10 / 191
第1章 人間と魔女と魔族
第9話 あなたの奴隷
しおりを挟む赤い眼の黒猫を連れて、僕は重い足取りで家についた。
家に帰るともう話し声はしなかった。明かりが灯っているところを見ると、ご主人様は起きていらっしゃるのだろう。
かなり遅くなってしまったから怒られるかもしれない。
……いや、絶対に怒られるだろう。
覚悟をして入らなければならない。
ガーネットを家の外に残して、入ってこないようにと小さい声で言い聞かせた。
「いい? 絶対に入ってきたら駄目だよ? どんな物音が聞こえても、絶対だよ」
ガーネットは尻尾をゆらゆらと動かすばかりで何も言わない。というか、言えない状態だ。
真剣に黒猫に話しかけている僕の姿を誰かに見られたら、もっと僕は変な目で見られるだろう。
ガチャリ
突然扉が開いたことに驚いて、僕はビクッと身体を硬直させた。
ゆっくりを振り返ると銀色の髪をかき上げながら、扉の空いた場所に寄りかかって僕を彼は見下ろした。
「お前……また随分と遅かったじゃねぇか。俺に内緒で夜遊びか?」
明らかに怒っている様子だ。
声が冷たい。
その目を見て僕は恐怖の色一色に染まる。
「ご、ごめんなさいご主人様」
慌てて謝罪をすると、ご主人様が僕の首の鎖を掴みあげた。引っ張られ、強制的に上を向かされる。
「何度言っても解らねぇな? 身体にまた教えてやるよ。いたぶられるのも好きだろ?」
どうしようと僕が頭の中が真っ白になって混乱している中、「にゃーん」とガーネットが鳴いた。
「あ? 猫……?」
ご主人様が手を伸ばす。ガーネットに触れようとしたとき、ガーネットはその手を切り裂こうと鋭い爪を出したのを僕は見逃さなかった。
ガリッ!
咄嗟にご主人様の手をかばい、僕は代わりにガーネットの爪の餌食になった。
血がしたたり落ちるほどの傷が僕の手についた。
――本気でひっかいたな……
ガーネットの手にも同じ傷ができたに違いない。黒い毛並みで血は見えないが、確かに傷がついているはずだ。
「……ごめんなさい。僕が拾ってきてしまった猫がご主人様に粗相を」
血が出た手を強く握りこむ。しかし傷はみるみる塞がっていったがそれを見られる訳にはいかなかった。血だけがそこに残る。
「……またお前、俺の許可なく傷つけたな……」
鎖を改めて掴み、強く引いて家の中に引きずられるように入った。振り返ってガーネットを見たら不思議そうな顔をしていたような気がする。
猫の表情は解らない。猫でなくても、ガーネットの表情は常に険しくて何を考えているのか解らない方だ。
抵抗するわけでもない僕は家の中に引きずられていった。ご主人様は僕の首の鎖を壁にぶら下がっているもう一つの鎖と繋げる。
――これでいい……
ご主人様の気が済むまで僕の身体をいたぶればいい。僕は一生懸命許しを乞うから、あなたの気に入るように鳴くから。捨てられないならそれだけでいい。
心残りは僕の身体の痛みはガーネットにも伝わってしまうことだ。
しかし、僕のご主人様をひっかこうとしたんだからその報いは当然だ。
僕は覚悟を決めて、ご主人様の怒っている顔を縋るような目で見つめた。
「お前、なんで帰ってくるのが遅かったんだ?」
「…………」
「早く答えろ!」
パン!
右の頬を叩かれた。平手打ちだった。
ご主人様は優しい。
拳で殴ればいいのに、僕の顔のこと気にしてくれているのかな。
こんなときでさえそんなことを考える。
ご主人様を見ると、怒りと悲しみの混じった目で僕を見ていた。僕は視線を合わせていられずに床に視線を落とした。
「中から……話し声がしましたので、お邪魔してはいけないかと思いまして……」
「あぁ……はぁん。どんな話をしていたか聞いたのか?」
ご主人様はニヤニヤしながら、僕の首の鎖を引っ張る。
「いいえ……」
「本当は気になって聞いていたんじゃないのか?」
「そんな卑賎なこと僕がするわけありません!」
ジャラ……首輪の鎖がジャラジャラと静寂をかき消すように音を鳴らす。
冷たい音。枷の音。聞きなれた冷たい音だ。
「それで猫と遊んでたってか?」
「そうです……」
「随分狂暴な猫だったのに、お前には懐いたのか?」
「……危うく、ご主人様がお怪我をするところでした……」
本当にご主人様がお怪我をしなくてよかった。
僕は心の底からそう思っていた。僕は自分の手の傷が治っていることだけは隠さなければいけなかった。必死に掌の方をご主人様の方に向ける。
「……お前、そういうところあるよな」
「?」
ご主人様が悲しそうな顔をした。もう怒っていない。
きっと僕がいつになってもきちんという事を聞けないから悲しんでいるんだ。
僕はそう思った。
「ごめんなさいご主人様……言いつけを守れませんでした。でも傷ついたのが僕の手で良かったです」
「馬鹿野郎……」
僕が話しながら考え込んで目を泳がせていると、ご主人様は僕を抱きしめてくれた。
暖かい身体。ご主人様の匂い。銀色の綺麗な髪の毛。
突然のことに僕は理解が追い付かなかった。
「ご主人様?」
「俺の為に、自分が傷ついても構わないって思うのはやめろって言っているのが解らないのかよ……」
ご主人様が何を言っているのか解らなかった。
僕はご主人様の奴隷なんだから。この身を呈して守るのは当たり前なのに。
いくら傷ついても構わないと思っているのに。
「僕はあなたの奴隷ですから……」
