罪状は【零】

毒の徒華

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第2章 絶対的な力

第21話 白い髪の魔女

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 強固なつたに僕の身体は絡めとられ、身じろぎ一つすることができなくなってしまった。
 強い魔力がその植物から伝わってくる。
 僕は僕と共に縛られた鞄の中にいるレインが無事かどうか確かめた。レインは怯えながらも僕の顔を見て目配せしてくる。
 どうやらレインも無事だったようだ。
 ガーネットは蔦に捕まらなかったようで、猫の姿のまま一方向を威嚇をしている。

「そこの魔女、こちらを向きなさい」

 僕は声のする方をかろうじて動く首だけを動かして見た。
 屋根の上には地味な魔女とキャンゼルが立っていた。何故屋根の上にいるのだろうか。

 ――バカと煙はなんとやらって言うし……

 そういうことなのかとくだらないことを考えた。

 ――やはり裏切られたか

 キャンゼルは笑みを浮かべながら僕のことを見下ろしている。
 結局魔女なんて誰でも同じだと感じる。それはレインやガーネットが感じていることと同じなのだろう。

「……ノエル……!!」
「…………」

 僕の身体に絡まる蔦を魔術式で焼き払った。
 いきなりこんなことするなんて失礼だと僕は思った。まるで僕を個として認識していない。ただの記号としての『ノエル』だ。

 焼き払った植物のカスを払いながら、僕は二人の方に向き直る。

 不意打ちで殺すチャンスだったしれないのに。

 そもそも前提から大きく間違っている。

 

「死んでいてもいいと言われているのよ。大人しく連行されなさい。でないと命の保証はないわよ」

 地味なくせにやけにハキハキと喋るその魔女は、次々と魔術式を構築して植物を操っている。髪の毛を片側で結ってまとめている。眼鏡も片方だけだ。あれはたしか『モノクル』という名前だったような気がする。
 髪飾りも片側だけだ。
 何もかもが片側だけで、なんだか均等性がとれていない。
 植物に働きかけるのが得意な魔女なのだろうか。僕もその魔術なら使える。植物の栽培には便利だった。
 自分の魔力を植物に流し込み、無理な成長をさせる魔術だ。
 だから植物は実をつけない徒花あだばなになってしまうことが多い。

「シャーロットを探しているんだ。ついていけばシャーロットに会えるのか?」
「何をぬけぬけと……! あなたはゲルダ様に殺されるのよ!!」

 地面から、壁から、その辺り一帯から植物が僕の身体めがけて鋭く襲い掛かってくる。

 一瞬だ。
 いつでも勝負は一瞬でケリがつく。

 僕は雷の魔術式で、地味な魔女の左腕を貫いた。
 雷鳴がとどろいたと同時に、地味な魔女の左腕が吹き飛ぶ。
 ガーネットは僕が魔術式を構築し始めた一瞬で猫の姿から吸血鬼族の姿に戻っていた。
 ガーネットの黒いローブが衝撃で揺らめく。

 しかし、戦いは始まると同時に終わった。

「あああああああッ!!!」

 植物がうねうねと制御を失って暴走し始める。
 僕の近くでうずくまっていた人間の男と、ガーネットが植物の餌食にならないように植物を雷で一瞬で焼き払った。
 けたたましい爆音とバチバチと植物が燃えて消し炭になっていった。
 男を見たらただただ恐ろしくて脅えていた。先ほどまでの僕のことを少し受け入れていたような様子はもうすでになく、目を見開いて冷や汗が出ているのが確認できる。
 残りの少ない統率が乱れた植物たちは僕の身体にかすりもせずに、うねうねと魔女本人のようにうごめいては、やがて動かなくなった。
 魔女は左腕を吹き飛ばされて傷口が焦げた肩を抱きしめて叫び散していた。
 そこから赤い血液が少しばかり漏れている。

「立てますか、危ないから避難してください」

 と、男に向かって言ったが、彼は恐ろしくて動けないようだった。この状況では無理もない。
 場所を移すかどうか迷う。関係ない人をこれ以上巻き込んだら可哀想だと僕は考えていた。
 それを一部始終を見ていたキャンゼルは、口を半開きにしたまま腕がなくなった魔女を見ていた。
 恐れおののいた目で僕のことを見ている。
 先ほどまでの笑みは欠片も残っていない。
 一度僕と魔術で一戦交わしていながら、どちらにつくか正確な判断ができないなんてやはり頭はすこぶる悪いようだ。

