罪状は【零】

毒の徒華

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第2章 絶対的な力

第15話 キャンゼル

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 魔女の町に入る方法を僕は考えていた。

「やっぱり堂々と魔女としていくしかないよね」

 ガーネットと僕は魔女の支配する町に入るにあたって、どのような恰好で入ればいいか考えていた。レインも起こして作戦会議をする。
 レインは潜めて鞄に入ってもらえればそれでいい。
 どうせ魔女は魔族の気配など解りはしないし、仮にバレたとしても僕が使役しているように見せれば問題はない。

「ノエル、平気なの? ぼく怖いよ」

 魔女に対してレインは酷く恐怖心を抱いている。
 レインはまだ子供だし、怖い想いをしたのだから怖がって当然だ。

「大丈夫、何かあっても僕が守ってあげるから」

 レインを撫でると、僕の手に頬をすり寄せてくる。ついでにほどけかけている包帯を巻きなおしてあげた。

「魔女だとばれないようにすることはできないのか?」
「うーん……できないかな。それに魔女じゃないと治癒魔術の最高位の魔女のこと聞けないよ。奴隷が魔女に話しかけるなんて、その場で殺されかねない事案だろうし」

 せめて魔女らしい恰好をして入りたいが、それらしい服は持ち合わせていない。

「造形魔法が使えたらな……」

 治癒魔術の基礎の基礎は、物を変化させて再構築し作り出すというものだが、僕にはその才能が全くない。土の魔術式で大雑把な造形の物は作れるが、精密な細工は出来ない。
 服すらまともに作れないのに、人間や魔族の細胞を再構築させるなんて雲の上の話のように感じる。

「魔術系統は選べないからな」
「各個人個人で魔術系統があるから、どんなに勉強しても練習してもできないものは一生できないからね」

 自分で練習したり勉強したりしてできるようになるなら、最初からしている。
 魔女の町を遠くから見ていると、ご主人様のことをまだ離れて少ししか経っていないのに、ご主人様の身体が心配で仕方がなかった。
 僕の情報を少しでも知っている魔女がいると面倒だ。
 風になびく自分の赤い髪を視界に捉える。髪の毛が長いと戦闘に向かない。戦うことなんて想定していなかったから、随分髪が伸びてしまった。ご主人様が手入れをしてくれた髪をどうしても切る気にはなれない。
 隣にいる金髪の傷だらけの吸血鬼を見た。ガーネットは魔族だし見られても別にいい。そう自分に自己暗示をかける。

「不服だろうけど、ガーネットは魔女の玩具の魔族として振舞ってほしい。下手に隠している方が怪しいし。レインは鞄に入って大人しくしていてくれるかな? ご飯は買ってあげるから」
「解った!」

 レインは僕の鞄の中に再び入ってもらった。もう少しレインには眠っていて体力を温存していてもらおう。

「……屈辱にも程がある」
「ガーネットは賢いから、余計なことは口走らないようにすることなんて簡単でしょ?」
「ふん、仕方ない」

 ガーネットは不服そうだったけれど、僕のいう事を聞いてくれた。
 服従ではなく、本人に納得してもらう形をとった。僕だって血の契約による制約なんて望んでいない。彼にとってはさらに望んでいないことだ。
 僕らは町に入った。辺りを見渡すと町の中はどんよりとしていて活気がない。
 人間たちには覇気がなく、僕を見ただけで恐れおののいて身を隠すものすらいた。
 魔女だということは法衣を着ていない僕だけを見たら普通の人間には解らないだろうけれど、僕が一緒に歩いている吸血鬼族を見れば僕が魔術で従えているようにしか見えないのだろう。
 町民は酷く痩せこけていて貧相な服を着ている。とても衛生的とは言えない状況だ。病気が蔓延しているかもしれない。
 僕が住んでいる町と比較するとその差はあまりにも大きい。

「わぁ、吸血鬼族じゃん」

 僕らが町の中を歩いていると後ろから声が聞こえ、瞬時に嫌な予感がした。
 おそるおそるふり返ると、地味な法衣を羽織っていて、胸元が大きく開いた服を着ている魔女がいた。
 前髪がしっかりと切り揃えられているのに、後ろの髪は不自然に不揃いだ。見た目の年齢は20歳後半といったところか。
「貧相な魔女だ」と僕は思った。魔女であることを隠していないのに、こんなにもみすぼらしい恰好をしている。

「すごーい。吸血鬼族を従えられるなんて、罪名持ちの魔女様?」

 ――罪名持ち?