僕は奴隷なんだから、もっと好きなように使ってくれていいのに。
殴りたかったら殴ればいいし、蹴りたかったら蹴ったらいい。殺したいなら殺せばいい。
僕はそうでありたい。あなたにだったら僕は殺されることすら抵抗しないのに。
抱きしめてくれるご主人様の腕が、少し震えているような気がした。どうしたのだろう。いくら考えてもそれは僕には解らなかった。
ジャラ……とご主人様は僕の首の鎖を壁から外して、僕を引っ張ってベッドの方へ連れて行かれた。そして乱暴に投げ出される。
「お前、今夜は覚悟しろよ? すぐには楽にしてやらねぇからな」
その言葉通り、夜は僕はご主人様の気が済むまで弄ばれた。
息が詰まる時間。快楽が苦しみにすら感じる程に、何度も何度も、繰り返し繰り返しソレは行われた。
一体どれだけ僕が尽くしたら、僕が彼を愛していると伝わってくれるのだろう。
どれだけ尽くしても、彼が僕を愛することはない。
それでいい。
傍にいられることが何よりも幸せだから。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
転生幼女はお願いしたい~100万年に1人と言われた力で自由気ままな異世界ライフ~
土偶の友
ファンタジー
サクヤは目が覚めると森の中にいた。
しかも隣にはもふもふで真っ白な小さい虎。
虎……? と思ってなでていると、懐かれて一緒に行動をすることに。
歩いていると、新しいもふもふのフェンリルが現れ、フェンリルも助けることになった。
それからは困っている人を助けたり、もふもふしたりのんびりと生きる。
9/28~10/6 までHOTランキング1位!
5/22に2巻が発売します!
それに伴い、24章まで取り下げになるので、よろしく願いします。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
外れスキル「トレース」が、修行をしたら壊れ性能になった~あれもこれもコピーで成り上がる~
うみ
ファンタジー
港で荷物の上げ下ろしをしてささやかに暮らしていたウィレムは、大商会のぼんくら息子に絡まれていた少女を救ったことで仕事を干され、街から出るしか道が無くなる。
魔の森で一人サバイバル生活をしながら、レベルとスキル熟練度を上げたウィレムだったが、外れスキル「トレース」がとんでもないスキルに変貌したのだった。
どんな動作でも記憶し、実行できるように進化したトレーススキルは、他のスキルの必殺技でさえ記憶し実行することができてしまうのだ。
三年の月日が経ち、修行を終えたウィレムのレベルは熟練冒険者を凌ぐほどになっていた。
街に戻り冒険者として名声を稼ぎながら、彼は仕事を首にされてから決意していたことを実行に移す。
それは、自分を追い出した奴らを見返し、街一番まで成り上がる――ということだった。
※なろうにも投稿してます。
※間違えた話を投稿してしまいました!
現在修正中です。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
あなたに愛や恋は求めません
灰銀猫
恋愛
婚約者と姉が自分に隠れて逢瀬を繰り返していると気付いたイルーゼ。
婚約者を諫めるも聞く耳を持たず、父に訴えても聞き流されるばかり。
このままでは不実な婚約者と結婚させられ、最悪姉に操を捧げると言い出しかねない。
婚約者を見限った彼女は、二人の逢瀬を両親に突きつける。
貴族なら愛や恋よりも義務を優先すべきと考える主人公が、自分の場所を求めて奮闘する話です。
R15は保険、タグは追加する可能性があります。
ふんわり設定のご都合主義の話なので、広いお心でお読みください。
24.3.1 女性向けHOTランキングで1位になりました。ありがとうございます。
神による異世界転生〜転生した私の異世界ライフ〜
シュガーコクーン
ファンタジー
女神のうっかりで死んでしまったOLが一人。そのOLは、女神によって幼女に戻って異世界転生させてもらうことに。
その幼女の新たな名前はリティア。リティアの繰り広げる異世界ファンタジーが今始まる!
「こんな話をいれて欲しい!」そんな要望も是非下さい!出来る限り書きたいと思います。
素人のつたない作品ですが、よければリティアの異世界ライフをお楽しみ下さい╰(*´︶`*)╯
旧題「神による異世界転生〜転生幼女の異世界ライフ〜」
現在、小説家になろうでこの作品のリメイクを連載しています!そちらも是非覗いてみてください。
とりあえず異世界を生きていきます。
狐鈴
ファンタジー
気が付けば異世界転生を果たしていた私。
でも産まれたばかりの私は歓迎されていない模様。
さらには生贄にされちゃうしで前途多難!
そんな私がなんとか生き残り、とりあえず異世界を生きていくお話。
絶対に生き延びてやるんだから!
お気に入り登録数が増えるのをニマニマしながら励みにさせてもらっています。
皆様からの感想は読んで元気をいただいています!
ただ私が小心者の為なんとお返事すればいいか分からず、そのままになってしまってます……
そんな作者ですが生温かい目で見守ってもらえると嬉しいです。
※小説家になろうにも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる