと解るよ」
ガーネットは僕の事きっと好きなんだよ。だって心配してくれるじゃないか。
そう言おうとした瞬間、町の方で大きな爆発音が聞こえて水柱があがったのが見えた。
「何!?」
僕は慌てて立ち上がって走り出した。ガーネットもそれに続いて走る。
「なんだ!? 魔女か!?」
確実にまいたはずだ……だって気配も感じなかったんだから。
僕はご主人様が心配で全速力で走った。
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