黒の転生騎士

sierra

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第十一章

我儘姫と舞踏会 10  真っ直ぐ突っ切ろう

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「お父様! お母様!」
 二人はベルタに気が付くと、普段からは考えもつかない王族らしかぬ振る舞いで、脇目も降らずに走ってきた。『思い切って飛び込んでごらん』ウエスギの言葉が蘇る。

(よし・・・! ここは思い切って!!) 

 両手に拳を握り締め気合を入れる・・・が、しかし入れる必要はなかった。二人から挟まれてぎゅうぎゅうに抱き締められたからである。

「良かった!! 本当に良かった!! 生きた心地がしなかったぞ!!」
「とても城で待っていられなくて、三人で飛んで来たのよ!!」
「三人・・・?」

 ふと下を見ると、ユアンが懸命にスカートにしがみついている。途端にベルタの両目から涙が溢れ出てきた。

「ごめんなさいーーー!! 今まで冷たくしてごめんなさいー! みんな愛してるから、大好きだからーーー!!」

 後の三人は一瞬驚いてその動きが止まったが、すぐ一緒に号泣をし始める。クレメンスも涙を浮かべ、周りの騎士達ももらい泣きをする。四人の泣き声が治まるまでに随分と時間を要した。

 城に帰るために馬車に乗り込むと、金、銀、宝石などが無造作に積み込まれている。

「これ・・・どうしたの・・・?」

 ベルタが呆然として尋ねると、王妃が当たり前のようにそれに答えた。

「貴方の身代金に決まっているじゃない。異常に腕が立つというし、きっと一流の盗賊だと聞いて、金額も並みじゃない筈と、あるだけ積んできたのよ」

 ベルタはその中から赤いベルベットの箱を見つ出した。

「これって確か・・・」
「ああ・・・それね」

 それはレアル王国に代々伝わるネックレスで、精緻な金細工が施され、中央には大きなブルーサファイアが埋め込まれている。

「これは・・・持ってきたら駄目じゃない・・・」
「ベルタが救えるなら何てことないわ。それにお父様が持っていこうと言ったのよ」
「え・・・?」

 ベルタが父王を見つめると、顔を赤くさせて窓の外へと顔を向けてしまった。

「まあ・・・とにかく助かって良かった――」

 ベルタは思わず父王に抱きついた。

「お父様、ありがとう――」

 父王は益々顔を赤くさせる。

「いや、まあ・・・その・・・うん・・・」

 その微笑ましい光景を、王妃とユアンが微笑みながら見守る。

「ありがとう・・・ウエスギ・・・」
 
 ベルタは目を瞑って、ウエスギの優しい黒い瞳を思い出していた。

「絶対にまた会いたい・・・ううん、絶対に会う――!」



 さて、こちらはカイト。ベルタ姫の思惑を知らず、少し離れた森の中で一休みをしていた。実はカイト、非常にまずい状況にある。

 有り金を全てスティーブに渡してしまった――

 本当だったらスティーブが、クレメンスから費用と馬を受け取る予定だった為に、前もって自分用とスティーブ用にお金を分けていなかった。その上ベルタ姫が目覚めそうだったので、慌てて全部渡してしまったのだ。 

 さて、どうするか・・・リリアーナが待っているから早く帰らなければいけないし、舞踏会にも間に合うようにしないと。

 カイトは地図を頭の中に描く。レアルからリーフシュタインへの道は大きく弧を描いている。恐ろしい獣や、この世ならざる者達が出るという`魔の森 ‘ を避けて迂回している為に、行程に時間が掛かるのである。

 真っ直ぐ突っ切るか――

 カイトは太陽の位置を確認し、リーフシュタインへの方向を見定めると、魔の森の奥深くへと足を踏み入れた。転生前より重力が軽い世界――、走るスピードを上げると風のように風景が後ろへ流れていく。

 そういえば人に見られるとまずいから、思い切り走った事がなかったな・・・

 もともと反射神経も運動神経も優れている為に、急に目の前に現れた動物や木の枝、窪みなども、易々とかわす事ができる。カイトは自分が楽しんでいる事に気が付いた。

 思い切り走るとこんなに気持ちがいいなんて――

 まるで背中に羽が生えたように、身体も軽く、陶酔感に浸る。走り続けて、やがて辺りが薄暗くなってきたが、なるべく距離を稼いでおきたい。
 幸運な事に今日は満月で、うっすらとではあるが生い茂っている森の中も目視できる。大きな木に登り夜空を見上げ、今度は星座の位置で方角を確認する。

 リーフシュタインはこの方向か――

 そしてある程度走ったところで、足を止めた。一段と奥深く分け入ったせいか木々が鬱蒼と生い茂り、月の光も差し込まない。殆ど真っ暗な闇の中、今日はそこで休む事にした。
 弓矢を馬とは別に置いていたのは幸運だった。昼間に仕留めた野兎を夕食にあてる。

 寝床は枯葉を集め、その周りにドラゴンの守護の力で結界を張った。虫さえも入ってこないその効果に、カエレスの力を見直したりする。リリアーナの事を想い浮かべながら、静かに眠りについた。

 結界のお陰でぐっすりと眠れ、朝もカエレスに感謝をする。木の実を食べ、湧き水を飲み、また走り始めた。
 途中で狼に出くわしたが、カイトが身構えたところで、ふいっと横を向いて行ってしまった。カイトはなぜ襲われなかったか皆目かいもく見当がつかなかったが、狼は自分が敵う相手ではない事を本能で嗅ぎ分けていた。

 暫く走ると、今度は切り立った断崖に出た。谷川を挟んで向こう側の崖まで距離は30~40mといったところだ。
 いくらカイトでもこれは飛び越せない。深い谷底を下りてまた登ると時間が掛かってしまうし、それらしき道も見当たらない。

 カイトは熟考した後に、覚悟を決めた。なるべく長く助走できる場所を見つけ、勢いをつけ崖を目掛けて走り始めた。
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