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第1章 人間と魔女と魔族
第12話 旅立ち
しおりを挟む――何を考えているんだ。魔族の姿になって人間の前に出たらまずいことになるとあれほど言ったのに……!
「魔族!?」
僕はどういう言い訳したらいいのか解らなく、混乱していた。
知能は高くても、やはり空気が読める訳ではないらしい。
頼むから余計なことは言わないでくれ。と、僕はそう祈るしかなかった。
「そいつなら大丈夫だ」
僕は「もう駄目だ」と思い、ご主人様がガーネットに向き合っている後ろで激しく頭を横にふった。
ガーネットはさほど気にしていない様子でご主人様と向き合っている。
「まともに喋れる魔族なんて初めて見たぜ……。なんで魔族がこんなところにいやがる? それに大丈夫ってどういう事だよ」
「人間風情が私に無礼な口をきくな。私はソレに恩があるから魔女から守ってやろうというだけの話だ」
「コイツに恩だと……?」
「ふん、高位魔族である私がいれば脆弱な人間の娘風情一人、守ることなど容易い。それなら問題ないだろう?」
『脆弱な人間の娘風情』というのは、僕のことを言っているのだろう。
僕はガーネットに魔女だとばらされなかったことに対してホッと胸をなでおろす。
それに対して怪訝そうな顔をしたご主人様は僕を見た。
「おい、お前……魔族とどういう関係があるんだよ。俺に隠れて何をしていたんだ?」
「……この前、山に薬草を採りに行ったときに……その……怪我をしていたので処置をしたんです」
嘘は言っていない。
しかし、魔族がその程度で恩義を感じるかどうかという点においては苦しい言い訳であった。
「お前……! 魔族に不用意に近づいたのか!? 殺されでもしたらどうするんだ!?」
もっともらしい反応だ。
僕がただの人間であったら倒れている魔族には近づかないだろう。
「ぐだぐだうるさいぞ。行くのか、行かないのかはっきりしろ」
ガーネットは面倒くさそうにそう言った。
ご主人様の問いかけに答えるべきだったが、それを答えているとますます話がややこしくなってしまう。
後ろめたさを激しく感じながら、それでも僕はガーネットの言葉に返事をする。
「……僕は行くよ」
痺れを切らしているガーネットに、僕ははっきりそう答えた。
その様子を見ていたご主人様は、更に何か言いたげな表情をしていた。不安そうな、悲しそうな、そんな表情だ。
「…………本当に行くんだな?」
「はい……僕は必ずご主人様を助けます」
ご主人様は酷く不安そうな顔をしていた。それは一瞬だけだった。
不安を払拭したように、ご主人様はガーネットに向き直って堂々と言い放つ。
「おいお前。コイツは俺のモノだ。解ったか? 手ぇ出してみろ、殺すぞ」
「人間風情が……ナメた口を……!」
本当に殺し合いが始まりそうで、僕は心底肩身が狭かった。
◆◆◆
「ご主人様。では、行ってまいります」
奴隷の服は着ていけないので、隷衣ではなく先生にいただいた赤いワンピースを着て、首輪や手枷を外した。
首に何もないというのは違和感があった。いつも僕の首や手首には枷がついていたから。なんだか落ち着かない。不意に手を首にやってしまう。
僕は町のお世話になっている人何人かに挨拶を済ませて、しばらく留守にすることと、先生には申し訳ないが一日一回はご主人様のご様子を見に来てほしいと伝えた。
――もし、倒れていたりしたら……
どうしてもその愁いが消えることはなかった。
「あぁ、早く帰って来いよ。浮気したら殺すからな」
そう言ってご主人様は僕に口づけをした。
やわらかい唇の感触がする。顔にかかる髪の毛が少しくすぐったい。しばらく声も聞けなくなってしまうのかと思うと僕は辛かった。
そのままご主人様が僕の首に唇を当て、僕に紅い痣を散した。
「それが消えるまでに帰ってこい。解ったか?」
「頑張ります。けど……」
「あ? 口答えするのか?」
「いえ! ちゃんと帰ってきます!」
反射的に僕はご主人様にそう答えてしまった。
そう言った矢先に「しまった」と思う。
――……またできもしない約束をしてしまった……
ご主人様はニヤニヤしていた。僕はそのいたずらっぽい顔を見ると、何でも許してあげたくなってしまう。
たとえ、どんな罪でも。
僕の血を使った強力な魔女除けの術式を、ご主人様の家のいたるところにしかけた。これでご主人様は魔女が万が一きたとしても家にいれば安心できる。
「行ってきます」
僕はそういって、名残惜しさに引きずられるまま進めなくなりそうになっていた。
ご主人様に中々背を向けられない。
彼の顔を見ていると不安で押しつぶされそうだ。
ご主人様も心配そうな顔をして僕を見ていた。
「おい、ぐずぐずするな」
ガーネットに急かされて、担いでいる鞄をキチンと再び肩にかけなおした。そして再び視線を交わす。
頭を下げて、僕は漸くご主人様に背中を向けた。
ふり返ってしまったら、やはり出られなくなってしまいそうで僕は振り返れなかった。
振り返ることなくガーネットと二人で歩く。
途方もない旅路へと。
ご主人様の家から随分離れて、ご主人様の家も、彼自身も見えなくなった頃に僕は一度振り返った。
もう見えなくなっている。それを実感するとため息が出た。
「ノエル、ノエル、もう顔を出してもいい?」
カバンから白い龍がひょっこりと顔をのぞかせる。
レインも置いていくわけにはいかなかったので一緒に連れていくことにした。
「あぁ、良い子にしていてえらいよ、レイン」
「ほんと? あははは」
レインの身体は相変わらず包帯まみれだった。傷はもう大分良くなったみたいで、町から離れたら僕の肩に元気よく飛び乗る。
ここまでくればレインが外に出ても大丈夫のはずだ。
「ねぇ、どこに行くのー?」
「ひとまず、ガーネットの記憶を頼りに別の町を捜すんだ」
「あははは、ずっとあそこにいたから僕たのしい! ノエルと一緒!」
楽しそうにしているレインを見ると、僕はご主人様への心配する心も少しはまぎれた。
「うるさいトカゲだな、本当に連れていくのか?」
「あー! またバカにした!!」
ガーネットとレインは顔を合わせる度に喧嘩が始まる。
その様子に僕は頭を抱え、この旅は長くなりそうだと僕は覚悟した。
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