「ノーラ……! あたしは……あたしは……」

 命乞いのようにそのまま膝をついて祈るような姿勢をとった。

 ――始末するか……いや、脅威はない……

 僕は彼女を放っておくことにした。
 ガーネットは固唾を飲んでそれをそれを見ていた。いつも僕に悪態をついている彼が、何も言わず僕の方をじっと見つめている。
 レインも強大な魔力を感じたのか身体を丸めて震えているようだ。

「ごめんなさい……あなたを……」
「別に信じてないからいい」

 キャンゼルを冷たくあしらい、僕は地味な魔女の方を向いた。
 もう警戒するほどのこともない。息も絶え絶えの様子だ。

「ねぇ、シャーロットを探しているんだけど。会わせてよ」

 傷口が焼けているから大して出血はしてない。
 話す気がないなら気を失ってくれたら手間が省けていいのにと僕は顔をしかめる。

「ナメないで……これでも最高位魔女会サバトの最上位魔女よ……」

 最高位魔女会サバトだなんて、仰々しい名前を名乗っているけれど、結局ゲルダの駒でしかない。

「サバトなんてまだやっているの? 遊びも大概にしたら?」
けがれた血の分際で……!」

 もう片方の腕で力を振り絞って魔術式を構築し、植物を再び急成長させて操り始める。
 今度は先ほどまでと植物の色が違う。紫色の怪しい色の植物だった。

 ――なんだっけな、見たことがある……

 多分毒の類の植物だったような気がする。
 そんなことを考えながら僕は炎の魔術式を展開し、炭も残らない程に焼き尽くした。
 なんの植物だったか結局思い出せなかった。
 その植物が焼けたときに出すであろう毒の煙すら、残らない程の爆炎だった。

 できれば殺したくはない。
 なんでもかんでも殺せば解決するなんていうのはあまりにも乱暴すぎる。そんなのは力がある者なら誰にだってできる。
 でも僕はそんなこと、望んでない。そんなことをしたら僕の忌み嫌う魔女と同じだ。

「ふざけないで! あなたなら私を簡単に殺せるはず! なんで殺さないの!? どこまでも私を馬鹿にして……!!」

 地味な魔女は涙を浮かべながら、ギリギリと歯を噛みしめて僕の方を睨みつける。それでも残った片手で植物を操り、次々と僕に襲い掛かる。
 ガーネットは素早い動きでそれを交わしていた。しかし、彼の身体に所々かすっているようで僕の身体にも同様に細かい傷ができた。

「おい、なんとかしろ!」

 吠えるガーネットを追いかけ回す植物を、片端から僕は焼き尽くした。
 間髪入れずに魔術の攻防が始まり、民家に魔術が被弾して人々が叫び声を上げながら逃げまどっている。
 流石さすが罪名持ちと呼ばれる魔女だ。
 腕が片方ないにも関わらず、何重にも魔術式を構築して打ち込んでくるために、雷の魔術式は彼女まで届かなかった。
 しかし、突如としてその猛攻がピタリと止まる。僕はその勢いで雷の魔術式でもう一つの腕を吹き飛ばそうとした。

「……おい、魔女が来るぞ」

 ガーネットが僕にそう言う声で、僕も攻撃の手を辞める。魔術式は構築しながらも、僕は意識を研ぎ澄ませた。
 耳を澄ますとどこからともなく走る音が聞こえてくる。

 ――新手の魔女……?

 僕はその足音を注意して聞いていると、曲がり角から一人、白い法衣を着た魔女が現れた。

「あ……」

 白い法衣に白い髪、そして白い肌の若い魔女だった。
 その魔女と僕は目が合う。

「えっ……?」

 白い魔女は、僕を見て明らかに動揺している顔をしていた。

「馬鹿! なんでこんなところに来た!?」

 その魔女に攻撃性は感じられない。
 その白い髪や肌や法衣には見覚えがあった。その顔も。いつも悲し気な顔をしているその表情も。


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