 聞きなれない言葉だが、知らないとは言えなかった。

「……たまたまだよ」
「才能あるんじゃん。ねぇ、あたしの魔族と戦わせよ?」

 魔女の後ろには巨人のようなものがいた。魔族のトロール族だろうか。既に皮膚がボロボロになっていて息も荒くなっている。

 ――なんて野蛮な遊びをしようとするんだ……

 やはり魔女が嫌われるのも仕方がないと僕は考えた。

「ごめん……これは僕のは愛玩用だから。戦わせる用じゃないの」
「えー、せっかく強い子みつけたと思ったのにー」

 その魔女はガーネットをまじまじと見つめた。
 ガーネットはいつもよりも鋭い目つきでその魔女を睨みつけている。
 ガーネットが暴走しないことを願うばかりだった。彼の魔女への憎しみは相当根深いもので、目の前の魔女を殺しかねない。

「……ねぇ、治癒魔術の最高位の魔女を探しているんだけど、どこにいるのか知らない?」

 早くその場を離れたかったが、情報を聞き出さないとならない。

「知らないなぁ……都の方じゃない? この辺で治癒魔術を使える魔女は見たことないし」
「じゃあその魔女の知り合いとか、その魔女を知っている魔女とか知らない?」
「全然わかんなーい。ていうか、治癒術の最高位の魔女に何の用なの? あんた元気そうじゃん?」

 確かに僕は健康そのものだ。僕が具合が悪いからというのは最高位の魔女を求める理由にはならない。

「僕の一番のお気に入りの……奴隷が重い病にかかっているから治したいんだ」

 言葉がなかなかでてこなかった。
 ご主人様のことを“一番のお気に入り”だの“奴隷”だなんて言うのは物凄く抵抗があり、嘘でもこんなこと言いたくなかった。

「奴隷なんて沢山いるんだから、殺して新しいのにしたら? そのうちまた愛着湧いてくるよ」

 僕はその言葉を聞いた瞬間、ガーネットの殺意を上回るほどの殺意を抱いた。
 ご主人様の代えなんていない。他の人だってかけがえのないたった一人だ。親からしたら子供。子供からした親。大切な恋人。友人。
 代わりなんているわけがない。
 僕の表情が強張ったのをガーネットは見ていた。

「知らないなら仕方ないね。ありがとう。じゃあね」
「えー、ちょっと待ってよー」

 やけに猫撫で声で僕を引き留める。

 ――なんだこの面倒くさい女は……

 僕は嫌そうな顔をしていたが、相手の魔女は全くそれに気づいていないようだった。

「綺麗な赤い髪だね。ねぇ? あたしと付き合わない? 気持ちよくしてあげるよ」

 ガーネットを横目で見ると「ほら見た事か」と言わんばかりの表情をしていた。
 僕は無言で首を横に振って抗議する。「僕は違う」と。

「……ごめん。もう心に決めた人がいるから」
「あなた、あたしのタイプなのにー。ねぇ、名前は?」
「……ノーラ」

 僕は偽名を使った。適当に思いついた名前を言っただけだ。流石に本名を言う訳にはいかない。

「あたしはキャンゼルだよ」

 余りの興味のなさに僕はどう答えていいか解らなかった。
 ガーネットも魔女が目の前にいるとなれば気が気でないだろうし、この場を早く離れないとならない。

「ねぇ、この辺の魔女じゃないよね? どこからきたの?」
「ごめん、急いでいるから」
「あたしもついて行っていい? 暇していたんだよね」

 ――……鬱陶しい

 どう回避したらいいか考えるのすらわずらわしく感じた。

「僕は先を急ぐから……」
「えー、いいじゃん」

 キャンゼルが僕の身体に触れようとした瞬間、拒否反応で僕はそれを魔力で弾いた。
 ガーネットが僕にしたような強めの拒否だ。
 きっとガーネットもこんな嫌悪感を僕に抱いていたのだろう。だとしたら本当にガーネットには申し訳ないことをしたと今になって感じる。

「いったぁ……なにするのよ」

 手を押さえながらキャンゼルは僕を睨みつけた。


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