黒の転生騎士

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第十二章

腕(かいな)の中のリリアーナ 18  浴場でうらうら

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アレクセイとイフリートとサイラスが、何故か近くで話し合いを始める。カイトの記憶によれば、それは会議でとっくに結論が出ている内容であった。

嬉しそうにキスを待つリリアーナをがっかりさせる訳にもいかない。しかし5歳児の、それも婚約を解消しようとする相手のファーストキスを奪うのも……。

結果、カイトは頬にキスをした。リリアーナがゆっくりと瞼を開け、プーッと頬を膨らます。

「婚約者のキスはほっぺたじゃなくてくちびる!」

周りからも何故かブーイングが上がった。

「そうだよ! 普通は唇だろう!」
「リリアーナ様。お可哀想に……!」
「――周りはけしかけないで下さい!」

カイトは赤いままの顔で周りを制しようとする。アレクセイ達も面白がって何か言い出しそうに見えたので、リリアーナを腕にしたままその場を早々に退散しようとした。
まだはやし立ててくる声やアレクセイ達の態度にカイトはすっかり気を取られていた。

「カイト」
「はい、リリアーナ様」

リリアーナの声に顔を向けると、待ち構えていた小さい手に頬を挟まれ、唇に柔らかいものが触れた。

「え……?」

それはリリアーナの唇でカイトが状況を理解した時には、歓声と共に拍手までが沸いていた。

「これは……もはや婚約の解消は無理なのでは……?」
イフリートの言葉にサイラスが首を縦に振る。
「確かに……深窓の姫君のファーストキスが奪われたとあっては」
「これは婚約解消を……解消して元の鞘だな」
アレクセイも重く頷いている。

奪ってはいないのだが……と考えつつも、もう何を言っても無駄と知り、その場を足早に後にした。部屋へと急ぐカイトにリリアーナがおずおずと問いかける。

「カイト……怒ってる……?」
「怒ってはおりません……しかし、リリアーナ様は姫君なのですから、家臣に唇を許したりしてはなりません。特に人前では」
「カイトはリリィの婚約者なのに?」
「婚約は破棄するつもりでおります……それがリリアーナ様の為になるからです。前にも申し上げた通り、大きくなられた時にお気持ちが変わらなかったら、また婚約を結べばいいのです。もしかしたら、素敵な王子様が目の前に現れるかもしれませんよ?」
「リリィはカイトがいいの!」
「人の気持ちは移ろいやすいものです。10年後に同じ事が言えるとは限ら…」
「`うつろいやすい ‘ ってなあに?」
「変わりやすいという意味です」
「私は変わらない。だからわざとキスしたの」

カイトが足を止めて腕に抱いているリリアーナを見下ろした。

「皆にカイトはリリィの婚約者だって言いたかったから」
「リリアーナ様…」
「カイトを誰にも渡したくないの」

腕の中のリリアーナは大人っぽい物言いで、真っ直ぐに澄んだ瞳を向けてくる。その姿が16歳のリリアーナに重なり、カイトは片手で目を擦るともう一度リリアーナを見つめた。
そこにはちょこんと5歳の可愛らしいリリアーナが腕の上に座っている。
頭を振って溜息をつき、また歩き出すとリリアーナが聞いてきた。

「カイトは……カイトはリリィを好き?」
「はい。好きです」
「あいしてる?」
「――妹のように愛しております」
「……」

リリアーナが腕の中で固くなる。

しかたがない――残酷かもしれないが、下手に希望を持たせないほうがいいのだ。

「リリィ、がんばる!」
「はい?」

カイトがまた足を止めるとリリアーナが両手に拳を握り締め、ぷるぷると震えながら強い決意を込め、涙目でカイトを見上げてくる。

「うつろいやすいんでしょう? だからカイトの気持ちが変わるように、リリィがんばる」
「リリアーナ様――」

リリアーナは笑顔を浮かべようとしたが、涙がほろりと落ちてきて邪魔をする。それでも彼女はくしゃっとした顔で笑みを浮かべようとした。

「……………」

カイトは思わず腕の中にいたリリアーナを抱きしめる。初め彼女は目をぱちくりとさせていたが、すぐ嬉しそうに首に縋り付いてきた。
16才のリリアーナと同じ、ほのかに花の香りがする。

しかしそれは一瞬であり、カイトは我に返ると腕を緩め抱擁を解いた。

「リリアーナ様……申し訳ありません」
「カイト……」

カイトは悔いているようで、険しい顔は後悔に満ちている。

俺は5歳児に一体何を――

「カイト、大丈夫よ。お風呂?……浴場でうらうらしたんでしょう?」
「浴場でうらうら……? それはひょっとして`欲情でムラムラした ‘ ではないでしょうか?」
「そう、それ!」
「誰にお聞きになりましたか?」
「サファイア姉様!」

`やはり ‘ という顔をして、カイトは質問を重ねる。

「もしかして先程、会議室の前でキスしたのも……」
「サファイア姉様が『カイトは自分のものだと宣言したほうがいいから、人が集まっている時を狙ってキスしなさい』って」
「サファイア様の仰る事を、頭から信じてはいけません。またそういう話を聞いたらフランチェスカかエマに確認をして下さい」
「分かった……でも、浴場でムラムラって何?」
「欲情は発音が同じなのですが意味が違い……エマにお聞きになるのが一番かと思います」
「うん。エマに聞いてみる」

二人から少し距離を置いた廊下の曲がり角では、サファイアが悲鳴を上げていた。

「やめて~~~! 私がエマに殺されてしまう!!」(後を尾けているのがばれるとまずいので声を抑えた悲鳴)
「サファイア、お前そんな事を5歳のリリアーナに教えていたのか……? 程々にしろよ」
「アレクセイ兄様、だって成り行きだったのよ!? リリアーナがカイトを他の女性に取られたくないって言うから、公衆の面前でのキスの話しになって、そこからどんどん話しが広がっていってしまったの……!」
「どんどん広がって5歳のリリアーナ様に`ムラムラ ‘ まで話されたのですか?」
「エマ……いたの……?」
わたくしと一緒にいらして下さい」
「え、もう反省しているし、リリアーナにも絶対、二度と、こんな話をしないから!」
「駄目です! みっちりとお説教をさせて頂きます! 全く……浴場でムラムラなどいやらしい! 一体浴室で何をする話しですか!? またメイドに言って市井で本を仕入れさせましたね!」
「違う~! 浴場ではなくて情欲の欲情! 本は閨について学びたくて買ってきてもらったの。城で使っている教本はもう古いんですもの」
「問答無用です!」
「助けて~!」

エマに首根っこを掴まれてサファイアは部屋に連れて行かれた。

「少し……可哀想ですね」
「少し……懲りたほうがいいのよ、サファイアは」
イフリートの言葉にクリスティアナが微笑む。

「皆様、二人が心配なのは分かりますが、仕事にお戻りにならなくてよろしいのですか?」

フランチェスカが声を掛けると、アレクセイとイフリートにサイラスが苦笑を浮かべて各々仕事へと散っていった。イフリートは婚約者であるクリスティアナを部屋まで送っていく。

全員がいなくなるのを見届けた後に、フランチェスカもカイトとリリアーナの後を追った。


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