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第2章 絶対的な力
第18話 罪名の意味
しおりを挟む翌日、キャンゼルの言うことを信じるわけではなかったが、移動手段がほしかった僕はキャンゼルが手引きするというキメラ馬を待っていた。
「正気か?」
「そうだよ! ぼくあいつ嫌い!」
もうその質問も台詞も何百回聞いたか解らない。
「大丈夫だよ。下手なマネさせないから。二人にも手は出させないし」
嫌がる二人を何度も何度もなだめる。
ガーネットには命令すれば済む話だけれど、極力説得したい。しかし、説得をするのは骨が折れる。
僕らが言い合いになりながらも待っていると、大きな『馬のようなもの』をつれてキャンゼルが来た。
馬に翼が生えている。馬の体重では飛ぶのは難しそうだが、少しの間走って風をうけることによって空中を浮くことくらいはできるだろう。それに馬の脚にしては太い。徹底的に移動する為だけに作られた生き物という感じだった。
「お待たせノーラ」
少しウキウキしたように名前を呼んでくる。正直言って、気色が悪い。
妙に親し気に話しかけられ、適切な距離感を保ってくれないキャンゼルには嫌悪感を強く感じていた。
「これに乗っていくのか。随分……えげつない見た目しているな」
「ええ、かなり早いわよ」
見た目は白馬なのも相まって、人間の作った寓話に出てくる『ペガサス』という感じだったが、流石にこんな姿にされた馬が可哀想だった。
「魔女というのはつくづく気味の悪い生き物を作るのが得意だな。悪趣味だ」
ガーネットはキャンゼルに咬みつく勢いで睨み付けながら嫌味を言う。
「あーら、魔族なんて元から気味が悪いんだから、あんたとそんなに変わらないでしょ?」
「お前の顔よりはマシだ」
「それは吸血鬼に同意する!」
僕はため息をついて頭を抱えた。これを三つ巴というのだろうか。これでは先が思いやられる。僕はその馬を見て溜め息を飲み込んだ。
「おい、コイツに拘束魔術をかけろ」
「あぁ……うん」
僕はさっさと魔術式を構築してキャンゼルの手にかけた。
「昔見た見様見真似の魔術式だし、正直どのくらいの拘束力なのか解らないけど……ちょっと向こうに炎を出してみて」
「解ったわ」
キャンゼルが炎を出そうとしたが、魔術式が構築できずに炎はでなかった。
「本当に使えなくなっちゃった」
何度も何度も魔術式を構築しようとするが、全く構築できずに失敗に終わっていた。
「これでいい?」
ガーネットとレインにそう聞くと、まだ不満そうな顔をしていた。
「両手両足を縛っておきたいくらいだ」
「これを解いてもらったら、あんたを丸焦げにしてあげるわ」
「やってみろ、有象無象の雑魚が……」
喧嘩が絶えないので、僕は諦めて放っておいた。
レインと共に馬に近づいて馬を軽く撫でる。馬は僕を見て「ブルルッ」と息を吐きだした。馬の頭をそっと撫でると、馬は僕に頭を垂れた。
「いい子だな」
喧嘩をしている後ろの2人よりも、馬の方が余程賢く見えた。
「ほら、いくよ。喧嘩してると置いてくからね」
僕らは次の街へと向かった。
◆◆◆
“それ”は息もつかせぬ体験だった。
「っ……たぁっ……はぁはぁ…………」
あまりにも規格外の速さであった為、呼吸がろくにできなかった。
髪の毛もボサボサになり、目も乾いてしまっている。僕は何度も何度も瞬きをした。
「ね? 早かったでしょ♡」
「あはははは! もう一回もう一回!」
レインがはしゃいでもう一回と僕にせがむ。
もう無理だ。
やけに心臓が早い。
ある意味、本当に死ぬかとすら感じた。こんなものに魔女は乗って移動しているのか。
まったく正気の沙汰じゃない。
その正気の沙汰じゃない方法で魔女の総本部の街の入口にあっという間についたわけだが、皮や髪が風圧で切り刻まれて飛んでいくかと思うくらい早かった。
まるで身体の負担をまるっきり考えていない。
滅茶苦茶だ。
何より滅茶苦茶なのはその馬の身体さえも限界を迎えてボロボロになってしまっていたことだ。
魔術によって無理やりに走らされるように魔術式を掛けられているのだろう。
その馬の身体はもう帰りには使えないほどになっていた。
「これじゃ帰りは……」
僕は息を荒げている馬を見て心を痛める。こんなことを平気でする魔女の冷徹さに、落胆せざるをえない。
――ご主人様に、魔女だと嫌われても仕方がないな……――――
僕は憂いを払い、深くフードを被って髪と顔を隠した。
「目立ちたくない」と言ったらキャンゼルが僕にくれたものだ。法衣ではなく、ただのフード付きのマント。
「大丈夫、大丈夫。この子、治癒魔術式が体内にあるのよ。だからどんなに傷を負っても多少の傷なら死なないで再生するの。魔術の応用ね」
それは尚更酷い。
ガーネットにしたように、何度も何度も実験したのだろう。
その馬の気持ちを考えると、何の言葉も出てこなかった。
「本当にお前ら魔女は下衆なことしかしないな」
ガーネットは軽蔑を込めた目を、僕にも向ける。そんな目を向けられても仕方がない。そう頭ではわかっていたけれど、やはり『魔女』という括りで見られるのはつらかった。
僕は馬をゆっくりと撫でると、疲弊した馬はうめき声にも似た鳴き声をだした。その場に留めて、ガーネットは猫の姿になってもらった。
吸血鬼族の姿は目立ちすぎるから。
「ねぇ、あなたの罪名はなんなの?」
キャンゼルはそう、聞いてきた。
以前も『罪名』という言葉を聞いた。ずっと気になっていた『罪名』とは一体何のことなのか。
「……すまないけど、ずっと閉鎖的な空間にいたから世情に疎いんだ。『罪名』って何のこと?」
「え!? 知らないの!?」
キャンゼルは目をまんまるにして驚いている。本当にこの魔女は一々、癇に障る。僕はこめかみのあたりを指で押さえた。
「罪名っていうのは、高位魔女に与えられる称号よ……最高位の魔女である証のようなものね。あと最高位の魔女たちには極上の法衣が与えられるのよ。魔女の憧れよねぇ……」
最高位の魔女の証か……別に、誰かにそんな風に認められたいわけじゃないけれど。罪を犯すことが魔女にとっての美徳だとでもいうのだろうか。
罪を犯すのが美徳なら、一体『罪』とはなんだろう。
「それにしてもなんで『罪名』なの?」
思春期にありがちなカルトの発想だと、僕は心の中で貶めた。
「それは大昔、人間に虐げられていた時代のこと、罪は人間が忌み嫌った物だから……人間を支配するのに、人間が嫌った『罪』をあえて称号にしているのよ。戒律を嫌い、人間が罪と定めたものを崇拝することによって、魔女は略奪される側からする側になったの。だから、強い魔女は『罪名』というものを与えられるの。とても名誉なことなのよ」
キャンゼルは頭が悪くてどうしようもない魔女かと思っていたけど、魔女の一般常識はある程度解っているらしい。
――大昔、人間に虐げられていた時代か……
文献によると、魔女だというだけで火あぶりにされて殺されてきたらしい。
僕にとっては、その時代も今の時代も結局変わらない。同じだ。僕がひとたび力で抑え込もうとすれば、今の魔女の姿と同じになってしまう。
結局、何もかもが繰り返しだ。
「あとは……男の高位魔女との性行為権が得られるってところかしらね。ゲルダ様はクロエ様って高位の男の魔女をほぼ独り占めしているけど……でも、罪名持ちはクロエ様の相手ができるのよ。かっこいいのよね、クロエ様」
――ゲルダお抱えの男と性行為?
背筋の凍り付くような話だった。
上位魔女同士の子供は、より上質な魔女が生まれるってことだ。これは実力の差は努力じゃ埋められない差になるだろう。昔からある『優生思想』というやつだ。
そもそも魔力の弱い魔女なんて奴隷と大差ない扱いをされるから弱者は淘汰されるべきという考え方が魔女の本質なのかもしれない。
「僕は罪名なんてない」
僕は殺しを好まない、傷つけないようにしている。
多くは望まない。
僕は、善良な人間と同じだ。
そう自分に言い聞かせる。
「そうなの? そんなに強い力があるのにもったいないわ。あたしはほしくてももらえないのに」
「まぁ、大体解った。そんなことよりも早く聞き込みをしよう」
キャンゼルの話を途中で遮って話を本題に戻した。
そんな与太話はどうだって構わない。
「キャンゼルは余計なことは喋らずに治癒魔術の最高位の魔女のことだけを聞いてきて。何かあったら呼んで。咄嗟のときにできる仕草に魔術式を組んでおくから。例えば……そうだ。舌を強く噛んだら命の危険だっていう信号にしよう。舌を出して、魔術式を組み込むから」
僕は少し早口で余計な質問が帰ってくる前にまくし立てた。
「いやん、舌を出せだなんてノーラのエッチ」
「うるさい、早くして」
キャンゼルが舌を出すと、僕はその赤い舌に噛んだら僕が分かるような魔術式を組み込んだ。
「じゃ、情報があってもなくても、日が落ちたくらいにここで落ち合おう」
ガーネットは猫の姿で、レインは鞄の中。
そして僕らは幻想的な魔女の総本部の街へと入っていった。
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